「大体っ。たんたんの話通りなら、お前等一度、あの野郎に殺されてんだろうっ!? そんな弱っちい奴等と手なんか組めるか!」

「んだとぉ!? 黙って聞いてりゃ言いたい放題言い垂れやがって、この糞餓鬼っ! てめぇ等だって似たようなもんだろうがよ、俺達が来なきゃ、今夜、あの野郎に斬り捨てられてたのは何処の何方様だ? てめぇ等じゃねぇのか、このチビっ!」

「誰がチビだっ!! ──兎に角、お前等みたいなのと一緒にされるのは迷惑なんだよっ!」

「こっちこそ御免だ、てめぇ等みたいなのと一緒くたにされるのはなっ!」

激しくなった言い争いの先頭に立ったのは、勢い立ち上がった風祭と京梧の二人だった。

ぎゃあぎゃあと、正しく手の付けられなくなった子供の喧嘩さながらに、何方かが後少しでも切れて手が出れば、確実に乱闘になるだろう距離で睨み合った二人は、罵詈雑言のぶつけ合いを続け、

「願ったり叶ったりだっ。もう二度と俺達の前にツラ出すなよっ! ……ったく、こんな下らない連中と────

────こんな、下らない連中と。

……そう風祭が言い掛けた時。彼の姿が、皆の前から消えた。

二人の言い争いに加担していた一同も、彼の目前にいた京梧も、え……? と、思わず口先も動きも止め目を瞬いた次の刹那には、バンッッッッ!!! ……との大きな音がし、破壊音が響いた方へと彼等が首を巡らせれば、縁側の向こうの雨戸が一枚吹っ飛んでいるのと、縁側と庭に続く敷石の境辺りに、風祭が転がっているのが見えた。

……それを見て、彼等は再び、え……? と呟き。そこでやっと、『嫌な気配』が己達の直ぐそこに湧いているのに気付いて、恐る恐る、今度はそちらを見遣った。

………………見遣ったそこ──風祭が立っていた真後ろに当たるそこには、龍斗がいた。

にっこり、としか言い表し様のない、それはそれは綺麗な、けれど凄みのあり過ぎる笑みを浮かべつつ。

そんな彼の背中からは、黒い靄のような物が立ち上っている気がして、一同は思わず、ひく……っと顔を引き攣らせる。

「ひ、ひーちゃん……?」

────どう考えても、風祭を吹っ飛ばしたのは、ひーちゃんだ。……そう察し、京梧は声をも引き攣らせた。

何時の間に立ち上がって、何時の間に風祭の背後を取り、どうやって彼を縁側の向こうまで吹き飛ばしたのか見えなかった処か、気配すら感じ取れなかったけれど、やって退けたのは龍斗以外にない、と彼は、そろそろと龍斗に呼び掛ける。

「痛ってー…………。……何すんだよ、たんたんっ!!」

盛大に吹っ飛ばされはしたものの、普段から鍛えているだけのことはあるのか、気は失わずに済んだようで、風祭は大声で龍斗に文句を告げた。

尤も、しゃっきりと立ち上がるのは無理だったのか、縁側と庭の境目に引っ繰り返ったままではあったけれど。

「私が、『家族』のように思っている者達を、愚弄するのは許さない」

すれば龍斗は、目には見えない黒い靄のような物を背負いつつ、綺麗に凄まじく笑んだまま、きっぱりと告げた。

「……家族、な」

彼が、京梧達龍閃組を指して、家族、と言い切ったのを受け、九角は、何処となく悔しそうにぽつりと呟き、桔梗達も、未だ立ち上がれない風祭も、傷付いたような目をした。

「はん。残念だったなあ、『鬼』さん達よぉ。ひーちゃんは、お前達なんかより────

一方、京梧は、龍斗の科白に気を良くして、ふんぞり返りつつ、鬼道衆達に馬鹿にしたような声で追い打ちを掛け始め……、けれど。

構えも、それらしい素振り一つも取らず、龍斗は、ぽ、と掌に青く光る氣塊を生むと、京梧の腹目掛けてそれを叩き込んでから、氣塊を受けて浮き上がった体に、ご丁寧に鋭過ぎる蹴りまでくれて、風祭の転がるそこよりも更に向こうの、庭先に飛ばした。

