「……で?」

「ああ、うん。──そういう訳で、さっきから俺は、本と首っ引きになってたのですな。もしかしたら、調合出来るんじゃないかなー、って。で、調べてみたら、『伝説のトレジャー・ハンター ロックフォードに貴方もなれる!』の第三章調合編にも、他の本にも、蛇の肝と蝙蝠の翼を、これこれこーゆー風に調合すれば《媚薬》が出来るー、って書いてあったから、実践してみたんだけどー……」

「その結果が、そこの小壜の中身の、得体の知れない液体か」

「そーゆーこと。……ちゃんと、出来たんだけど。これで間違いない筈なんだけど。……甲ちゃん。媚薬って、惚れ薬とイコールだと思う?」

「思わない。と言うか、そもそも。九ちゃんみたいな、ロゼッタ所属のトレジャー・ハンターの調合技術が限りなく素っ頓狂でも、その程度の材料から、所謂『惚れ薬』が出来るなんて、俺には思えない」

「……うーむ。尤もなご意見で……。ちょーーーっと、俺とロゼッタの両方、激しく馬鹿にされてる気がするけど、今は気にしない方向にしとくぞ、甲ちゃん。正直、俺だってそう思っちゃうからさ」

事情説明しつつ、延々、材料とその完成品を睨み続け、唸り続け。

甲太郎の意見を求めてみた九龍は、拵えてみたはいいが、秘かに感じずにはいられなかった疑問を、誠、どストレートに言葉にされ、頭を悩ませ始める。

「これが、一応は、ロゼッタお墨付きの媚薬なのには間違いないと思うけど。媚薬って、意味、二つあるんだよなあ。philtre──惚れ薬と、aphrodisiac──催淫剤と。……うーむ。惚れ薬だってならノープロブレムだけど、催淫剤だってなら、咲重ちゃんのお望みの物じゃないってことになっちゃうしなあ。…………ふむ。となると、ここはやっぱり、お試しかな」

だが。

ひたすら唸り、頭悩ませた果て、九龍は、黙って彼の独り言を聞いていた甲太郎が、うっかりアロマに咽せた程、お気楽且つあっさり、拵えた媚薬の効能が判明しないなら、お試しに踏み切るまでだ、と結論付けた。

「ッ……ゲホッ……ッッ。……お、おい、九ちゃん。お前、試すってどうやって? と言うか、誰に!?」

握り締め続けていた蛇の肝と蝙蝠の翼を放り出し、ガッ! と小壜を勢い良く取り上げつつ立ち上がり、「Let's お試し!」と間違った意欲を燃やし始めた九龍に、咽せながら、甲太郎は慌てて問い質す。

「そんなん、決まってるっしょ? これが惚れ薬だったとしても催淫剤だったとしても、だーーー……れも困らない人達で試すんだよ」

試す!? 誰に!? と声裏返らせた甲太郎へ、九龍は、にへら、と笑んでみせた。

「誰も困らな……────。……ああ、あの二人か」

「そ。あの二人。具体的に言うならば、京一さんと龍麻さん。……と、いう訳で。甲ちゃん、兄さん達に一服盛りに行くぞ!」

そうして、九龍は今度は、ニタリ、と笑むと、物騒な宣言を高らかにカマし、渋る甲太郎の腕引っ張って、兄さん達のいる警備員専用マンションへと向かった。

「いらっしゃい。どうしたの? 又、何か遭った?」

────そんなこんなで、そろそろ宵の口も終わろうかという頃、警備員専用マンションの三階にある部屋を訪れた彼等を、彼等──公正に語るなら、主に九龍──が碌でもない企みを実行すべく自分達の部屋にやって来たとは露程も知らぬ『兄さん達』の一人──緋勇龍麻は、にっこり出迎えた。

