「俺のこれまでを振り返って、人生考え直す云々は兎も角としてさ。何で、さっきのCM見て、そんな発言に至るのか、俺にはよく判りません、こーたろーさん」
だのに。
甲太郎に真剣に諭されても、九龍は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「何でだよ! お前、おかしいと思わないのか!? 一から十まで全て! おかしいと思わないのか、お前っ!? と言うか、碌でもない、馬鹿の親玉のロゼッタを、おかしいと思え!! 自分の所属先の真実を受け止めろ!」
「……そうかなあ。おかしいかなあ。少なくとも、さっきのCMに関しては、ロゼッタが正しいと思うけどなあ。前々から言ってるじゃん。『料理と盗人が出来れば君もトレジャー・ハンターになれる!』がロゼッタの謳い文句だって。俺だって、そう思うし。実際、そうだし。……何か変?」
「お前な…………」
「甲ちゃんは、諸々の事情も知ってるから敢えて言うけどさ。ロゼッタが碌でもない所かどうかってのは、本気で別問題だし、俺も、色々と思うことは出てきちゃったけど。トレジャーハンティングに関する技術その他は優秀だと思うんだけどなあ、ロゼッタ。あんなに素敵な調合技術とか開発しちゃってくれるし、かと思えば、地味な努力もしてるしさー」
突っ込みを入れずにいられぬ甲太郎を、ひたっすら、不思議そー……に九龍は見遣って、何で理解して貰えないんだろう、と言わんばかりに腕を組み。
「地味な努力? 地味に馬鹿になる努力か?」
「違うっての! 具体例で言うとー。ロゼッタには、トレジャー・ハンター体操──通称、トレハン体操って呼ばれてる体操があるのさね。遺跡探索に向かうハンターの準備運動の為にー、って、わざわざ、ロゼッタの中でもトップレベルのハンター達に協力仰いで、長い時間掛けて完成させた、も、ナイス! としか言い様の無い体操なんだけど。そんな風な、本気で地道なことしてる部署もあるし、その手のことに情熱注ぎ切ってる職員の人達だっているんだってば。……ほれ。そーゆーとこ『は』、優秀っしょ? ……あ、甲ちゃんも皆もやってみる? トレハン体操。お望みとあらば、手取り足取りお教え致しましょうぞ」
「もう、いい……。少し黙れ、馬鹿九龍……」
「そんな、つれないこと言わなくったっていいじゃんか。…………あ、判った。体操、ってトコが気に入らないんだな、甲ちゃんは。なら、校歌ならぬ、ロゼッタの協会歌、教え──」
「──だ・ま・れ! 頼むから黙れ! その口を閉じろ!」
どう考えてもトレジャーハンティングの足しにならないことに、全精力を注いでいるとしか思えぬロゼッタの話など、もうこれ以上聞きたくもないし、準備体操だの協会歌だの、したくもなければ歌いたくもない、と、甲太郎は、何とかしてロゼッタ協会に対する恋人の認識を改めようと頭を捻る九龍に向けて叫び、直ぐそこの椅子に、ゴッソリ気力を削がれた体を投げ出した。
「……むう。何となーく、納得いかない。って言うか、甲ちゃんの心が狭いとしか思えない。……そう思わない? 大和?」
そんな彼に、臍を曲げた視線をぶつけてから、九龍は、たまたま傍にいた夕薙に、自身への賛同を求めた。
ロゼッタの全てを肯定出来ずとも、彼の団体の誇る技術は、誰もに賞賛されるべきものの筈! と。
「い、いや、そのー……な。実を言えば、俺も、トレジャー・ハンターやロゼッタ協会に強い興味があるから、出来るなら、意見には賛同したいんだが……、九龍。流石に、甲太郎のあれは、心が狭いとか、そういう問題じゃないぞ……? と言うか、俺自身、今、どうして俺は、ロゼッタ協会なぞに興味を抱いてしまったのかと、激しく自問している最中だ」
「えええー……。大和まで、そーゆーこと言う……?」
けれど、同級生の一人な彼には、甲太郎の味方に付かれてしまって、九龍はプッと頬を膨らませた。
「私は、興味深いと思います」
「だしょ? そう思うっしょ? 月魅ちゃん!」
