五時限目の授業がそろそろ終わる、という頃になっても、醍醐は、相変わらず膠着状態だった。

思考は混乱したままで、今でも秘かに、龍麻が比良坂紗夜とのことを悩んでいるんじゃないか等々、屋上に足踏み入れるまで抱えていた想いや心配など、彼の頭からは綺麗さっぱり吹っ飛んでいた。

こうなってより数十分が経とうとも変わらぬこの光景の『真相』は、一体何なんだろう、との疑問だけに、彼は捕われてしまっていた。

「んあー……。よく寝た……。……ん? タイショー? どうした?」

「……おはよー……。ふぁぁぁ……。──あれ、何か遭った?」

そんな彼の、不憫で複雑な心境も知らず、昼寝に興じていた親友同士な二人は、揃って盛大な伸びをしながら、すっきり爽やかな面で目覚め、百面相をしている醍醐に気付くと、不思議そうに首を捻った。

「い、いや。何が遭ったという訳じゃなくて……」

が、きょとんと、誠に素朴に問うて来る二人に告げられる答えは、醍醐の中になかった。

「そりゃそうと、今何時だ?」

「ん? えーと。……あ。五時限目終わる。うわー、サボっちゃった」

「何だ、もうそんな時間かよ。案外寝ちまったな。……んーー、すっきりしたなー!」

「まあねー。俺もすっきりしたぁ」

百面相を止めず、言葉を濁すだけの醍醐の風情を、二人は肩を竦めるだけでとっとと流し、よく寝ただの、六時限目もサボるか? だの言い合い。

「六時限目、マリア先生だからサボったら拙いんじゃ?」

「……あー、そうだった…………。しゃーねーな、行くか」

「うん」

次の授業が何だったか思い出した彼等は、面倒臭い、とブチブチ零しつつ立ち上がった。

「おい? タイショー?」

「醍醐? どうかした? ホントに、何か変だよ?」

しかし、京一や龍麻が腰を上げても、醍醐はその後に続けず、具合でも悪いんじゃなかろうかと、二人は、様子のおかしい友の顔を覗き込み。

「何でもない。一寸、寝惚けてるだけなんだ……」

心配そうに窺って来た彼等に、醍醐は言い訳をした。

「何だよ、寝過ぎか?」

「ならいいけど。本格的に寝ちゃったんだ?」

「ま、でなけりゃ、お前が昼寝だけを理由にサボる訳ねえもんな」

「醍醐も、寝不足だったんだねー」

彼の言い訳を素直に信じ、何だ、それだけのことか、と京一と龍麻は笑いながら屋上の扉へと向かい始める。

「あーー、それにしても、ホントに気持ち良かったー。枕も丁度良かったし」

「……そりゃ良かったな。……お前、ちったぁ遠慮しろよ」

「いいじゃん。京一の……────だよ」

「又、それかよ。……まあ、いいけどよ。どうせ……────は、猫と縁側の関係みたいなもんだろ?」

そんな彼等の、所々が風に流れて聞き取れなかった声が、やっと、ノロノロ腰を上げた醍醐の耳に届いて。

「猫と、縁側の関係…………?」

何のことを言っているのやらと、彼は首を捻りながら、階段を下りて行く二人の後を追った。

普段通りの、仲の良い親友同士にしか見えない彼等の背中を見詰めつつ、内心でのみウンウン唸りつつ。

この日より、約八ヶ月の時が流れた、一九九九年三月に母校を卒業するまで。

醍醐は幾度となく、それこそ見慣れてしまうまで、京一に膝枕をねだる龍麻と、当たり前のようにそれを許す京一、という構図を、『見せ付けられる』運命を辿った。

八ヶ月もの間、己がそんな物を目撃し続ける羽目に陥るなどと、この日の彼には、想像も付かなかったけれど。

彼の辿った運命の一つは、そうだった。

────醍醐雄矢の受難と不遇は、未だ未だ続く。

End

後書きに代えて

ちょっぴり色恋に疎い、青春真っ盛りの十八歳な醍醐君の受難。

尚、作中の京一の科白の一つであり、タイトルにもなっている『猫と縁側』の意味は、本編中ここに。

醍醐は、恋愛絡みのことにはかなり疎いんじゃないかな、というイメージを私は個人的に持っていますが(御免、醍醐)、幾ら何でも、目の前で、仲の良い男の友人同士がこんなこと始めたら、思うことは色々あると思うの(笑)。

幾ら仲が良くてもねえ、昼休みの学校の屋上で、人目があるのに、素面の状態で、至極当然のように膝枕を……ってのは、ちょいと色々疑われても仕方無いんじゃないか? と私は思うんですが、やってる当人達は全然そんなつもりないし、友情路線ひた走ってる「つもり」だから、別に騒がれることでも驚かれることでもないってのが認識のようで。

…………無自覚って、傍迷惑だ(笑)。

醍醐、不憫だな。

でも彼は、この先も幾度となく、そーゆー彼等に付き合わされる羽目になります(合掌)。

頑張れ、醍醐。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。