「こんばんはー! 今日は、単に遊びに来たんです。お邪魔しまーす!」

「……邪魔する」

何時も通り出迎えてくれた龍麻と、九龍は最大級清々しく、甲太郎は少々後ろめたそうに言葉を交わし。

「よう。何だ、暇潰しか?」

ダイニングで、やはり何時も通り笑みながら迎えてくれた『兄さん達』のもう一人──蓬莱寺京一にも、二人はそれぞれ、最大級清々しい顔と、少々後ろめたそうな顔を向け。

翌日の、やはり放課後。

九龍と甲太郎の二人は、龍麻と京一に捕獲及び連行され、彼等の部屋のリビングの片隅に、ちんまり、正座させられていた。

言わずもがな、昨夜の暴挙がバレたからだ。

────夕べ、九龍は甲太郎を巻き込みつつ、兄さん達にひたすら与太話を振り続けて、ちゃっかり夕飯も相伴して、その後、当たり前のように缶ビールを飲み出した二人が揃って三本目の缶に手を伸ばした頃、二人には判らぬように、ダイニングテーブルの下で渋りまくる甲太郎を蹴っ飛ばし、無理矢理『生け贄』に捧げ、二人が捧げられた『生け贄』──別名・玩具を構い倒している隙に、こっそりビールに媚薬を投入してから、用事を思い出したとか何とか適当な言い訳を並べ立て、速攻で逃走した。

そうして、「どうなっても俺は知らないからな!」と憤る甲太郎を宥めながら、「結果は明日のお楽しみ!」と、鼻歌歌いつつ帰寮し。

翌日──即ち今日、彼が、一服盛った彼等より、上手いこと『結果』を聞き出すべく警備員専用マンションを訪れるよりも先に、こめかみに青筋立てつつ全開の笑みを顔面全体に貼付けた京一と龍麻に甲太郎と共に取っ捕まって、問答無用で彼等の部屋へと連行され。

至る現在、正座させられた九龍と甲太郎は、兄さん達に、お説教開始のゴングを鳴らされた直後だった。

「さーーて。葉佩くーん? 皆守くーん? 君達は夕べ、俺達に何をしたのかなー?」

──しょぼん、と身を縮め、一応は神妙にしている九龍と、何やらブツブツ口の中で零している甲太郎の眼前に仁王立ちし、それはそれは見事な笑みを浮かべっ放しの龍麻は少年達を見下ろし、

「お前等、大人しく白状しちまった方が楽だぞー?」

リビングの二人掛けソファの背凭れに両肘引っ掛け、ふんぞり返りながら京一は棒読みで言った。

「……えーと。何と言いますかー。ちょーーっと、協力をお願いさせて頂いたと言いますかー……」

「俺は、自分からこの馬鹿に手を貸した訳じゃない。単に、この馬鹿に巻き添えにされただけだ」

青年達に自白を求められ、が、九龍は何とか誤摩化し通そうと無駄に足掻き、甲太郎は主張を述べる。

「葉佩君、グダグダ言わない! とっとと白状するっ。皆守君も、言い訳しない! 連帯責任っ」

その途端、仁王立ち中の龍麻の両目が、激しく吊り上がった。

「御免なさい。もうしません! 二度としません!」

「……認める。今回は、連帯責任でいい。この馬鹿を止められなかった俺も悪い」

そんな彼の顔は、九龍と甲太郎には怒り狂っている般若そのものにしか見えず、勢い彼等は掌を返し、直ちに詫びを入れ、夕べの碌でもない企みに関することを、一切合切白状した。

──と、まあ、そういう訳でしてー……」

「……………………………………ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ん」

「……成程な。そういうことか。それで、か」

実はー、これこれこういう訳でー、と九龍が仔細を語り終えた途端。

龍麻のこめかみの青筋は一層浮かび上がり、何やら思い出しているような顔付きで、京一は忍び笑いを洩らした。

「京一っ!!」

思い出し笑いをした京一を振り返り、叱り飛ばして、龍麻は。

「二人共、一発くらい、ぶん殴られとく?」

少年達へと向き直ると、改めて、にこーーー……っと笑みながら、握り拳を固めた。