「どうせならさ、うんと怖いのがいいよね」

「そうだねぇ。舞子はそれでもいいよぉ。舞子が出来るお話はぁ、怖いんじゃなくって、哀しいお話だけどぉ」

「どんな風に〜、怖いのがいいの〜? 小蒔ちゃ〜ん」

「……どんな風に…………。うーん、そうだなあ……。…………あ、あれ! ほら、今年のお正月頃に流行ったホラー映画の、何だっけ、えっと……」

「『リング』のことぉ?」

「そうそう! それ! 高見沢サンも観た? 怖かったよねー、あれ! あんな感じの、『うーわー!』な奴がいいなっ」

「ミサちゃ〜んも〜、『リング』は観たけど〜。あれ、そんなに怖いかしら〜」

「……ミサちゃんは、例外なんじゃないかな……。──ねえねえ、誰か、そういうネタ持ってない?」

少年達から異議が上がらぬと見るや、小蒔と舞子とミサは、何を話そうかとか、どんなネタを持ってる? とか、きゃいきゃい騒ぎ始めた。

「リリリリ、リング……。あ、あれだろう? TV画面から何かが這い出て来ると噂の……っっ……」

「………………踏ん張れー、醍醐ー」

「ファイトー。ここで悲鳴上げたら、男の沽券に関わるよー?」

「作り話だよ、作り話」

その傍らで、少年達は、ひたすら醍醐を励ましたが。

「あ〜、そうだ〜〜。折角だから〜。『参加型』の怪談にする〜?」

少年達の努力を、一言でミサが打ち砕いた。

「さっ……参加型っっ!?」

「うん〜。『お部屋様』とか〜、『雪山の怪談』って、言われてるあれ〜」

その所為で、醍醐の声は悲鳴に等しくなったが、ニヤ……と、超絶オカルト少女は説明を続ける。

「『お部屋様』? 何だ、それ?」

「あ、俺、知ってる。俺の実家の方では、結構ポピュラー。長野には、登山出来る山が結構あるから」

「どんな話なんだよ。教えろよ、龍麻」

「多分、話聞けば、京一も知ってるって言う筈だよ。──色んなパターンあるみたいなんだけど、登場人物が、必ず四人って言うのがポイントの、冬山登山してて遭難した四人が、何とか見付けた山小屋に転がり込んで、とかいう感じのシチュエーションで大抵は始まる話なんだ。四人は、うっかり寝ちゃって凍死しないように、小屋の四隅に一人ずつ立って、順番に肩を叩いて行くっていう、ゲームみたいなことを始めて、朝までそれを続けるんだけど、助かって初めて、ふと、自分達がしてたことは、五人いないと出来ないんじゃ? って気付いてさ。じゃあ、存在しない筈の五人目は一体……? ってなるっていう感じの怪談」

ミサが言い出した、『お部屋様』、若しくは『雪山の怪談』として有名なそれを知っていた龍麻は、首を捻った京一に粗筋を語った。

「……ああ、言われてみりゃ、聞いたことある気がすんな。あれ、『お部屋様』っつーのか?」

「みたいだね。俺も今、初めて知ったけど」

「『お部屋様』というのは、明治の頃からある遊びの一つだと僕は聞いている。何でも、一種の交霊術とか。それが何時しか怪談になって、『お部屋様』という名前だけが残ったんじゃないか?」

『お部屋様』という名は知らなかったが、その怪談なら聞き覚えがある、と京一は頷き、如月は、少々無粋なことを言った。

「もーっ。ネタばらしも難しい話も駄目だって! 怪談なんだから、怖いことで盛り上がらなきゃ意味無いじゃないかっ」

「うん〜。だからね〜。それを〜、やってみるのは、どう〜?」

折角、少しずつ高まって来た盛り上がりが、そのやり取りで壊れてしまったと、小蒔は文句を言い出して、又、「う〜ふ〜ふ〜」と笑ったミサは、実際にやってみよう、と皆を促した。