うわぁ……、と皆が唖然と見守る中、見事に京梧はすっ飛んで行き、

「…………っ……。……ひーちゃん! てめぇ、何しやがるっ!!」

「私が『家族』のように思っている者達を、愚弄するのは許さないと、たった今、言った筈だが」

這々の態で身を起こした京梧は、声高に龍斗に食って掛かって、龍斗は、淡々と先程の言葉を繰り返す。

「天戒。雄慶。尚雲」

そして彼は、さっさと京梧に背を向け、名を呼んだ三人へと向き直ると、ガン、ゴン、ガン、と順番に三名をぶん殴り、

「桔梗。小鈴。お前達は女人だから、手を上げようとは思わないが。……未だ、愚かな言い争いを続ける気はあるか?」

それはもう綺麗且つ凄まじい笑みを浮かべっ放しの面を、女達の側に巡らせた。

「えっ!? や、そんな! ボクは馬鹿な言い争いなんてっっ。……ね、ねぇ? そうだよね、桔梗サンっ!」

「あ……、ああ。や、やだねえ、たーさん。あたしゃ、どうしようもない言い争いだなんて馬鹿なこと、しようとは思わないよ」

どうするんだ? と言わんばかりに一層笑みを深めた龍斗と、手加減なしにぶん殴られ、痛みにもがいている九角達三人を素早く見比べて、小鈴と桔梗は、空々しい笑みを浮かべ合う。

「そうか。なら、良い」

ひーちゃんが、まるで別人のようで、たーさんが、まるで人が違ったようで、怖い……、と小鈴と桔梗は無意識に龍斗から後退り、

「京梧。澳継」

ぶっ飛ばしたのは己であるのを棚に上げ、京梧と風祭に、とっとと座敷に上がって来いと言い付けて、ようやっと戻って来た二人と、ぶん殴った三人と、逃げ出さんばかりになった女性二人の計七名を一列に正座させると、龍斗は。

「私の前で、これ以上、無益なだけの言い争いをするなら、こんなものでは済まさない。誰も彼も、口汚い罵り合いばかりしてっ。みっともないと思わないのかっっ。子供のような言い分ばかりを振り翳したいなら、江戸湾にでも沈んで魚相手にやって来いっ! 気が済むまで、幾らでも、私が手ずから沈めてくれるっっ!」

腰に手を当てつつ、説教を始めた。

「お前達は本当に、私がした先程の話を飲み込んでいるのか? この先の為にと、これまでに何が起こったのか包み隠さず正直に私は打ち明けたのに、下らぬ意地の張り合いなぞっっ。何よりもっっ。私は、龍閃組の仲間でもあるし、鬼道衆の仲間でもあると言うのを解っているかっ!? その辺りのことも語ったと言うのに、この私の前で、ぎゃあぎゃあと、互いの悪口ばかりを並べ立ててっ!!」

…………怒り狂っているのが手に取れる声で、らしくもない説教を始めた龍斗の面は、相変わらず、綺麗に凄まじく笑み続けていて、背の向こう側の見えない黒い靄も健在で。

どうしよう、龍斗が壊れたと、いい歳して反省の正座を命じられ中の彼等は、こっそり、目と目で語らい出す。

「それに、天戒っ!」

どうする? どうやって、壊れた彼を宥める? と、正座中の彼等が忙しなく目と目での相談を交わす間も、龍斗の説教は続き、

「な、何だ……?」

名指しされた九角は、少しばかり仰け反る風にしながら龍斗を見上げた。

「京梧や澳継は、元々の質が質だから多少は致し方ないとしても、鬼道衆の長であるお前まで、どうしようもない言い争いに加担してどうするっっ。お前が止めないで誰が止めるのだっ」

「……だ、だから、それは……」

「それは?」

「それは、その……。……そ、そうだ。俺は鬼道衆の長で、長として倒幕を悲願とし、幕府と──

──未だ、そのように言うのか? 事がここに及んでも? ……いい加減にしないか、天戒。下らぬ片意地ばかりを張っている場合ではなかろう? 藍とて悲しむと言うのに」

「藍? ……龍、何故そこに、美里藍の名が出てくる?」

「お前と藍は、兄妹ではないか。血を分けた妹が目の前にいるのだから、少しは妹を思ってやるのが兄の務めではないのかっ!?」

目一杯顔を引き攣らせながらも、思う処を訴えてみようと、『無駄な足掻き』をした九角を捕まえ、龍斗は、くどくどと説教を続け、挙げ句。

彼と藍は兄妹なのだから、などと言い放ち、

「え? えええええええ!?」

先程の龍斗の打ち明け以上に信じられぬことを聞かされた一同は、悲鳴めいた叫びを上げた。