「嘘!? 藍、それホントの話なのっ!?」
「天戒様っ。今、たーさんが言ったことは真なんですかっ!?」
「……御館様と、あの女がぁ?」
「…………で? どうなんだ? 鬼道衆の頭領さんよ」
「師匠…………」
「それが真の話だとして……、龍斗、それは、この場で打ち明けて良かったことなのか……?」
九角天戒と美里藍が腹違いの兄妹であるのを、『確かな事実』として弁えている九角自身と彼の従兄弟でもある九恫以外の彼等には、驚天動地な暴露が龍斗の口から為された所為で、済し崩しに龍斗による説教は終わり、それは本当なのかと皆は九角に詰め寄った。
嘘か真か白状しろと責められ、渋々、九角は己と藍が兄妹の関係であるのを認め、藍が美里家に養女に出された経緯も語り。その後、「恐らくはそういうことなのだろう」との、薄々の察しのみで九角や九恫がひた隠しにしていたことを、あっさりバラしてみせた龍斗のご機嫌を一同はこっそり窺った。
普段の龍斗は、他人の秘密を無闇矢鱈に暴いたりするような真似はしないのに、「そういうこと、かも?」との、憶測だけで『他人の秘密』を明かしたし、未だ綺麗で凄まじい笑みを浮かべたままだし、黒い靄みたいな物も背負ったきりだから、頭に血が上りまくっているのは確実だな、と。
じ……っと自分達を見詰めてくる龍斗から、そろ……っと顔を背けた一同は、目と目のみで電光石火の話し合いをし、「ちゃんと手打ちをして、この先は、龍閃組も鬼道衆もなく共に戦うから」との誓いを彼相手に立てた。
それは、その場限りの誓いでしかなく、そうしなければ、人を違えてしまったように怒り狂っている龍斗は宥められない、と踏んでのことだった。
「そうか。なら、もう何も言わない」
が、彼等の、今さえ凌げれば、との『浅知恵』を龍斗はすんなり信じて矛先を収め、何時もの、ぼーーーーーー……っとした様子に戻ったので。
桔梗は、本当にそそくさと立ち上がり、「客間の寝床を整えて来るから」と座敷より逃げ、風祭は、「俺が客間に連れてく!」と京梧達を急かし、京梧達は京梧達で、「じゃ、一晩厄介になるから」と、急ぎ足で風祭の後に付いて行って、九角と九恫は、気配を小さくしながら出て行った。
「皆、どうしたのだろう?」
そうして、残された龍斗は、ふん? と首を傾げながら、未だ残っていた比良坂を振り返り、
「え? え、ええと……、皆さん、疲れたのではありませんか?」
「ああ、そうだな。今夜は色々遭ったから、皆、疲れたのかも知れない。──比良坂、もう遅いから、私が送って行こう」
僅か躊躇い、が、当たり障りのないことを敢えて言った彼女の手を取った。
翌朝。
昨夜、あのような目に遭ったのに、龍閃組の面々と鬼道衆の面々は、又、口論をしそうになった。
その訳は、龍斗が、龍閃組の彼等と、彼等の根城である龍泉寺に『帰る』と告げたからで、彼がそう告げた途端、九角達はあからさまに不服そうになって何やら言い掛け、それに何の文句があるのだと、京梧が売られてもいない喧嘩を買おうとした為、再び、子供のそれのような言い争いが始まり掛けたのだが。
「時諏佐先生の見舞いもしたいし、円空様に相談したいこともある。何より、この三月と少しの間離れ離れになっていた、あちらの仲間達にも会いたいのだ。だから一度、私は、私にとっての『家』の一つである龍泉寺に戻る。龍泉寺が『家』であるように、この村も、私にとっては『家』の一つだ、直ぐに戻って来る。この先は、龍泉寺と鬼哭村の双方を行き来するようにするから、今日は行かせてくれないか?」
