きちんと閉まり切らない障子の隙間から明かりを忍ばせて来る月は、少しばかり天頂での場所を移したようで、先程までは半身だけが月明かりに照らされていた龍斗の身は、より、青い光の中に浮かび上がった。
改めて夜具の上に横たえられた、京梧の手によって肌を暴かれた身が。
……信濃の山深い中で育ったと言う彼の、普段は着物で隠されているそこは思いの外白くて、青い光の映える肌を眺めながら、京梧は、幾度も風呂を共にした覚えはちゃんとあるのに……と、ぼんやり考えつつ、初めてそれを見遣ったような気分になった。
早く肌に手を付けて、己の物にしたい、との欲情も覚えて……、が、同時に彼は、不安も覚える。
女の肌に触れたいと思ったことすら一度もないと言い切った、色に絡むことの一つも解らない龍斗の躰は、果たして、触れる手に応えてくれるだろうか、と。
もしも龍斗が、応えられる躰でなかったら、と。
──そんな、薄らとした不安を覚えながらの彼が、再び唇を合わせ、舌を絡ませながら指先で肌を辿れば、龍斗はくすぐったそうに身を竦めた。
「龍斗?」
「こそばゆい」
「……それだけか?」
「そういう訳でもない……ような……」
全く以てなかった訳ではないけれど、手応えは酷く薄く、眉をも軽く顰められて、益々不安を強めた京梧が、思わず龍斗の顔色を窺えば、龍斗も又、不安そうに、曖昧に呟いた。
「…………そうか」
「……あ、あの、京梧! その……」
「ん?」
「何も彼もが初めてで、私には、その……未だよく判らぬが、お前とこうしているのは幸せだと思えると言うか、だから…………」
己が覚束無く答えた途端、京梧の瞳の中に陰りが下りたのに気付いたのだろう。
何処となく落胆したような調子になった彼に、龍斗は慌てて言った。
「お前は、本当に……────」
伸ばした腕を縋り付かせながら、懸命に訴えるその彼の姿は、とてもいじらしく。京梧は又も苦笑を浮かべて、己に絡む彼の両の手首を掴むと、軋む程の力で夜具に押し付け、掴まれた手の痛みに仰け反った、白い首筋に顔を埋めた。
「京梧? ……っ、痛……っ……」
厭らしく舐め上げ、音を立てて吸い上げてから、血が滲むまで歯を立てれば、龍斗からは詰まった声の悲鳴が上がり、肌の木目に添って染み出てきた赤い血を更に舐め取った時には、溜息に似た音が、彼の喉の奥から洩れて。
京梧は少しばかりの愉悦に浸った。
…………こうしている今、龍斗が心の幸せを感じ取れていると言うなら、それだけで満足だけれども、そして、それは嘘でも痩せ我慢でもないけれど、やはり、心だけでなく、躰の方の『幸せ』も感じ取って貰えるやも、と思えるに足る手応えが、僅かでも龍斗より返されたのは嬉しいことで。
流浪の日々の中で、あちらこちらの遊女を誑かしてきた細やかな自負が齎した、少々の意地に駆られて肌に歯を立てて裂いても、何も言わず、全てを受け入れる風に耐える様を晒す姿も嬉しくて。
背を、ぞくりとするものが這い上がる程で。
手首を押さえ付ける指先を解いて、京梧は、龍斗の背を掻き抱く。
そうすれば、龍斗の腕も急く風に伸び、京梧の身に絡んで、額を寄せ合った二人は、何方からともなく唇を近付け、幾度目かのそれをした。
そのまま、龍斗は京梧の背に縋り、京梧は龍斗の肌を指先でなぞり。滑らかな肌の上を辿っていた指が胛
「んっ……」
「おい?」
途端、彼の唇も、躰も京梧から離れ──否、離れただけでなく押し退けようとすらして、息を飲み込みながら顔を背ける彼を、京梧は訝しむ。
「…………あの……、そこは、触らないで貰えないか?」
急にどうしたと、眉間に皺寄せて彼が問うても、龍斗の答えも声も弱々しかった。
「触るなったって……、何で?」
「………………る、から……」
「あ?」
「……変な心地になる、から……」
「変って、どんな」
「その……、何と言えば良いか……。躰の何処かが、痺れるような……」
「…………成程。そりゃ、めでたい」
「めでたい? 何故?」
「要するに、『正しい』ってこった」
絞るように出される声は何処までも弱々しく、が、そのような調子で為された打ち明けの中身は、京梧にとっては僥倖の一言で、どうやら、龍斗は思っていたよりも遥かに『真っ当』だったらしい、と安堵した彼は、余程混乱しているのか、じたばた、子供のように暴れる龍斗を宥め賺しながら俯せに転がすと、嬉々として、触れるなと言われた胛辺りを弄び始めた。
──龍斗の態が、生まれて初めての心地に取り乱し、小さな子供のように暴れるそれなら、京梧の態は、お気に入りの玩具を捻くり回す、やはり小さな子供のようで、そんな彼等の攻防は、暫くの間、幼子と幼子の戯れ合いそっくりだった。
………………が、やがて、幼子同士の戯れ合いは、大人の戯れ合いになった。
そして、戯れ合いから『行い』になった。
「……んっ。う、ん……っっ……」
────瞬く間に激しくなったそれが、暫し続いた頃。
龍斗の躰と息は、とても乱れていた。
「龍斗。龍斗……」
潜めようとしても洩れる声を、それでも飲み込もうと足掻く彼に、京梧は情けを与えなかった。
…………心が何も知らなかったように、躰も又、何も知らなかっただけで、教え込めば教え込んだだけ応えを返してくれると言うなら、己の持つ全ての手管を用いるだけだ。
真っ新な布のように、何処も、何色にも染まっていないと言うなら、思う通りに染め上げるだけだ。
今、この場での情けなど要らない。
……そう思い定め、京梧は、声音にのみ優しさを与えて龍斗の名を呼びながら、緩めるつもりなどない、彼を追い詰める手を少しずつ下ろして、勃ち上がり、ほろほろと啼き出している彼の物を、ゆっくり握り込む。
「き、京梧……っ」
不躾に伸びてきた指を、龍斗は何とか払おうとした。
知らぬ心地に晒され、震えるしかない手では叶わなかったけれど。
「どうして嫌がる?」
「嫌、なのではなく、て……っ」
「じゃあ、何だ?」
「……っ……、その、だ、から…………っっ」
「だから?」
「あの……っ。……私は、その……、躰、が、こんな風……に、なったことが、ない、から……」
「……ああ、おかしいんじゃねぇかって、案じてんのか?」
「…………おかしい、とか……そういうことでは…………。唯、その……っ……」
「…………そんなこと、思い煩わなくていい。恥じ入ることでもない。誰でもない、俺が、そうしたんだ。俺が、お前を可愛がって」
まるで、今の己の躰そのものが罪悪だとでも言う風に、辿々しく訴える龍斗の手を取り上げ、指先に口付け、そのまま舐め含みながら。
京梧は、龍斗の脚を割り開いた。