……彼が思い当たったことが何かと言えば。

────色情のしの字も解らぬような相手に、それが如何なることかを説くのは、どうしようもなく厄介だろう。そもそも、大人になれば知らぬ内に覚えることを、一々噛み砕いて教えてやる方法など解る訳がない。

が、単に教え込むだけなら容易いんじゃなかろうか。

そういうものなんだ、と言い聞かせれば、何も知らぬが故に、逆に、すんなりと信じるんじゃなかろうか。

例えば、惚れ合った者同士、これこれこういう風に、こういうことを、こんな具合でするのは当たり前以前で、とか何とか言い包めれば、案外いけそうな気がする。

どんなことを教え込んだとしても。

…………と言う、不埒な考えだった。

そして、そんな風に思い当たった京梧は、上手くすれば何も彼も思い通りになるかも! などと胸の中で握り拳を固め、

「京梧? どうかしたか?」

「何でもない。気にすんな、ひーちゃん」

黄昏れていた頭の中を、あっさり不埒一色に塗り替えたとも知らず、信頼し切っている眼差しで見詰め続けてくる龍斗に、京梧は、似非臭く笑み返した。

「そうは見えなかったが? 何やら、憂いのようなものが、背中に漂っていた気配がした」

「お前の『言っておいた方が良いこと』ってのに、ちょいと驚いただけだ。大したこっちゃねぇよ」

「なら良いけれども……。……そうだな、お前が驚くのも当たり前だ。以前、桔梗に、吉原は子が欲しいと思う男達の為にある所なのか、と訊いたら、腹を抱えて大笑いをされたくらいだから」

「あの女狐──じゃなかった、あの女に、そんなこと訊いたのか?」

「ああ。…………その時に、私がどうしようもない思い違いをしていたと判ったし、人は子を生す為だけに恋をする訳でも、『行い』をする訳でもないとも、人が誰かを愛おしいと思う気持ちを覚えるのは当たり前のことで、そういう相手と抱き合いたいと思うから『行い』をするのだとも、桔梗が教えてくれたけれど……、私には、どうしても今一つよく判らない。……私は、お前を恋しく想っているから、私も、お前と抱き合いたいと思うのだろうし、お前もそうなのだろう。だから、男女の行いによく似たことを、先程、お前は私に求めようとしたのだろうとの察しは付いて、故にこんな話を始めたのだけれども……、どうしたらいいのか……」

京梧が拵えた胡散臭い笑みも、誤摩化しの言葉も、誠にすんなり信じた龍斗は、なら良い、と言いながら、再び言い募り出す。

「別に構いやしねぇよ。お前にはどうしたらいいのか判らなくともな。『行い』ってな、一人でやることじゃないんだ、お前が判らなくたって、俺が判ってりゃ平気だろ?」

そんな彼を、京梧は丸め込み始めた。

「そういうもの……か?」

「そういうモンだ」

「だが、それではお前を煩わせてしまわないか? その……、他人の受け売りでしかないのだが、色恋と言うのは、何方か片方だけで、どうこう出来はせぬのだろう? お前には色々判っていても、私は何も判らないから、きっと、私は何事に付けてもお前を煩わせてしまうと思う。でも、それでは私が嫌だ」

己が丸め込まれようとしているのも知らず、龍斗は健気に訴え出し、

「……何だ、ひーちゃん、つれねぇこと言うじゃねぇか」

「つれないこと…………?」

「確かに、色恋ってな一人きりで出来るこっちゃねぇし、片方だけでどうこう、なんて訳にもいかない。でも、判らなけりゃ覚えりゃいい。俺だけが知ってて、お前は知らないことがあるなら、幾らだって俺が教えてやるから。それでいいだろう?」

「京梧……。……そうだな。確かにお前の言う通りだ。お前を煩わせぬように、お前と私の二人で恋が送れるように、私も努めれば良い。お前に教えて貰いながら。────なら、そうと判れば」