やんわりと、と言うか、おっとりと、と言うか、兎に角そのような感じで龍斗が語ったら、渋々ではあったけれど九角達は納得を見せ、それに関しては、そういうことなら以降何も言わない、とも言った。
一応ではあるけれども、九角達が納得を見せたのとは逆に、今度は京梧達が何処となく不服そうになったが、龍斗は、これから自分達と共に帰るのだし、この先は両方の家に、と無邪気に喜んでいる彼の機嫌を損ねても、と思ったようで、彼等も不満は口にしなかった。
……そうして、龍斗と藍以外は、ぎくしゃく……と言うよりは、ギスギスした別れを彼等は終えて、鬼哭村を後にした龍斗と京梧達は、山道を下り、裏街道を行き、町場に戻った。
戻った龍泉寺では、百合のことを任せた円空和尚だけでなく、龍閃組に手を貸す者達──要するに彼等の仲間が、手ぐすね引いて待っていた。
何故、見慣れた顔がそうも揃っているのか、龍斗達は不思議に思ったが、どうやら、仲間達の耳にも夕べの騒ぎが届いたらしく、帰り着くなり、何処に行っていただの、何がどうなったか今直ぐ話せだのと、京梧達は詰め寄られる羽目になって、どの程度なのかは兎も角、鬼哭村には赴かなかったのに、『一度目』のことをそれなりに思い出したとしか思えぬ彼等に、龍斗は盛大に歓待された。
……そんな風に、傾れ込んだ寺の奥座敷にての、誰が何を喋っているのかも判らなくなる騒ぎは随分と長らく続いて、やっと、夕べの成り行きの仔細や、柳生崇高のこと、鬼道衆のこと等々、様々な事柄に絡む様々な話が行き渡り、龍斗と仲間達の久方振りの親睦も済んだ頃には、外はもう暗くなっていた。
昼餉も碌に食さず、小鈴とほのかの二人が引き摺り出してきた、茶箪笥の奥に誰かが隠した菓子と幾度も入れ替えられた茶のみで腹を膨らませた彼等は、もう日も暮れたし、いい加減、ちゃんとした物を胃の臓に収めないと、と口々に言いながら腰を上げ、親兄弟の待つ家のある者達や、奉公先を持つ者達は、又、と明るく告げつつ帰って行き、龍泉寺を家とする彼等は、揃って有り合わせで夕餉を摂って、一部は各々の部屋に引っ込み、雄慶は、柳生達の呪いを受けて倒れた百合の往診に来た医師の良仁と、円空の二人を送りに出て、百合の容態を窺ってから、龍斗も、京梧と共に部屋に引っ込んだ。
──龍閃組が根城とするまで、内藤新宿の者達に、幽霊寺、と恐れられていた、廃寺に等しかったボロ寺の外観に相応しく、二人が進む長い板張りの廊下は酷く軋んで、耳障りな音を立て続けたが、龍斗は、この音すら懐かしい、と嬉しそうに顔を綻ばせていた。
三月と少しの間の筈なのに、もう、何年もここから遠退いていたような気がする、何も彼もが懐かしくて堪らない、と言いながらの龍斗と、そんな彼に付き合う京梧は、直ぐに部屋に着いた。
……『一度目』の時、彼等が使っていたその部屋──そもそもは、龍斗と京梧と雄慶の三人で使っていた、が、一寸したことがある度、霊魂やあの世の話を熱込めて始める、とても酷い鼾を掻く雄慶に京梧が辟易した為、龍斗と京梧の二人で使うことになったその部屋も、『一度目』の頃と何一つ変わっておらず、中に踏み込み見回した途端、私の憶えのままだ、と龍斗は、部屋の直中に座り込んだ。
女性達の誰かが火を入れてくれたらしい、行灯が小さく灯るだけの薄暗い部屋の天井を、へたり込んだまま、彼は、ぼんやりと見上げ続け、彼がそんな風になった刹那は、何処か具合でも悪かったんだろうかと少し慌て掛けた京梧も、そういうことではないらしいと察して、龍斗の傍らに、黙って腰下ろした。