「ほーーー。俺の機嫌が朝から悪かったのに、お前でも気付いたのか」
思わず、握り拳を固めたくなる程の甲高い喚きに、甲太郎は辟易の溜息を零してから、くるりと九龍を振り返り、有無を言わせず覆い被さった。
「…………甲ちゃん? 何をご無体な……」
年甲斐もなく手足をばたつかせていたら、結構な勢いで覆い被さって来た甲太郎に、ガシッと両手首を押さえ込まれ、両脚の間にズルリと体を割り込まされて──要するに、強引に押し倒された挙げ句、無理矢理『事』に及ぼうとされているかの如くな格好を取らされてしまい、思わず九龍は喚きを引っ込め、ジタバタを止め、何事……? と、おどおどしながら、彼の顔色を窺う。
「何が無体だ、激馬鹿」
「や、やー……。無体は、どう言ったって無体なんじゃないかなー、と。実際、無体だし……?」
「……お前は、これ以上、俺の機嫌を損ねたいのか?」
「そういうんじゃないけど……って、そうだ! うっかり暴挙に飲まれちゃったけど! 俺は、甲ちゃんの今日の態度の悪さに腹を立ててたんだったっ! って訳で、甲ちゃん! 何であんなに機嫌──」
「──当たり前だろうがっ! 今日が何の日だったか、自分の胸に手を当てて、よーく思い出せっ!」
まるで、襲われている最中のような己の今に慄いて、及び腰になってしまったが、甲太郎に眼差しをきつめられ、先程まで己が何を喚き、何に腹を立てていたのか思い出した九龍は、声高な大声を再び放ち、が、甲太郎は彼以上の大声で、それを遮った。
「ほ? 今日が何の日か? ……………………はっはーん。読めたぞ、甲ちゃん」
キーーーン! と鼓膜を震わせた叫びに、きょとんと馬鹿面晒してから、「あ、そういうことですかい」と、九龍は一転、ニッタリとした笑いを拵える。
「読めたって、何が」
「朝から、甲ちゃんの機嫌が悪かった理由。……な・る・ほ・ど。今日が、俺の自己申告に基づく誕生日だってのに、皆と宴会だったから、気に食わなかったんだな、甲ちゃんは。要するに、こーたろさんは、機嫌が悪かったと言うよりは、拗ねてた、と。…………そういうことっしょ?」
「……別に、そういう訳じゃない」
全て合点が行った、と暗に語る笑みをされ、甲太郎は己の失言に気付いたが、すっと、押し倒した彼から視線を逸らし、往生際悪く、言い訳を告げた。
「なら、どういう理由? 言ってみ?」
「…………宴会の所為で機嫌が悪かったのは確かだ。夕べだって、大晦日だ、年越しだと、遅くまで付き合わされたのに、寝正月の名目で一日中寝てられる筈の元旦から、新年会がどうたらだから参加しろって、反論する間もなく八千穂に言い付けられて、午後中、連中と顔付き合わせる羽目になって、挙げ句、あんなに馬鹿馬鹿しい代物見せられたら、俺じゃなくったって機嫌くらい悪くなる。昨日も今日も、カレーを食えてないしな」
「ふーーーん……。じゃあ、甲ちゃんは、本当は今日のアレに参加したくなかったってことなんだ。俺の誕生日パーティーでもあったのに。ってことは、俺の誕生日を祝ってくれるつもりなんか、甲ちゃんにはなかったってことだよな? ……うわー、こーたろさんってば、薄情ーーー」
「そうじゃないっ! 俺は、連中と一緒にお前の誕生日を祝ってやるのが嫌だっただけ────。……あー……」
けれど、結局、彼は言い訳にしくじり、無意識に『何か』を指先で探してから、ああ、そうだ……、と軽い舌打ちをして、ガリっと頭を掻きながら、九龍を押し倒し続けることを止め、力無く、ベッドに腰掛け直した。
「……ほーら。俺の思った通りじゃん」
