何時しか、あれ程酷かった雨は上がっていて、気温も下がり、一雨来た後は過ごし易い、と話しながら、七人は空腹を何とかすべく、何時ものラーメン屋、王華へ傾れ込んだ。
皆、思い思いにラーメンを注文し、暫くは、怪談のことなど忘れ去ったかの如くな会話を続け、一段落が着いた頃。
「裏密。判ってんだからなー」
カラン、と音を立てて、割り箸をラーメン丼に落とし、京一は、ニヤっと唇の端を歪めて笑った。
「え〜? 京一く〜ん〜、何のこと〜?」
「さっきの、『お部屋様』のことだよ、裏密さん。あれって、本当は五人いなきゃ出来ないよね? でも、二十分以上、俺達が次の奴の肩叩き続けられたってことは、そういうことなんだよね?」
『ネタばらし』の口火を切った京一の言うことが、判らない、とばかりにミサは首を傾げ、味噌ラーメンを食べ終わった龍麻も、笑いながら参戦した。
「そういう〜ことって〜? どういうこと〜?」
「だからよー。その、いなきゃ出来ない、でも、いる筈無かった『五人目』を、お前等がやったんだろ? つってんだよ。バレてんだよ、疾っくに」
「裏密さん達、俺達のこと脅かそうとかしたんだろう? でも、多分そういうつもりなんだろう、って始める前から判ったからさ、ちょーっと、氣、探っちゃった」
二人にそう言われても、ミサは小首を傾げること止めず、京一は少しばかり拗ねた感じで、龍麻は悪戯っ子っぽく、ネタばらしを続けたのだが。
「う〜ふ〜ふ〜〜。ミサちゃ〜ん達〜、そんなことしてない〜」
にやぁ………………っと、ミサは、誠、不気味に笑んだ。
「誤摩化すなっつーの。ネタは上がってんだ、ネタは。如月が教えてくれたんだよ、あれは、『なんちゃらの回廊』とかいう奴で、思い込みで成功させることが出来んだろ?」
「……京一。なんちゃら、じゃなくて、ローシュタイン。ローシュタインの回廊。……だよね? 如月、裏密さん」
「そ〜よ〜。『お部屋様』は〜、西洋では〜ローシュタインの回廊って言うの〜。如月く〜んが言った通り〜、思い込みで成功させられることだけど〜。でも〜、今、京一く〜んと、緋勇く〜んが言ったみたいなこと〜、ミサちゃ〜ん達、誰もしてないよ〜〜」
「またまたー。そんなこと言って、脅かそうとしたって──」
「──本当だよ、緋勇クン。ミサちゃんが言った通り、ボク達、ずっと教室の真ん中にいたんだよ?」
うっ……、と思わず飛び退きそうになったくらい不気味なミサの笑みだったが、何とか踏ん張り、「聞こえない、俺は何も聞こえない」と、こっそり、隅の方で醍醐が両耳を手で塞ぐのをチロリ見遣りながら、京一と龍麻は異議を唱え、そこへ、小蒔が真顔で口を挟んだ。
「何だよ、美少年。お前も粘る気か? 龍麻が言ったろう? 『五人目』の奴の氣を探ったって。最初が裏密で、二番目がお前で、三番目が高見沢って、順番に入れ替わったの、知ってんだぜ、俺達。俺達脅かそうとして、何度も、お前等が入れ替わり立ち替わりってしたことだって」
「えぇ。舞子達ぃ、そんなことしてないってぇ!」
「高見沢さんまでしらばっくれちゃって。俺達にはもう判ってるんだってば」
「……二人共、待ってくれ。多分、裏密さん達は、誰も嘘は言っていない」
小蒔にも、空っ恍けているとしか思えぬことを言われ、京一と龍麻は少々ムキになったけれど、舞子も、自分達の潔白を訴え出し────如月までが、そんなことを言い出した。
「おいおい。骨董屋。お前がそっちの味方してどうすんだよ」
「別に、味方をしてる訳じゃない。──醍醐君と僕は、二番目と三番目だった。肩を叩く相手も、叩かれる相手も、絶対に変わらない。だから、あれを始めて直ぐの頃から暇でね。蓬莱寺から見たら『緋勇君役』になり、緋勇君から見たら『蓬莱寺役』になる、『五人目』をやっているのは一体誰だろうと、彼女達三人の氣を追っていたんだ。だが……、裏密さんの氣も、桜井さんの氣も、高見沢さんの氣も、ずっと、教室の中央から動かなかった」
「え…………? え、ちょ、一寸待ってくれよ、如月っ!」
「不気味なこと言い出すなよっ。裏密達の誰かが『五人目』をやるだろうって言い出したのは、てめぇだぞっ!?」
