ジャンケンの結果、一番目が龍麻、二番目が醍醐、三番目が如月、四番目が京一、と歩き出す順番は決まり、ミサが指定して来た通り、時計回りに、彼等は『参加型怪談』を始めた。

少女達三人が、団子のように固まって教室中央にいることを確かめ、「始めるよー」の声を上げて、先ず、龍麻が歩き出した。

黒板右横の角に立っていた彼は、壁を伝って教室廊下側後ろの角へと進み、ポン、と醍醐の肩を叩いた。

叩かれ、ビクッ! と体を震わせはしたものの、氣で、肩を叩いたのは龍麻だと確信し、胸撫で下ろした醍醐は、やはり壁伝いに進み、窓際の後ろの角に立っていた如月の肩を叩いた。

叩かれるや否や、流れるように如月は窓辺沿いに歩き、黒板左横の角に立っていた京一の肩を叩いて、合図を受け歩き出そうとした京一は、そこで、ふむ、と思わず動きを止めた。

──このまま、黒板右横の角に進んでも、本来なら誰もいない。

スタート時、そこに立っていた龍麻は、醍醐の肩を叩く為、廊下側の後ろの隅に行ったのだから、そこは無人の筈で、なのに肩を叩けたら、それは、ミサか舞子か小蒔の誰かで、そしてそれを、自分達は気付かない振りをしようと決めたから…………──

「うーむ……」

──だとするなら、少しは、あれ、とか、おや、とか、驚いてみせた方がいいのだろうかとか、それをやったらわざとらしいか? とか、一瞬立ち止まって考え、小さく唸った京一は、肩を叩く相手は龍麻だと信じている素振りをするのが一番自分らしいかと、大股で進み、『いる筈の無い龍麻』の許へ向かった。

氣を探ったら、『いる筈の無い龍麻』の役をしている誰かの氣はミサの物だ、とも判って、如月が睨んだ通りだな、とほくそ笑んだ彼は、無言のまま、ポン、と軽く肩を叩いてやった。

すれば『龍麻役』は、タッ……、と足取り軽く進んで行った。

その、数十秒後。

本当なら、『それが出来る筈無い京一』に肩を叩かれた龍麻は、「あ、来た」と、洩れそうになった忍び笑いを何とか堪えた。

如月の言った通りだ、と。

作為的な何かが介在しない限り、この『遊び』は五人いなければ物理的に成立せず、四番目の京一が向かった先は無人だった筈で、故に、呆気無く『遊び』は終わってしまうが、こうして誰かに肩を叩かれたということは、『そういうこと』だ。

……そう考えた龍麻は、『京一役』をやっているのは誰だろうと、こっそり氣を探り、「ああ、やっぱり裏密さんか」と確かめてから、醍醐の肩を叩きに行った。

そうして次々、肩を叩かれては進み、次の角の者の肩を叩いて、を少年達は繰り返し、数分が経った頃。

「ん……?」

京一は、『龍麻役』の肩の高さがさっきまでとは違う、と気付いた。

おや、と思い、再び氣を探れば、何時の間にか『龍麻役』の氣は、ミサでなく、小蒔に変わっていて、役者交代か? と思いつつも彼は、これまで同様無言のまま、バトンタッチをしたらしい『龍麻役』を叩いた。

すれば、新しい『龍麻役』は、それまでの『龍麻役』と同じ足取りで次の角へと向かって行き。

京一から見れば『龍麻役』、龍麻から見れば『京一役』の『彼女』が、入れ替わったようだ、と龍麻も察した。

これは、桜井さんだなー、と正体にも気付き、少女達はこの遊びを何時まで続けさせる気なんだろうかと、少々の飽きを感じながら、彼は歩き、醍醐の肩を叩いて。

──次の周回。

再度、『五人目』が入れ替わったことに、京一も龍麻も気付いた。

氣が、小蒔のそれより、舞子のそれへと変わっていたから。

故に、三人全員が、最低でも一度ずつ、自分達を騙すまで止める気はなかったんだな、と二人は当たりを付け、なら、この遊びもそろそろ終わるだろうと踏んだのだが。

それより更に数分が過ぎても、『遊び』は終わらなかった。

くるくると、『五人目』が入れ替わって行くのみで、やがて、余りにも少女達が入れ替わり立ち替わりとするので、京一も龍麻も、自分達の間に、三人の少女が並んで立っているんじゃないか、と疑い始めた。

そう考えなければ、教室中央にいることになっている三人が、音も立てず、頻繁に入れ替わりを果たせる理由が納得出来なかったし、何時まで経っても『真相』に気付かぬ自分達を三人で忍び笑うには、その方が都合がいいのだろう、とも想像した。

そんな少女達を、本当に忍び笑っているのは自分達、と考えつつ。

でも、いい加減、本気で飽きて来たので。

次の周回で、丁度、この『遊び』を始めた時に立っていた、黒板左横の角に戻った京一は、自分が『五人目』の肩を叩きながら正体を暴くことで、飽きたゲームを終わらせようと、足音を忍ばせ壁伝いに進み、黒板右横の角に立っていた相手の肩に手を乗せながら。

「もう終わりにしよーぜー。疾っくにネタバレし……──。………………あれ? 龍麻……?」

ふふん、と鼻で笑いつつ言い掛け……、が、肩を叩いた相手が、龍麻だ、と知って、動きを止めた。

「あれ? 京一? 何で?」

「一寸待て。俺、何時、あいつ等追い抜いちまったんだ?」

「さあ……」

氣も、叩いた肩の高さも体躯も、間違いなく龍麻のそれで、振り返り様掛けて来た声も龍麻で、おやぁ? と京一は首を捻り、龍麻も、一寸おかしくないか? と困惑し。

「おい、裏密っ。お前──

──な〜に〜? 京一く〜ん〜?」

今度は何をやりやがった!? と京一が声を張り上げれば、それを遮るミサの声が、教室中央からした。

「あ……? 何であそこから声がするんだ……?」

「裏密さん達、俺達に気付かれないように、戻ったんじゃないかな」

「お、そうか。そうだよな、でなけりゃ、俺がお前の肩叩ける訳がねえよな」

「京一、飽きて来たんだろう? 俺もいい加減飽きたからさ、何にも気付かない振りして止めて、向こうがネタばらしする前に、判ってたー、って言ってやろうよ」

「だな。そうすっか。──裏密! いい加減飽きたんだよ、もう止めんぞ? こんなこと。何時まで経っても何にも変わらねえじゃんよ!」

故に二人は、彼女の声がそこからするということはー、と小声でボソボソ話し合って、うしし、と押し殺した声で笑ってから、素知らぬ振りし、お遊びは終いだと号令を掛ける。

「そうね〜。雨の音もしなくなったし〜、そろそろ帰る〜〜?」

お終い! の叫びを、ミサは素直に受け。

雨も止んで来たようだから、旧校舎から出よう、と言う彼女に頷き、龍麻と京一は、伸びをしながら教室を出て行った。

醍醐と如月が、そして舞子と小蒔が、何故か、狐に摘まれたような顔をしていることに気付かぬまま。