「…………お前が自分で、今日と定めた折角の誕生日を、お前と二人だけで祝いたかったんだ。……それの、何が悪いんだよ……。そりゃ、俺は、誰かの誕生日だのを祝うような柄じゃないが、二十四日の夜から未だ一週間しか経ってないんだ、多少は思うことはある……っ……」
「………………まあ、甲ちゃんの言いたいことが判らない訳じゃないけどさー……。……甲ちゃんは、ホントに、妬きもち妬きさんだこと」
気拙そうに目を逸らしたまま、逆ギレしている風に吐き出した甲太郎に、起き上がり、その場に胡座を掻いた九龍は溜息を送って……、でも、我が儘な子供を眺めている感じで笑った。
「……嫉妬とか、そういうことじゃ──」
「──じゃ、どーゆーことでしょー?」
「……………………認めりゃいいんだろ……。……ああ、確かに、嫉妬心だとか、お前を独占したいって欲がなかったと言ったら嘘になる」
「ん。正直で宜しい。……あのさ、甲ちゃん。俺だって、例えば俺の誕生日を、例えば甲ちゃんの誕生日を、二人きりで、みたいな望みがなくはないよ? 恋人同士、水入らずでー、って。……でも。こういう言い方すると甲ちゃんはふて腐れるかもだけど、俺は、皆のことだって好きだし大切だし、一緒に馬鹿騒ぎとかしたいと思うんだ。──皆が、俺の誕生日パーティー、って言ってくれた時、俺、凄く嬉しかった。だって、有り難いことっしょ?」
「まあ、な」
「だしょ? ……これは俺の我が儘だけど、だから、皆のそういう気持ち、俺の恋人な甲ちゃんにも汲んで欲しかった。皆の顔も、甲ちゃんの顔も、両方立てたいし。……俺の言いたいこと、判る?」
「……ああ。……頭では、最初から判ってる……」
「だったら、今日の甲ちゃんの朝からの不機嫌さは、イケマセン、ってのも判ってる?」
「…………一応、な」
「こんなこと、俺がクドクド言わなくったって、甲ちゃん、判ってた筈だろうけどさ。甲ちゃんの気持ちとしては、俺の最優先は甲ちゃんで、ってのだろうし、俺も、甲ちゃんの中での最優先が俺だと嬉しいし? 但、日付けは跨いじゃうかも知れないけど、皆と騒いだ後でも、甲ちゃんと二人っきりタイムは、充分取れるよな、って思ったから。………………御免な? 何か、お説教みたいなこと言っちゃった」
「いや……。……すまなかった」
微かに笑いながら、メッ! と言いつつ、ぽふぽふ頭を撫でてきた九龍と、やっと目を合わせて、甲太郎は小さく詫びる。
馬鹿の親玉・ロゼッタへの罵りは断固として別問題だし、撤回する気も、九龍の、ロゼッタの技術への賞賛に同意する気も更々ないが、自分が、今日一日、余りにも大人げない態度を取ったのは事実だ、と、自戒しながら。
自分達の口論のそもそもの発端は、今日の己の機嫌の悪さや態度に関することでなく、ロゼッタは馬鹿か否か、ということだった筈なんだが、と、ちょっぴりだけ思ったけれども。
「まあまあ。以後、気を付けるってことで! 妬きもちは不安の裏返しって言うし、妬かれてる内が花とも言うし。……あ。でも、珍しいことに、甲ちゃんが大人しく殊勝だから、この機に乗じて、ペナルティ込みの、おねだりしちゃおっかなー。ふっふっふー」
そんな彼の様子を、チラリ窺い、普段だったら、ここから屁理屈の一つや二つ捏ねて、捻くれた態を披露してもおかしくないのに、素直に非を認める程、甲太郎は落ち込んでしまったのかも、と思った九龍は、少々、『取引』めいたことを言い出した。
彼の気分を、浮上させようと考えて。
「ペナルティ込みのおねだり? ……何だ?」
「『Happy Birthday to You』、歌って」
だから、罰でもあるおねだり? と、甲太郎は首を傾げ。
九龍は、ニヤっと『おねだり』の中身を告げ。
「………………お前、俺に、歌を歌えと……?」
途端、甲太郎の顔は、滑稽なくらい歪んだ。