「最適やんか。それ以上の選択は、ない思うで? 恋人同士になって初めての誕生日なんやし。アクセサリーやったら持ってて邪魔にならへんし。何時でも身に着けとけるし。『何時でも二人は一緒やで!』なノリやん。ええやん」

「うわー……。ロマン溢れ過ぎてる科白ー……。弦月、ホントー……に、雛乃さんとラブラブなんだねー。二人が付き合い始めて、そろそろ六年になるんだっけ? なのに、桃色な春だねー」

「当たり前や! わいと雛乃はんは、何時でも、何年経ってもラブラブや! 常春や! 二人の間にはロマンスが溢れとる! ……でもな、わいかて、悩みはあるんやで?」

「悩み? どんな?」

「もうそろそろ、雛乃はんのこと、『雛乃はん』やなくて、『雛乃』って呼んでもええんかなー、とか、でも、そういうんは結婚してからの方が、とか。他にもあるよ? 瑞麗姉は『仕事馬鹿』なお人で、男っ気もあるんやらないんやら、な感じやし、わいは男やから、封龍の一族の跡継ぎのこと、わいが考えなあかんやん? そやけど、雛乃はんの方かて織部神社の跡継ぎのこと考えなあかんやろうから、とか」

「………………目一杯、御馳走様。俺、もうお腹一杯。人生設計頑張って。ファイトー」

乾いた苦笑を浮かべた龍麻に、『その案』の何が悪いのだ、と劉は切々と主張し、次いで話を脱線させ、己が人生設計と、恋人の人生設計に絡む、誠に幸せな悩みを打ち明け始め、故に龍麻は、全く違う意味の苦笑を拵え。

「棒読みで、ファイト、言われたかて嬉しくも何ともないっ! って、そうやなくて! ──ああ、そうか。下手にアクセサリーなんぞ選ぶと、京はんのプレゼントと被る、とか心配しとる?」

あからさまに呆れられた劉は、声張り上げてから、話を元に戻した。

「……そうじゃないよ。その可能性がゼロとは言えないけど、京一が、そういう物選ぶ確率はかなり低い筈だしね。だから、そういうんじゃなくって……、何て言えばいいかな。そんな感じの物は、俺達には相応しくないって言うかさ」

「相応しくない、て、どういう意味なん?」

未だに龍麻の手の中にありつつも、何時の間にやらすっかり空になってしまっている紅茶のカップを見下ろすように眺めながら、彼の言わんとすることが余り理解出来なかった劉は、微かに首を傾げた。

「こんなこと言うと、弦月には叱られそうな気もするけど……、束縛しちゃいそうな物だから、かなあ、一言で言うと」

すれば、彼が思う処の『相応しくない』の意味が、語られ。

「……何処まで行っても、一途が過ぎるっちゅーか、控え目が過ぎるっちゅーかやな、アニキは。恋人同士なんやから、束縛かてアリやんけ」

この義兄の性分は、本当に……、と劉は溜息を零したが。

「あーー、そういう意味じゃなくって。……上手く言えないんだけど……、俺と京一の関係を、『恋人同士』って言葉で束縛しちゃいそうで、何か、ね」

「…………アニキ。言われとる意味が、判らへん」

引き続き、意味の理解出来ない発言が龍麻より繰り出され、劉は、すっかり飲むのを忘れていた紅茶のカップを、困ったようにソーサーへと戻した。

「アニキと京はん、恋人同士やろ? そういう風になりたいて、望んだんやろ? で、望み通りになったんやろ? やのに、自分等の間柄、恋人っちう言葉で束縛されとうないって、どういう意味?」

「だから、本当に上手く説明する自信無いんだけどさ。──……うん、俺は、京一が好きなんだって気付いてから、ずっと、京一とそういう風になりたかった。色々、一言で言えば、厄介って言えちゃうようなことがあった後も、本当の意味で、恋人同士って言えるようになりたいって思い続けて、二年近く掛けてやっとそうなって、だから、今の俺達の関係は、俺が心底望んだ関係だよ。でも俺は、京一と、恋人同士『だけ』になりたかった訳じゃないんだ。親友で、相棒で、戦友な京一の、恋人『にも』なりたかったんだ。……だから、そういうのは、ね。俺と京一の間のことを、恋人同士『だけ』にしちゃいそうで。何となく嫌なんだ」

「…………成、程……」

「正直、ついこの間までは、こんな風に考えてる余裕なんかなくって、京一とのこと、どうしたらいいんだろう、なんてことしか思えなかったけど。色々諸々落ち着いたからさ。最近やっと、まともに考えられるようになったんだ。そしたら何か、頭冷えたって言うかさ」

「やー……、冷えてはおらんと思うで? 冷えた処か……」

「……処か? 何?」

「何でもない。ハハハハ……」

そんな風に、少々の手慰みをしながら耳傾けた龍麻の話は、複雑ながらも過ぎる程に熱烈だと劉には思えてならなくて、置いたばかりのカップを再び取り上げた彼は、冷め切って不味くなってしまった紅茶を、咄嗟に浮かべた誤摩化し笑いを更に誤摩化す風に、一息に飲み切った。

「……? 変な弦月」

「ま、兎に角や。アニキが、京はんの誕生日プレゼントのことで、何でそんなに煮え切らんかは、よう判ったわ。そういうことなら、悩んでも無理ないし」

ほ、と息付いて、空にしたカップを軽い音立てて再びソーサーへ戻し、何やら問い詰めたそうな表情を拵えた龍麻へ、劉は素知らぬ顔を拵えつつ、半ば無理矢理話を戻す。

「え? あ、うん。──だから、ちょーーっと困っちゃってるんだよねー。だからって、毎度毎度のパターンも何かなあ、とは思うしさぁ……。少しくらいは浮かれてみたい気持ちがないって言ったら嘘だし……」

かなり強引に変えられた話とノリに咄嗟に付いて行けず、一瞬は戸惑ったものの、龍麻はそれからも、暫しブチブチを続け、終いに、はあ……、と溜息を一つ零して、

「こんなことで、こんな風に悩むなんて、馬鹿かなあ、とは思うんだけどー……」

と、窓辺より窺える、新宿通りの人波を見下ろし、頬杖を突きながら遠い目をした。