「こ……甲ちゃん。こーたろさん。ちょーっと、落ち着いてくんなまし」

顔面から綺麗に磨かれた床の上に突っ伏した直後、グリグリと背骨の真上を容赦無く踏ん付けられて、九龍は、ギブアップ! とバシバシ床を叩いた。

「俺は落ち着いてる。単に、激しく下らない物を見せられて腹を立てたのと同時に、あんな馬鹿げた代物を拵えて喜んでるような、愚かしいとしか言えない団体お抱えの新人ヘボハンターに命を預けるような真似をした自分を、お前込みで心底罵ってるだけだ」

「何をぉ!? そこまで言わなくったっていいじゃんか、甲ちゃんの馬鹿太郎っ! ロゼッタを庇う気なんか更々ないけど、俺だってロゼッタだって、真面目にやってんだぞっ!」

「余計悪いわっ!!」

「んもーーー……。ほんっっっと、我が儘だなー、甲ちゃんはーっ! …………判った。だったら、甲ちゃんの認識改めて貰う為にも、ロゼッタの誇る素晴らしい技術の秘密の一端を、今ここで、盛大に明かしてみせましょうぞ! ──という訳で、こーたろさん、その足、退けて」

けれども、勘弁して下さい、と九龍が降参しても、甲太郎は腕を組んだまま『ヘボハンター』を足蹴にし続け、そんな彼が吐いた科白に、カッチーー……ン、とキた九龍は、だったら目にもの見せてくれる! と踏み付けてくる足から逃れるや否や『H.A.N.T』を操作して、別の映像を再生した。

一旦ブラックアウトした画面は、直ぐさま瞬いて、新たなる映像を映し出す。

テレビ画面の中で像を結んだのは、やはりカラフルな代物で、スピーカーから流れてきたのも、軽快この上無い音で。

まさか、又……、と一応画面に注視していた甲太郎や仲間達が嫌な予感を覚えた瞬間、『R&H 1分クッキング』なる文字が表れた。

「…………クッキング……? 今回のテーマ、カレーライス……?」

「おうよ! 言ったっしょー? ロゼッタの誇る素晴らしい技術の秘密の一端を! って。これ、調合技術関係の資料なんだー。凄いっしょ?」

浮き上がった文字を、思わず声に出して読んでしまった甲太郎へ、九龍は嬉々として解説をする。

『今日は、カレーライスを調合するわ』

『今日は、カレーライスを調合するよ』

一体、これは何だ? と目を点にした甲太郎に、九龍が解説をしている間にも、映像は淡々と流れ続け、先程の、某・お伽噺のパロディチックなアレにも登場した兎と熊の縫いぐるみが、やる気の欠片も感じられない棒読み口調で、ロゼッタ版・カレーライスの『調合』の仕方を説明し始めた。

『先ずは、白米ね』

『白米は、ミネラル水と穀物を調合するんだよ』

『判ったわ、ミネラル水と穀物を調合するわ』

『次は、カレーだよ』

『次は、カレーね』

『カレーは、レトルトカレーを入手して使うよ』

そのまま、本当に淡々……と、兎と熊の縫いぐるみによる調合手段解説は続き。

「………………おい」

熊の縫いぐるみの方が、レトルトカレーを入手して、と言った瞬間、甲太郎は、低い声で唸りながら九龍を見据えつつ、素早く『H.A.N.T』を取り上げ、ブチリとケーブルを引っこ抜いた。

「あっ! 甲ちゃん! 何して──

──黙れ。……九ちゃん? 一つ訊くが。もしかして、お前が今まで俺達に振る舞ったカレーは、悉く、俺の部屋からお前がパクったレトルトカレーを使ってたのか?」

「違うって。冤罪だ、冤罪! 俺が拵えたカレーの半分は、ちゃーんと、俺のお手製だってばさ。少なくとも、甲ちゃんに食わせたのは、ルーからお手製。だってさー、甲ちゃんの所からパクったレトルト使って作ったカレー、甲ちゃんに食わせる訳にはいかないっしょ? 一発で出所がバレて、カレー泥棒! って叫びと共に、激しいお怒りの籠った蹴り喰らう羽目になるから」

