その日、夕刻。
新宿通りの歩道の片隅で、京一と村雨が、ばったり行き会っていた頃。
「アニキやんかーーー!」
京一と分かれた後、新宿駅の駅ビルの中をふらふらしていた龍麻は、義弟の劉に声を掛けられた。
「あ、弦月」
えへらー、と嬉しそうに笑み、語尾弾ませて話し掛けて来た彼を振り返り、龍麻も、やっほー、と小さく手を振りながら笑み返し。
「アニキ、一人なん? 京はんは?」
「一緒には出たんだけどさ。まあ……、一寸って奴」
「……まさか、喧嘩でもしたん?」
「そんなんじゃないって。後で、アルタ前で落ち合うことになってるしさ」
「そうなんか。ならアニキ、ちぃっと、茶ぁでもせえへん?」
「うん、いいよ」
誘われるまま彼は、劉と二人、駅ビル内の小さな喫茶店の片隅に腰落ち着けた。
「今日はもう、占いの仕事の方はお終いにしたんだ?」
「そうや。来月、バレンタインがあるやろ? やから、好きなお人に告白したいっちう若い姉ちゃん等が、わいのトコにも押し掛けて来よるさかい、未だ暇な今の内に買い物の下見しとこ思うてな。早仕舞したねん」
「ふーん。占い師って仕事も、案外シーズンものに左右されるんだ。でも……、買い物の下見って?」
「そんなん決まっとるやんか。来月のバレンタインの為の下見や。わいと雛乃はんだってラブラブやさかいに、今年も絶対、雛乃はんからチョコ貰える筈やねん。折角、雛乃はんからチョコ貰えるんやもん、ホワイトデーとは別に、一寸したお返しの一つもしたいやんか。……って、あーもー、アニキ、何言わすねん! 照れるわぁぁ」
「………………あー、そうだねー。御馳走様ー……」
テーブルを挟んで向かい合った片隅の席で、二人揃って紅茶を注文し、世間話を始めた途端、劉からは、相変わらず良い仲らしい雛乃との惚気話が炸裂して、ハハハハ……、と龍麻は微妙に唇の端を引き攣らせつつ笑んだ。
「そう言うアニキは、何しとったん?」
「え? えっと、買い物って言うか、何て言うか……」
「京はんと分かれて、わざわざ一人でか? ……あ、判ったで。京はんの誕生日プレゼント選んどったんやろ。明後日、二十四日やもんなー」
「…………弦月。俺のすることって、そんなに判り易い……?」
「判り易いっちゅーか。普通に、誰でも思い付くことやと思うけどな。この間の忘年会の時、アニキ、京はんと恋人同士って言えるようになったて、こっそり、わいには打ち明けてくれたやん。二人、漸く上手くいって、初めて迎える誕生日やんか。プレゼントの一つや二つくらいのこと、誰かて想像すると思うよ?」
「言われてみれば確かに。……良かった。一瞬、一寸落ち込んじゃった、俺のすることって……、とか思って」
「ま、アニキの頭ん中は、存外判り易ぅ出来とるってのは、否定せんけどなー」
「……弦月。一言余計」
互い紅茶のカップを手にしつつの、劉の惚気話から始まった与太話は、何時しか龍麻の側の話になって、劉は、龍麻の頬を膨らませる、本気とも冗談とも付かぬことをさらっと言って退けてから、カラカラと笑った。
「冗談やって。──ほんで? 京はんに何買うたん? 参考までに聞かせてぇな」
「それが、その……。未だ決まらないって言うか……」
「え? 目星も付いとらんの?」
「うん……」
そこから話は、更に突っ込んだ話になって、参考までに、選んだプレゼントの中身を教えろ、と龍麻に迫った劉は、煮え切らない彼の答えに、何ぃ? と大袈裟な素振りを見せた。
「二人、きっちりくっ付いてから、初めて迎える誕生日やん。プレゼントのネタなんて、幾らでもあるやん」
「……だってさ…………。例えば、俺が女で、男の京一と、とか、逆に、京一が女で、男の俺と、とか、そういうんで、付き合うことになって初めて迎える誕生日って成り行きだったら、俺だって、プレゼントの一つくらい思い付くけど。何年も一緒にいて、二人で顔突き合わせながら誕生日迎えるのだって今度で七回目なのに、今更プレゼントもへったくれもないって言うかさ……」
「…………アカン! アカンで、アニキ! 細やかなモンでもええやんか。気は心て言うし。折角、恋人同士て言えるようになったんやから、へったくれもない、なんて言うとらんで、何かネタ絞らなアカンて。イベントは大事やで! 恋人との付き合いを円満にする秘訣や! 京はんかて、秘かに期待しとるかもやんか」
けれど龍麻は、半分程中身が減った紅茶のカップを両手で弄びながら、今更な気がして仕方無い、とボソボソ声を続け、何を色気の無いことを、と劉は半ば頭を抱えつつ、力込めて持論を義兄にぶつけた。
「うーーん……。弦月の言いたいことは判るけど……」
「判るけど、やない。判るんやったら、それでええやん。──で? ホントに何も思い付かんの? 心当たりの一つくらい、あるんと違うん?」
「心当たり、と言われても」
「京はんやって、欲しい物の一つくらい、あるやろ?」
「…………京一、案外物欲ないからなあ……」
迫る如く劉に語られても、龍麻はブツブツ言い続けたが、劉はそれを切って捨て、さっさと、龍麻から京一への誕生日プレゼントのネタを何とか引き出そうと勢い込み始めてしまい、反論を引っ込めざるを得なくなってしまった龍麻は、済し崩しのまま、義弟と行き会うまでに絞り尽くした筈の『知恵』を、再度絞り直すことになった。
「そうなん? わいかて、それが京はんの本性の全部やないことくらい判っとるけど、京はん、普段は『ああ』やろ? 物欲かて、人並み以上な印象あるけどなあ」
「高校の頃はそれなりだったし、年中CDとか他にも色々買ってたけど、何時の間にか物欲なくなっちゃったみたいなんだよね。あれでいて、結構捨て魔だし。何て言うかなー……。本当の意味で、何時でも何処でも身一つで行ける風になった、って言うか。そういう覚悟しかなくなっちゃったって言うか。『何処までも持って行けるモノ』以外、興味無いみたいなんだ、最近は特に」
だが、暫し口を噤んで考え込んでみても、やはり、絞り尽くした『知恵』は出涸らしで、そもそもからネタの選択肢が少ないこの現実を、愚痴る風に龍麻は告げ。
「ふうん…………」
何時の間にやら京一は、本当の意味で、己が手に確かに掴めるモノ以外を握らなくなった、と聞かされた劉は、微妙な表情を拵え、片眉のみを跳ね上げた。
「……なら」
「ん?」
「ほんなら、持ってても邪魔にならへんモン、贈ったらええやん」
「……例えば?」
「身に着けとけるモンとか」
「…………アクセサリーとかって意味?」
「そうや。判っとるやん、アニキ」
「考えなかった訳じゃないけどさー……」
そのままの表情で、彼は、一度は龍麻も考えただろう類いのことを言い出し。
劉の推測通り、それを思わなかった訳ではないらしい龍麻は、はは……、と苦笑した。