そんな龍斗の目には、とても優しい極上の笑みに映る、が、恐らく他人には胡散臭いと映るだろう笑みを浮かべつつの京梧が続けた丸め込みは、それなりに上手くいった。

上手くいった処か、『上手くいき過ぎた』。

彼の言葉に感じ入ったように、龍斗は微か瞳を揺らせながら京梧を見詰め、うん、と小さく決心を呟き、そういうことなら、と勢い付けて立ち上がって、今度は何だ? と戸惑った京梧尻目に、すぱんっっ、と押し入れを開け放つと、布団を引き摺り出し敷き始める。

「………………ひーちゃん? 急にどうした?」

「布団を敷いているだけだ」

「……だから、何で、布団なんか敷き始めた?」

「何故? それを、お前が問うのか? 京梧。私の下らぬ思い煩いを払ってくれたのは、他ならぬお前ではないか。──私はお前を想っていて、お前も私を想ってくれているのだろう? だから、先程、私を畳の上に押し倒したのだろう? 私には未だよく判らぬが、想い合っている者同士、そういう行いに及びたいと考えるのは当たり前で、故にお前も、そうしたかったのだろう? そしてそれも、お前が私に教えてくれることなのだろう? ……そういう訳で、私は布団を敷いている。男女の行いは、夜具を用いる筈だ。……男同士は違うのか?」

「…………いや、違わない、と言うか……、あー…………。……何つーか、その……。…………ま、いいか……」

唐突に何を始める? と、きょとんと見上げてくる彼に、龍斗が、そこは自分にも会得出来た、と晴れやかな笑みを浮かべたから、京梧は、再び畳の上に倒れそうになった己が身を、何とか踏ん張り支えた。

無知と言うのは、この世で最も大きい罪悪の一つなのかも知れない、と考えつつ。

だが、龍斗にそういうつもりがあるのなら、こんな、どうしようもない流れでも甘んじていた方がいいか、と思い直し、「本当に、とんでもない奴に惚れちまった……」と口の中でブツブツ零してから彼も又立ち上がって、せっせと夜具を整える龍斗の姿に、湧き上がってきた堪え切れない笑いを洩らしながら手を貸した。

こっそり、枕辺の隅に、押し入れの行李の中から取り出した丁字油の瓶を置いたりもしつつ。

「どうした? 夜具を整えるだけのことの、何がそんなに可笑しい?」

「俺だって、布団敷くのが可笑しいんじゃねぇよ。誰がそんなことで笑うか。俺が何を笑ってるのか、その内お前にも判るようになるから、楽しみに待ってろ」

「そうか。その内に判るようになるなら、今は問わない。処で、京梧?」

己と共に手は動かせど、笑い続けることを止めない京梧を龍斗は訝しがったが、やはり、あっさり丸め込まれた彼は、寝床の整い具合を確かめてから、凝りもせず、枕元に正座する。

「はいはい。次は何だ?」

「この先、どうすればいい?」

「……そっからか。お前に判ってるのは、ここまでか…………」

ぴしっと背筋を伸ばして座る彼に、で? と小首傾げて問われ、とうとう京梧は眩暈を覚えたが、ここで俺が負けたら全てが終わる、と気合いのみで踏ん張って、よっ、と小さく声掛けつつ、龍斗が綺麗に整えたばかりの掛け布団を剥いだそこに座り込み、ちょいちょい、と指先で彼を手招いた。

「……? それで?」

普通に寝る訳ではない……だろうけれども……、と悩みながら、促されるまま、京梧の傍らに這い寄って、龍斗は座り直した。

「こんな風に、改まってってなると、俺もどうしたらいいかと困るが……、……そうだな。ひーちゃん、お前、目ぇ瞑れ」

「目?」

「……目」

「何故?」

「……何でも」

「どうしても?」

「どうしてもっ!」

──これまでに辿って来た人生が人生だから、京梧は閨の中で、一度たりとも、酷く照れ臭いような想いをしたことも、させられたこともなく、故に、いっそ無邪気と言える龍斗の態に戸惑ったけれど、何となく決死の覚悟を腹の中に据え、半ば怒鳴るように言って瞼を閉じさせると、敷かれたばかりの布団に彼を押し倒しながら、唇を寄せた。