「ええ。もしかしたら、超古代文明や、そこから生み出された《秘宝》に興味を抱くということは、或る意味での愚かさの表れという、サンプルなのかも知れない、と思うと……」
「………………月魅ちゃん……」
更には、当人はフォローのつもりなのかも知れないが、フォロー処か追い打ちでしかないことを月魅に告げられ。
「……俺は、本当に、宝探し屋という者を、勘違いしていたのかも知れない…………」
トドメに、阿門にも、ボソッと溜息混じりの呟きを洩らされ。
「帝等まで…………。……何で!? どーして!? 俺は、ロゼッタがどんなとこなのか、皆にお披露目しただけなのに!! ロゼッタの技術『は』素晴らしいって、訴えたかっただけなのにぃぃぃっっっ!!!」
終いに九龍は、『H.A.N.T』をぶん回しつつ、絶叫し、その場で暴れた。
仲間達には白状しなかったが、そもそもの動機は、新年会兼己の誕生日パーティーを盛り上げようと思ってのことだった『お披露目』が、予想外に不評だった為、九龍はその後、散々っぱらいじけた。
いじけ倒した。
折角の、皆との新年会なのに、俺の誕生日パーティーなのに、と、ピカピカの床に、わざわざオレンジジュースのグラスの中に突っ込んだ指先で、のの字を書きながら。
故に、以降仲間達は、それなり──あくまでも、それなり──には彼を慰め、いじけから立ち直らせるべく気も遣ったけれど、結局、徹頭徹尾賑やかだった宴が終わりを告げても、甲太郎だけは、ひと欠片の労りも九龍には示さなかった。
だから、元旦の夜、人気に乏しい寮に戻って、甲太郎の部屋に引っ込んだ後も、九龍は、ネットリとした恨みがまし気な半眼をしながら、ナメクジのよーに甲太郎の背中に引っ付いて、ブチブチブチブチ、文句を垂れていた。
「そりゃーさー、ぶっちゃけ俺だってさー、ちょーーーっと、おかしな処あるよなー、ロゼッタもー、って思うしさー。俺の過去絡みの件でならさー、幾らでも悪態吐けるけどさー。何もさー、あそこまでさー、盛大に貶さなくってもいいと思うんだよねー」
「……九ちゃん。くどい。鬱陶しい。何時までも、妖怪みたいに貼り付いてんな」
全身を使って覆い被さられている所為で、部屋着に着替えることすら出来なくて、甲太郎は、何とか、背中の『恨み妖怪』を振り払おうとしたが、思いの外、九龍は粘り。
「甲ちゃんがー、流石に一寸、俺も言い過ぎたー、的なこと言ってくれない限りー、離れないー。俺はさー、甲ちゃんや皆が喜んでくれればそれでいいやー、って思ってさー、だから、一応はロゼッタの公式資料なあれ、お披露目したのにさー」
「ああ、もうっ! いい加減にしろ、この馬鹿っ!」
これはもう、情けを取っ払った実力行使に訴えるしか術はない、と甲太郎は、妖怪を背負ったまま軽くジャンプし、背中からベッドへとダイブした。
「ぐえっっ!」
重力と勢いと甲太郎の体重に潰され、妖怪──もとい九龍は、潰れた声を上げる。
「……思い知れ」
やっと、背から離れ、痛いの何のと、ベッドの上で悶えている彼を見下ろし、ふん、と甲太郎は鼻で笑って、勉強机の椅子の背凭れに引っ掛けたままだった、部屋着を取り上げ着替え始めた。
「……何だよ、甲ちゃんの馬鹿っ! 俺だって色々考えたんだぞっ。宴会が賑やかになればいいな、とか、盛り上がれば、とかって! 何でか知らないけど、今日は朝から甲ちゃん機嫌悪くて、最初は寝不足かなって思って放っといたけど、パーティー始まった途端、甲ちゃんの機嫌、最悪になってさっっ! だから、うんと盛り上がれば、甲ちゃんだって機嫌直してくれるかな、とかも思ったのにっ! イチャモン付けて、貶して、宴会盛り下げるようなことばっか言ってっ! あーもー、気に入らないっっ。折角の新年会で、折角の誕生日パーティーだったのにーーーっ!!」
部屋に戻り、二人だけになっても、これでもか! というくらい訴えても、甲太郎は、微塵も態度を変える気がない、と知り、九龍は、引っ繰り返った亀のような体勢のまま、ジタバタ暴れつつ、一層、喚いた。