昼食を食べ終わっても、午後の授業が始まるまでは時間があると、彼等は、どうでもいいと言えばどうでもいい話を、屋上の片隅にて延々と続けていた。

が、やがて、陽気が殊の外良かった所為か、龍麻が、ふわ……、と欠伸をし始めた。

「うーー……、眠い……」

「緋勇、寝不足か?」

「うん。ワールドカップの中継観ちゃってさー……」

「何だ、夜更かしか。…………ん? ということは。──京一。お前、又夕べ、緋勇の家に泊まったのか?」

「あ? あー、まあな」

「まあな、じゃないだろう、お前は……。先月も、ワールドカップの中継が観たいからどうのこうの、とか言って、何度も緋勇の家に転がり込んでいたろうが。サッカーになぞ、碌に興味も無いくせに」

「いいんだよ、建前なんざ、何だって」

「……良くはないぞ……? 京一、お前は少し、緋勇の迷惑を考えて──

──まあまあ、醍醐。迷惑だったら叩き出してるから大丈夫だって。……それにしても、俺は途中でダウンしたのに、京一、あんまり寝不足っぽくないね」

「寝たからな。午前の授業中。目一杯」

「…………威張れないから、それ」

明け方近くまで起きていたから眠い、と目を擦りつつ夜更かしの理由を龍麻は語り出して、今度は彼等は、それ絡みの話を始め。

「あ、駄目かも。限界かも」

話半ばで龍麻は睡魔に打ち負かされたらしく、寝るー、と呟いて、隣に座る京一の肩に頭を預け、さっさと目を閉じてしまった。

「龍麻。重たい」

「少しの間だけだってば」

「男に寄り添われても、嬉しかねえ」

「ケチ臭いこと言わない。肩くらい貸してくれたっていいじゃん」

「……ったく……。後で返せよ」

「その科白は、お約束過ぎ。詰まんないから返さない」

遠慮なく重みを掛けて来る龍麻に、京一はボソリと文句を吐いたが、それが聞き届けられることはなく、細やか過ぎる攻防が終わって直ぐ、龍麻は寝息を立て始めた。

──そんな二人の様子を黙って眺めていた醍醐は、実の処はその時、おや、と内心で首を傾げていた。

今、龍麻が取ったような振る舞いを、京一は簡単には許さぬタイプなのに。況してや、男が相手なら尚更、と思ったが為に。

でも、口ではブツブツ言いながらも京一は、龍麻が予告もなく寄り掛かっても、枕代わりになれと求めても、避ける素振り一つ見せなかった処か、至極当たり前のように受け止めたから、これは少々『謎な光景』だ、とも思って、醍醐は若干目を見開き、京一と龍麻を見比べた。

…………と、彼がそんなことをしていたら、京一は、己の左肩を枕に眠る龍麻を、じー……っと眺め。

何故か、複雑過ぎる表情を拵え。

そうして、やがて。

「……龍麻」

思い切ったように、トン……、と彼は、龍麻の背中を叩いた。

すれば、浅く眠っていただけだったらしい龍麻は、それを合図とした風に、ズルズル体を滑らせ床に横たわり、今度は、投げ出された京一の膝に頭を乗せ、眠り直した。

故に。

黙って、ひたすらに、黙ーーーーーーーって、二人を見比べていた醍醐は、目を点にした。

今の彼等の『構図』は、言わずもがな、膝枕という奴で、それを、京一が、二言目にはオネーチャンな『あの』京一が、幾ら、何時しか親友同士の間柄になったらしい、心底心砕ける相手とは言え、性別は男な龍麻相手にそれを許して──否、自分からそれを促すような真似をするなんて、到底信じられなかったから。

彼は、目の前の光景を、疑わずにはいられなかった。

京一は、熱があるんじゃないか、とも疑った。

嘘だろう!? 俺は、夢を見ているのかっ!? と叫び出したい心地にも駆られた。

「……ちくしょー、能天気な顔して寝やがって、龍麻の奴。こっちまで眠くなって来るじゃねえかよ。今日の天気は、格別だしなあ……」

しかし、醍醐が目を点にしたまま固まってしまっているのに気付かず、京一は、龍麻を見下ろしブチブチと言って。

「俺も寝るかな。タイショー、お前も昼寝でもしたらどうだ? 気持ちいいぜー?」

傍らに置いていた紫の竹刀袋を取り上げ、龍麻の邪魔にならぬように抱えると、顔俯かせ、昼寝の体勢に入ってしまった。

未だに、言葉もなく固まっている醍醐を置き去りにしたまま。

ゆるゆると、だったのか、性急に、だったのか、醍醐には判らなくなってしまっていたが、それより少しばかり時間が流れ、龍麻からも京一からも、本格的な寝息が聞こえ始めた頃。

漸く、醍醐は、『金縛り』状態から『は』脱出した。

が、凝視するように彼等を見比べることだけは止められず、思考は、中途半端な復活を果たしてしまって、勢い、暴走を始めた。

──極々単純に、二人の『今』を受け取るなら、寝不足な親友に膝を貸しているだけの男と、親友の膝を借りて昼寝をしているだけの男、だ。

例え、こんな光景、有り得ない、と思えても。

信じられない、ともう一人の自分が声を限りに訴えていても。

だから、眼前の『これ』は、高校生男子としては『少々』恥ずかしいくらい仲の良い親友同士の、微笑ましい、と言えなくもない午後の一コマだ!

…………とは思うのだけれども。否、思いたいのだけれども。

二言目には、オネーチャン、と始まる、座右の銘は『酒池肉林』の京一が。

時折は京一と共にナンパに挑みに行く、案外ナイスバディ好きの龍麻が。

男同士であるにも拘らず、膝枕をし、されている、というこの構図は、余りにも寒過ぎるし、何より。

……認めたくないのだけれども。

どうしても、認めたくないのだけれども。

全力で否定したいのだけれども!

龍麻に膝を貸している京一の姿が、京一に膝を借りている龍麻の姿が、余りにも自然で、いっそ悲鳴を上げてこの場から逃げ出したいと思うくらい自然過ぎて、本当に、この二人の関係は『親友同士』という言葉で括れるのだろうかと、飛躍しているにも程がある! なことまで思ってしまう自分が、自分の中の何処かにいて!

────…………と、そんな風に、暴走を始めた醍醐の思考は坂道を転がり出し。

ぐっすり寝入ってしまった二人から目を逸らすことも、思考が訴えて来た通り、悲鳴を上げて逃げ出すことも出来ずに彼は、悶々と、酷く複雑な境地を抱え、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴っても、午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴っても、その場にしゃがみ続けた。