「だから、僕は不思議に思っていたんだ。『五人目』の役が出来る彼女達は、誰もその役目を果たしていないのに、どうして、肩叩きが続けられるのだろうかと。でも。始める前、僕が君達に『ネタばらし』をした時に、騙されてる振りをして、肩透かしを喰らわせてやろうと決まったから、きっと蓬莱寺が、誰もいない角を素通りして、緋勇君の肩を叩きに行ってから、角を一つ戻っている──要するに、蓬莱寺が、『四人目』と『五人目』の二役をやっているんだろうと思っていたんだよ。緋勇君と、こっそり打ち合わせるか何かして、と」
小蒔や舞子がそうだったように、如月も真顔をして、すこー……しばかり顔色を変えた少年二人に、実は……、と告げ。
「……俺達ゃ、そんなことしてねえ。一周目から確かに、『五人目』はいたぜ? 氣、探ったら、裏密だったぜ?」
「うん。最初に俺の肩叩いたの、裏密さんだった。それから暫く、『五人目』は裏密さんで、途中で桜井さんに変わって、次が高見沢さんで……」
「…………だよな? そうだったよな? 龍麻。んで、そっから先は、小蒔だったり高見沢だったり、又裏密に戻ったり……」
顔を見合わせ、乾いた笑いを零し合いつつ、京一と龍麻は語気強めて訴え。
「ね〜え〜。一つ、訊いていいかしら〜? どうして〜、あのタイミングで止めたの〜? 京一く〜ん〜?」
う〜ふ〜ふ〜……、とミサは低い声を洩らした。
「どうして、って……。お前等じゃなくて、龍麻の肩叩いちまったからだよ。気付かない内に、お前達を追い抜いちまったんだか、お前達が抜けたんだか、それは判んねえけど、いい加減飽きたって言いながら肩叩いた相手が、龍麻だったから」
「その時〜、京一く〜んは、何処の角から何処の角に行ったの〜?」
「は? ええと、だな……。……ああ、そうだ。丁度、最初に立った黒板の左横の角に戻ったことだし、いい加減飽きたし、とか思って……、で、黒板の右横の角に行って。そしたらお前等じゃなくて龍麻がいて」
「よ〜く考えてみて〜? 京一く〜んや緋勇く〜んが言う通り〜、ミサちゃ〜ん達が、内緒で『五人目』をやってて〜、途中で抜けたら〜、京一く〜んが最後に向かった黒板右横の角には〜、誰もいなくなるんじゃないの〜?」
「………………え? あ、そういうことにな……──。──あああ? いや、待て。一寸待て……? で、でも、確かに龍麻がいたぜ? なあ? 龍麻?」
「う、うん……。俺の肩叩いたの、京一だったし。あの時、俺も丁度、黒板右横──自分のスタート地点に戻ったなー、とか思っ────。…………え? どうして、そうなる、んだろう……?」
何処までも不気味に笑い続けるミサに促されるまま、『あの時』の自分達を思い出して、考えた京一と龍麻から、その時、さぁ……っと血の気が引いた。
「おかしいわよね〜?」
「おか、しいな……、確かに……」
「おかしい、けど……。でも…………」
「京一く〜んが肩を叩いてた相手は〜、本当にミサちゃん達だったの〜? 緋勇く〜んの肩を叩いてたのは〜、本当にミサちゃ〜ん達だった〜? 緋勇く〜んが肩を叩いてたのは醍醐く〜んだった〜? 醍醐く〜んも如月く〜んも〜。自分の肩を叩いた相手と〜、自分が肩を叩いた相手が〜、確かにその人だったって言える〜〜?」
「それは……」
「えっと…………」
「俺は……、俺は何も聞こえんー!」
「確かに、裏密さん達以外の氣を探りはしなかったが……」
そんな少年二人を含めた男子四人に、ミサは追い討ちを掛け。
「……舞子ねぇ。ずーっと不思議だったんだぁ。舞子の『お友達』が出て来てた訳でもないのに、何で皆、『お部屋様』が続けられるのかなぁ、って」
「……ボクも。『五人目』がいないと、あれって出来ないんだよね? なのに皆して、ずーっと黙って続けてるし、京一が、『何にも起こらない!』って言い出さないのは何でかなあ、って。不思議だったんだよねー……」
舞子と小蒔も、意識せず、少年達の追い詰めに加担し。
「皆〜忘れてるみたいだけど〜。あれを始めてみようって話になった時に〜、緋勇く〜んが、『お部屋様』はこんな風な怪談〜、って言ったでしょ〜? そこでもう皆は〜、あれは五人いないと出来ないって判ってたでしょ〜? それが判ってて始めたんだから〜、ミサちゃ〜ん達が『五人目』の真似をするかも〜、なんて〜、緋勇く〜ん達には簡単に想像出来るから〜。そんな詰まんないこと、ミサちゃ〜ん、しない〜」
……ミサは。
とてもとても、心底、機嫌良さそうに、きっぱり、と言い切った。