「俺は別に構わないけど、俺達、七人いるんだから、人数余り過ぎじゃ?」

「男の子は〜、丁度四人〜」

「裏密……。俺達にやらせる気かよ……」

「ミサちゃ〜んと〜、舞子ちゃ〜んと小蒔ちゃ〜んは〜、本当に『お部屋様』が出るか〜、真ん中で見てる〜」

「お、俺は……。俺はーーっ!」

「な〜に〜? 別に〜、怖くなんかないでしょ〜? 醍醐く〜ん〜?」

「まあ、僕も別に構わないが…………」

促した、と言っても、彼女が『白羽の矢』を立てたのは少年四人で。

「ミサちゃ〜んと〜、舞子ちゃ〜んは〜、『そういうの』視えるし〜。小蒔ちゃ〜んは〜、何か遭ったら可哀想だし〜」

「何か遭ったら、俺達だって充分可哀想だろうがっ!」

「確かに、女の子に何か遭るよりは、俺達の方がいいんだろうけど……」

「勘弁してくれ……。おおおお、俺はぁ……」

「……判った。その代わり、一寸時間をくれないか、裏密さん」

さも、犠牲になるのは男だけで充分だ、と言わんばかりの彼女に、京一や龍麻は渋面を拵え、醍醐はちょっぴり涙目になり、諦めの境地でそれを受け入れた如月は、ミサに断りを入れてから、暗いその部屋の四隅の一つへ向かって、龍麻達を呼んだ。

「何? 如月」

「お前、随分物分かりがいいじゃねえかよ」

「あの裏密が言い出したことだぞ、本当に『出た』らどうするんだ……っ」

「いいから。少し、僕の話を聞くんだ。──僕も詳しくは知らないが、確か『お部屋様』というのは、西洋では『ローシュタインの回廊』と言って、実は、成功させることが出来るんだ」

どうして安請け合いをした、と言いたげな三人に、如月は小声で告げ始める。

「え? どうやって?」

「何か、絡繰りでもあんのか?」

「ローシュタインの回廊は、思い込みがさせることだと言われていると、何かで読んだ憶えがある。参加者に目隠しをさせるか、若しくはこの部屋のような暗闇の中で、最低でも数十回、右回り、又は左回り、という条件下で次の角に立っている者の肩を叩かせると、視覚という感覚を奪われ、繰り返し同じ行動を取らされる参加者は、集中力や意識のレベルが落ちて、『肩を叩かれたら歩いて、次の人の肩を叩く』ということしか考えられなくなる。すると、次の角に誰も立っていなくとも、無意識の内に無人の角を曲がり、人のいる角まで向かって、その人の肩を叩くようになるんだそうだ」

「…………おお。ちゃんと、科学的な根拠があるんだ、この話って」

「へーーー……。……でもよ、そういう状態になるには、何十回って、四隅廻んなきゃならねえんだろ? その間は、どうすんだ?」

「だから裏密さんは、僕達にやらせようとしているんじゃないのか? この闇だ、彼女達の誰かが、気配を殺して空いた角に立ってもバレはしないだろう。彼女のことだ、その気になれば『本物』でも何でも呼び出せるだろうに、こんなことをやらせようとしているのだから、僕達皆を怖がらせるか何かして、本当に、単なる暇潰しがしたいんだろうな」

「だ、だが、如月……。万が一ということがあるぞ……?」

「大丈夫だ、醍醐君。そう思うなら、肩を叩く相手の氣を探ればいい。そうすれば、誰の肩を叩いているのか判る。それに、二番目か三番目に立てば、必ず、肩を叩く相手は同じになる」

「凄い。如月、頭いい」

「……成程な。じゃあ、ここはいっちょ、嵌まった振りしてやろうぜ。何時も何時も、裏密の奴に脅かされっ放しで堪るか。たまには、肩透かし喰らわせてやんぜ」

「わ、判った。そういうことなら……」

「なら、意趣返しと行こうか」

──少々長かった彼の説明は終わり。

種明かしさえされてしまえば、どうと言うことはない、と少年達は、「未だー?」とか何とか、わくわくしている声をぶつけて来る少女達の方を、チラリ、と振り返り、醍醐を除いた三人でジャンケンをして順番を決め、いまだ、時折稲光りが差し込むだけの、真っ暗なその教室の四隅へと散った。