「…………ということは。それ以外の時は、俺の非常食をパクって、この、カレーへの冒涜以外の何物でもない、調理ですらない調合で、カレーを拵えたんだな?」

「へっ? え……、そ、そんなことはないぞ、甲ちゃん。気の所為! 言葉の綾!」

「……ほう。言葉の綾か。どの辺が綾なんだ? カレーの冒涜者なカレー盗人?」

「それは、だから、えっと、うんと…………。──そ、そうだ! 今のは、カレーへの愛が宗教の域にまで達しちゃってるよーな甲ちゃんのお気に召さなかったみたいだから、別の見よう、別の!」

『1分クッキング 〜今回のテーマ〜 カレーライス』は始まったばかりなのに、どうして暴挙を働くか、と九龍は甲太郎を睨んだが、不気味な薄笑いを頬と口許に刷いた彼に様々問い詰められて、結果、地雷を踏んでしまい、慌てて『H.A.N.T』を我が手に取り返すとケーブルを接続し直し、大急ぎで別の映像を再生させた。

『今日は、火炎瓶を調合するわ』

『今日は、火炎瓶を調合するよ』

──始まったのは、やはり『R&H 1分クッキング』だった。

但し、『今回のテーマ』は、カレーライスでなく火炎瓶で。

『先ずは、中国酒ね』

『中国酒は、Barとかから入手出来るよ』

兎と熊が、火炎瓶調合の為の材料の一つ、中国酒は……、と映像の中で語った途端。

「九龍様」

食堂の片隅──阿門の斜め後ろに控えて、微笑ましそうに馬鹿騒ぎを見守っていた千貫が、何時の間に近付いて来たのやら、気配を絶ったまま、ポン、と九龍の肩を叩いた。

「千貫さん、何ですか?」

「一時期、私のBarから中国酒の紛失が続いたのは、これが理由でございますか?」

「………………。違います、そういう訳じゃないです。俺の所為じゃないです。俺が、Get Treasure! ってした訳じゃないですっ!」

くるっと振り返った先に立っていた千貫が、何故か、片手にアイスピックを掴んでいるのを視界の端で見付け、九龍は、身振り手振り付きで己の無実を訴える。

「そうですか。でしたら、宜しゅうございます。お楽しみの処、失礼致しました」

言うまでもなく、九龍の無実の訴えは真っ赤な嘘だったし、千貫自身も、九龍の言い分を頭から信じてなぞいなかったが、敏腕執事殿は、一応、当人の訴えを聞き届け、引き下がった。

「……ね、ねえ、九チャン。もう少し、こう……、皆に『優しい』物、ないの……?」

と、そこへ、微妙な雰囲気と気持ちに晒されてしまった仲間達の代表を買って出た明日香が、小声で、「皆守クンじゃないけど、何処から突っ込んだらいいのかも判らないようなのじゃなくて、もう少し、違う路線の……」と言い出したので。

「別の路線かー……。……あ、いいのがある。ロゼッタの、入会員募集のCM。出演は、やっぱりロゼッタちゃんとハントくんだけど」

「ロゼッタちゃんとハントくん?」

「ああ、さっきの兎と熊。兎がロゼッタちゃん。熊がハントくん。ロゼッタのマスコットなんだよ。可愛いっしょ?」

「…………そ、そうだね。うん、ロゼッタちゃんとハントくんは、可愛いかな。…………見た目は」

兎と熊の縫いぐるみの名を彼女に語りつつ、九龍は、「今度こそ!」と気合い込めて『H.A.N.T』を操作し始めた。

──再生されたのは、一同の耳に、不本意ながら段々と馴染み始めてきてしまった例の軽快な音楽と、ロゼッタちゃんとハントくんの姿で。

『もう、トレジャー・ハンターを探さないのかい?』

『そうよ。だって、料理も泥棒も出来ないトレジャー・ハンターに、用はないから』

『何処かに、料理も泥棒も出来るトレジャー・ハンターはいないかな』

『何処かに、料理も泥棒も出来るトレジャー・ハンターはいないかしら』

少々長めだった、ロゼッタちゃんとハントくん演じる、そのような会話で締められた謎の寸劇が終わった直後、画面には、

「 料理も泥棒も、遺跡探索も 」

ロゼッタ協会は

そんな《宝探し屋》を探しています

ご連絡は、各地のハンター事務所まで

──とのメッセージが、ロゼッタ協会のロゴマークと共に浮かび上がり。

「九ちゃん。真剣に、お前のこれまでを振り返って、人生を考え直せ。間違いなく、それがお前の為だ」

もう、蹴りを放つ気力も失せた甲太郎は、ポン、と、しみじみ九龍の肩を叩き、その場の誰も見たことがない真剣な表情で、彼を諭し始めた。