酷く長いような、それでいて酷く短いような、釈然としない落下の体感を経てより、何とか足裏が捉えた『床』に着地し。

「蓬莱寺さー、何でそんなに短気なんだよ……」

「仕方ねえだろ、あのままじゃ埒が明かねえって思ったんだってのっ」

お互い、無事に立っていることを確かめ合った龍麻と京一は、そのままそこで、ぎゃいのぎゃいの言い合い始めた。

「もー、蓬莱寺は……。……って、ここ何処……?」

「さあ…………」

しかし言い合いは、双方の視界に映った『景色』の所為で呆気無く終わり、龍麻も京一も、キョロキョロと、困ったように、不思議そうに、辺りを見回す。

──飛び下りた先は、真の闇から一転、仄暗い、と言える程度には明かりが射していた。

けれど光源の正体は、どれだけ目を凝らして探そうとも見付けられなかった。

そんな中浮かび上がった光景は、彼等が想像していた胡散臭い地下室ではなく、洞窟、としか思えぬそれで、剥き出しの岩肌があり、『床』だと思っていた足許も、凹凸が激しい地面だった。

所々に水溜りのような物もあり、湛えられた『水』は、緑色に濁っていた。

天井も、鍾乳石とも岩とも付かない、鈍色の刺のような物が突き出していて。

「……常識的に考えるとさ」

「ああ」

「真神学園旧校舎地下には、巨大な洞窟がありました、ってことになると思うんだけど」

足許を、辺りを、天井を、次々に見遣り、あー……、と困惑しきりになった龍麻は、最も有り得そうだと思った『希望的観測』を口にしてみたが。

「……そうなるな。常識的に考えるんなら。でも、だとすると。俺達が下りて来た、あの入口と階段は、何処消えたんだ?」

だったらいいんだが、と呟きながら、京一は竹刀袋で真上を指した。

「…………だよねえ……」

「ま、こうしてても仕方ねえ。出口探そうぜ」

「そうだね」

竹刀袋が指し示した場所には、本来だったら地上への入口と階段がなければならない筈なのに、それは跡形もなくて、二人は、うーーむ、と腕組みしつつ深く深く首を捻り、何とかして出口を探そうと、その場より、一歩だけ踏み出した。

「あ? 何だ?」

「え? 異形?」

すれば途端、彼等の行く手を阻むように、その空間のあちらこちらから、異形の気配を漂わせる獣達が湧いて出て、一斉に牙を剥いた。

「何だっつーんだ、ここはっ! 悪趣味な不思議の国かっ!?」

「悪趣味って言うよりは、極悪って感じっ!」

突然の襲撃に、京一は慌てて木刀を竹刀袋より引き抜き構え、龍麻も焦りながら手甲を取り出し、ぎゃいぎゃいと二人は、尽きぬ文句を垂れながら、敵達と戦い始める。

「拳底・発剄!」

「剣掌!」

自分達目掛けて一直線に突っ込んで来た数匹を、龍麻は、振り上げた拳で、蹴り足で、氣を込めた技で倒し、京一は、木刀を振り、斬り付け、技で吹き飛ばして。

「…………冗談きついぜ……」

「同感……」

『あの日』より過ぎたこの二ヶ月の間に、ヒトならざるモノや、『力』持つ者達との戦いを幾度か繰り返した今では、少々の踏ん張りで倒せる程度の相手だった敵達を退けた京一と龍麻は、はあ……、と顔を見合わせ溜息を付いた。

「俺……、小学校の時、学校で言われたこと思い出した」

「何て?」

「『先生の言い付けは守りましょう』」

「そういう問題じゃねえだろ……」

「まあね。兎に角、そういう気分だってことだよ。──蓬莱寺、出口探そう」

「おう」

ここは一体何なんだろう、と遠い目をしつつ、幼き頃言い聞かされた教えを思い出した龍麻に、京一は少しばかり嫌そうな顔をし、げんなりしながら二人は、出口探しを再開する。

「……あれ、何だろう、何か落ちてる」

「ん? ホントだ、何か光ってんな」

「………………珠、かな?」

「みたいだな。……放っとけよ、そんな役にも立ちそうもねえ物なんか」

「ん。言いたくはないけど、さっきのアレが取り憑いてた品かも知れないし」

「……緋勇、裏密みたいなこと言うんじゃねえ」

何処か別の場所に繋がる穴でもないかと、彷徨うろつき歩いていた最中、二人は地面に転がっていた珠らしき品を見付けたが、少々薄気味悪かったので、これより二週間程が過ぎた頃、『品』の処理に頭を悩ませることになる運命を自分達が辿るとも知らずに、あっさりそれを放置し、更に奥へと進んで。

「こんなのあったっけ?」

「なかった……と思うぜ?」

「でも、あるよね」

「ある、な」

「行く?」

「……行くっきゃねえだろ」

「地上じゃなくて、地下に向かってるっぽいよ?」

「他に道がねえんだから、仕方ねえって」

確かに、先程まではなかった筈なのに、空間の奥の片隅に、光りながら、ぽつん……、と口を開けていた『穴』を見付け、その前に立ち、しみじみと言い合った龍麻と京一は、ここを辿る以外どうしようもない、と覚悟を決め、その『穴』を潜った。

ままよ、と抜けた『穴』の先は、最初の洞窟に極似した場所で、まさか、と彼等共が思った通り、ヒトならざるモノも湧いて出た。

うざったい……、そう感じつつも否応なく異形を討ち果たせば、全てが先程までの繰り返しのように、何もなかった筈の場所が光り出して、存在していなかった『穴』が出現し、はあ……、と揃って溜息を零しつつ、新たな『穴』を潜れば、やはり…………、と言った具合で。

「いい加減にしやがれ!」

「流石に疲れて来た…………」

どうも、階層状になっているらしい洞窟を、都合四階分程下り、四度よたび目の異形殲滅を果たした直後、京一は喚き出し、龍麻は、身を屈めてぐったりと両膝に手を付いた。

「やっぱり、俺、運動量足りないのかなあ……。古武道の修行、三ヶ月しかしてないもんなあ……。基礎体力がないのかも……」

「認めたくねえけど、修行が足りねえかな……」

戦いの喧噪が消え、シン……とした静寂が戻ったそこで、龍麻はしみじみ己の体力不足を痛感し、京一は京一で、走り込みでもするか? と呟き。

「御免。蓬莱寺が黙々とランニングとかしてる処、俺、一寸想像出来ない」

「……どーゆー意味だ。俺だって、少しくらいは『地味なこと』するぜ?」

「そりゃそうだろうけどさ。武道なんて、体力なきゃ始まんないし。だから、何て言うか、イメージ?」

「緋勇。お前は俺を、軟派だと思ってやがんな?」

「あ、違ったんだ? でも、実際そうじゃんか。蓬莱寺ってさ、二言目にはオネーチャンだし」

「真神一の伊達男な俺を、その辺の軟派野郎と一緒にすんじゃねえよ」

「わーーー、よく言うなー……」

旧校舎の地下に足踏み入れてから、そこに辿り着くまでに倒した異形の数は四、五十匹を下らず、それだけの数、二人きりで凌いで来た彼等は、共に明らかな疲労を感じてはいたが、そのことには余り触れず、馬鹿ばかりを言い合って。

「……又か…………」

「みたいだね」

「しょーがねーなー。こうなりゃ、行けるトコまで行くか」

「うん」

今度も現れた『穴』に、揃って潔く身を躍らせた。