僅か一月半とは言え、それでも一月半、暇さえあれば潜り続けた旧校舎地下なので。

疾っくに慣れ切った足場の悪さを無意識に計算しながら、二人は摩訶不思議なそこの、地を蹴った。

蹴り脚に力を込め、体ごと突っ込むように相手との距離を詰めるスピードは、互い、速かったけれど、ウェイトが標準よりも少々劣る分、身軽さに重きを置いている龍麻の方が、若干だけ勝っており。

ヒュッと、空気を裂きながら突き出された、手甲で覆われた彼の右手の拳を、ピタリと追い掛けるように迫った京一の木刀が、ミシリと音立てて弾いた。

「京一っ!」

「あんだよっ!?」

「何処までOKっ!?」

「んなん、何でもありありだろっ? 遠慮したって修行にも立ち合いにもなんねーっつの!」

「じゃ、恨みっこ無しで!」

「お前こそ、後で泣き言垂れんなよ!」

手甲が木刀を弾き、木刀が手甲を弾きと、そんなことを数度繰り返しつつ、ぎゃんぎゃん、『限度』の有無を確かめ合い。

何でもありありルールでOKと言うなら、と。

「円空破っっ」

「剣掌、旋っ!」

本当に、遠慮も手加減もなしに、龍麻は円空破を、京一は剣掌・旋を、同時に放った。

それぞれから放たれた氣の塊は、一直線に相手目掛けて宙を走り、バシンっ、と音立てて打ち消し合う。

「お前、初手からそれかっ!?」

「京一こそっ! いきなり剣掌・旋はないだろっ!」

「てめぇぇぇぇ……。そっくり返してやらあ、その科白っ!」

「何でもありありの恨みっこ無しルールじゃんか、ブーブー言わないっ!」

ぶつかり合い、弾け合い、打ち消し合った氣の『煽り』を、眼前に手を翳すことで互い避けつつも、二人は再度、ぎゃんすか文句合戦をしながら。

「でいやぁっ!」

その間も氣を練り上げていた京一は、八相斬りを繰り出し。

「うおりゃぁっ!」

足捌きと気合いでそれを避けた龍麻は、雪蓮掌を放った。

「当たる訳ねえだろっ!」

「あっ、それ、俺の科白っ!」

けれど、京一も又、龍麻の技を躱してみせて、だから彼等は、幾度目かになる文句の言い合い合戦を繰り広げ。

「……これでも、かなりマジなんだけどな?」

「気が合うね。俺もだよ。俺も本気出してるんだけど」

一度は詰めた間合いを、互い同時に引き離して距離を取り、改めて、一転、静かに対峙し合った二人は、各々、声音に若干の焦りを滲ませた。

────龍麻の奴が、黙って背中を預けられるくらい、黙って背中を護ろうと思うくらい、強いことは解ってる。……でも。

立ち合った処で、負けることは有り得ねえんじゃねえ?

…………それが、龍麻と実際にやり合うまで、京一が秘かに抱えていた思いで。

────京一がどれだけ強いか、一番解ってるのは俺。余裕で背中が預けられるし、全力で背中を護ろうと思える。……だけど。

立ち合ったら、いい線まで行ける筈。少なくとも負けたりなんか。

…………それが、京一と実際にやり合うまで、龍麻が秘かに抱えていた思いで。

しかし、蓋を開けてみたら、二人共にこっそり抱えていた、「ひょっとしたら余裕?」との、どうしようもなく逆上せ上がった考えはあっさり裏切られ、本気を出しているにも拘らず、決着は容易に付かず。

京一は、負けることは有り得ねえんじゃねえ? との驕りを、龍麻は、少なくとも負けたりなんか、との驕りを、揃って捨てた。

「本当に、本気出すか」

「奇遇だね、何処までも」

そうして二人は構えを取ったまま、ボソリ、意地っ張りな呟きを吐いて、ひと度取った間合いを、互い、互いの瞳を真っ正面から睨み付けたまま、再び一気に詰め合い、木刀と拳を打ち合わせた。

透明な青と目には映る氣で、薄くだけ包んだ京一の木刀と龍麻の拳は、触れ合った瞬間、バチリッ……、と放電音によく似た音を放ち。

放電音のような衝突の音は、木霊かと思える程の速さで、幾度となく辺りに響いた。

「あ……あははははー……」

「へ……へへへー……」

息を詰め、何度も何度も己が『武器』を、相手のそれに叩き付け合い、肩で息する程になっても付かぬ決着に、彼等は思わず、乾いた笑いを洩らす。

「あったまキた。絶対負けないっ」

「俺だって、意地に懸けて負けねえよっ」

が、へらへらー……っとした笑いを二人は瞬く間に引っ込め、ギッ! と、本気も本気ので親友を射抜き、深く息を吸い込むと。

「いい加減、沈みやがれ、龍麻ぁっっ!」

「京一こそっ! そろそろ倒れろよっ!」

己が氣で真っ青に染まった木刀を京一は振り被り、やはり、己が氣で真っ青に染まった蹴り足を龍麻は擡げ。

────次の瞬間。

何かが折れるような、それでいて潰れるような、やけに鈍い嫌な音が彼等の懐より上がった。

……音の発生源は、龍麻に渾身の蹴りを叩き込まれた京一の右脇腹と。

京一の木刀を目一杯打ち付けられた龍麻の左肩だった。

「痛、て……。…………おい、龍麻……」

「……何? 京一……。……痛っつー……」

「お前、この仕打ちはあんまりじゃねえ?」

「その科白、そっくり返してあげるよ」

「てめぇ……、って……、ちょ……タンマ。……イった。マジで肋骨イった……」

「俺も、鎖骨イったっぽい……。う、わー……。痛ーーーーーいっ! 痛いって、マジで!」

ほぼ同時に重い一撃を受け、一瞬、痛みよりも先に衝撃に目を丸くし、何が起こった? と、きょとん……、と動きを止めてより数拍の後。

それぞれ、木刀を、拳を納めた二人は、物の見事に骨が折れたと喚き始める。

「ヤベ……。息詰まる……。うお……、うおおおおお……」

「俺だって……。ちょ……、うわ、痛い、重い……。か、肩が…………」

その場にしゃがみ込み、彼等は仲良く痛みに悶え。

「……龍麻……?」

「何……」

「お前、骨董屋んトコの薬…………」

「………………御免、さっき、皆と潜ったあれで、終わっちゃった……。京一、は……?」

「俺、に訊く、なよ……」

「…………きょ、いち……。桜ヶ丘……、行こっか……」

「そ、そだな…………。あ、でも、お、前……は、結跏趺坐……──

──無理……。限界…………」

ヨロヨロヨロヨロ、互いが互いに縋って何とか立ち上がった京一と龍麻は、ひーこら、情けない声を洩らしつつ、万が一の為にと、地上への入り口が現れる階層で『暴れ』たのは正解だったと慰め合いながら、旧校舎を脱出し、桜ヶ丘中央病院を目指した。