「龍泉寺にも似たような場所があるなら、判っているとは思うが。ここも、切りがあるかどうかは判らんぞ。どうする?」

「……あー、飽きたら切り上げる、でいいんじゃねぇか?」

「…………いい加減な奴だな……」

「あんたは、頭が堅過ぎるんだ」

────揃って腰の刀を抜き、半ばどうでもいいことを言い合いながら、後から後から溢れ出て来る異形達を伸しつつ、二人はひたすら、鬼岩窟の奥を目指した。

龍泉寺地下に広がる、よく似た場所がそうであるように、鬼岩窟も、ひたすら地の底を目指して空洞が広がっているらしく、階層状になっていると思しき洞窟の中を、幾度も幾度も彼等は下った。

龍斗には遅れを取ったが、京梧も九角も、腕前の方は過ぎる程に確かだから、浅い階層に出る異形では、彼等の相手にもならなかった。

味方は二人きりしかいないことも、彼等共に傷付いた身を癒す『力』は持っていないことも、何の不利も齎さぬ程で。

この程度の相手ではお話にもならない、と言い合った彼等は、何処までも洞窟の下り坂を辿り続け……、もう、どれくらい潜ったか、二人共に数えるのも嫌になってきたが。

「三、四十くらいにゃなるか?」

「いや、五、六十くらいだろう。疾うに数えるのは止めたから、何とも言えんが」

「五、六十か……。六十だとしても……、未だ話にならねぇな」

「そうだな。この程度では……」

もう少し強い奴の相手をして腕を磨かないとと、より一層道を下り、更に、二、三十程も潜った時。

「………………こいつは……」

「どうした?」

「見てみろよ、あれ」

突然、目の前に広がった光景に少々驚きつつ京梧は立ち止まり、己の脇を擦り抜け先に進もうとした九角を、片手を伸ばして制した。

「あれは……。だが、どうして?」

行く手を塞がれ、むっとはしながらも、京梧の言う『あれ』を目に留めた九角も又、立ち止まって目を見開く。

────龍泉寺地下に溢れる異形も、鬼岩窟に溢れる異形も、例えるなら、『何処か』から何者かによって手当り次第に放り込まれた、と言う風に現れるのが相場だ。

現れる異形達は常に、種類も数も『いい加減』で、『いい加減』であるのが決まり事のような感さえある。

潜れば潜っただけ、陰氣も陽氣も濃くなるから、現れる異形達も手強くはなるが、種類も数も『いい加減』に現れる、と言うのに変わりなく。

……だが、その時、彼等の前に現れたのは、全て同じだった。

異形──否、死霊、と例えた方が万人に判り易いだろうモノの群れ。

しかも、かなりの数の。

足下も壁も天井も岩だらけの広いそこの、あちらこちらに現れて、俯き、その場に立ち尽くす風にしている死霊達は、皆一様に刀を手にしていた。

生前は、幕府に仕える侍だったのだろうと、一目で判る姿をして。

「今更、珍しくも何ともねぇ連中だが、何で、こんなことになってんだ?」

「さあな。ここの陰氣にでも惹かれたのだろう」

「陰氣ねぇ……。陰氣に惹かれたんじゃなくて、あんた等に惹かれたんじゃねぇのか? 祟られてたりしてな」

「……徳川の狗如きの祟りなぞ、如何程のものか。祟りたければ祟ればいい。こちらは祓うだけだ」

俯かせていた面を一斉に持ち上げ、やって来た二人の生者へ、やはり一斉にギョロリと気味悪く光る目を死霊達は向けて、そのような幾対もの目を見返し見渡し、或る意味見事だ、と己の頤を軽く撫でながら言う京梧に、九角は肩を竦めながら嫌そうに目を細め、このような死霊など、幾ら出ようが祓ってみせる、とあっさり告げた。

「………………成程」

が、余り抑揚の感じられぬ声で、きっぱり告げた九角が浮かべた刹那の表情を垣間見た京梧は、何やら言いたげに、じっと彼を見詰める。

「何だ。何か言いたそうだな、貴様」

「……いや、別に。──どうせ、幽霊や死霊なんざ俺達の相手にゃならねぇだろうから、とっとと倒しちまおうぜ」

「…………言われなくとも」

九角は、何が言いたい? と京梧を見据えたが、彼は肩を竦めてきつい眼差しを流し、刀を抜き様前を向いて、死霊溢れるその場へと踏み込んだ。

技や奥義を振るわずとも、容易に倒れる相手だった。

氣を乗せた得物を振り下ろし、そして薙ぐだけで、死霊達は煙のように消えて行った。

酷く冷たい、鬼火に似た色の光を散らしながら掻き消えて行く死霊達を横目で眺め、ああ、やはり、死霊などがどれだけ溢れようと相手にもならないと、京梧も九角も僅かに拍子抜けする心地を覚えた。

……けれども、容易に倒せる死霊達と二人の戦いは、何時まで経っても終わらなかった。

倒しても倒しても、後から後から死霊は湧いた。

それでも、始めの内は二人共に気楽に構えていた。

何時までも、甦りが続く筈も無いと。

死霊とて永久ではない。永劫、この世を漂い続けることはない。

何故、彼等がこれ程の数、この場所に溢れたのかは解らぬけれど、何時か必ず、死霊である限り、彼等は黄泉に向かう。

死者の住まう処は黄泉。それが、世の理。

「おい。幾ら何でもおかしかねぇか?」

「そうだな。これは確かに変だ」

「……仕方ねぇな。ちょいと疲れるが、纏めて吹き飛ばすか」

「ああ。それがいいらしい」

──だが。

幾度刀を翻しても、死霊達は一向に数を減らさなかった。

二人が消した数だけ、甦って来た。

故に、このままでは埒が明かぬ、と思い直し、

「剣掌・旋三連!」

「剣掌奥義・鬼氣群雲!」

京梧も九角も、中程度の奥義を死霊の群れへと放った。

死霊達は簡単に奥義に吹き飛ばされ、光とも煙とも付かぬ『身』を辺りに散らし、が、散った『身』を掻き集めるようにしながら甦って、これでも駄目か、と二人が揃ってうんざりした時。

「…………あー。あれ、か」

「今まで、何処に隠れていたのやら」

辺りに漂う死霊達とは明らかに『格』の違う、生者で例えるなら貫禄とも言えるモノを滲ませつつ佇む──要するに、それだけ抱える恨み辛みが深いらしい若侍らしき死霊を一つ見付け、彼等は、あれが全ての原因だろう、と当たりを付ける。

若侍風の死霊がこの場に漂うモノ達の親玉で、死霊達を操り甦らせてもいるのだろう、ならば、あれさえ消してしまえば残りも消える、と踏んで、

「行くぜ」

「遅れるなよ」

死霊の群れの中を、『雑魚』達には目もくれず、若侍の霊目指し、京梧と九角は走り抜けた。