ありとあらゆるモノを手掛かりに、京一は、逸れてしまった龍麻を探し歩いた。
龍麻の氣の『残り香』までも、懸命に拾って。
けれど、焦る気持ちとは裏腹に、龍麻を求める足先は鈍りがちだった。
一人になりたい、という彼の気持ちを、痛い程に理解出来たから。
叶うなら己も、一人きりで考えたい、と思っていたから。
──何度考え直しても、辿り着く『答え』は同じだった。
一度は見失い掛けたが、それでも。
誕生日の夜を経ても。
京一にとって、龍麻は龍麻でしか有り得なかった。
でもそれが、『何処まで正しく』、『何処まで正しくない』かは、彼にも掴み得なかった。
…………龍麻のことが好きか? と問われれば、好きだ、と彼は返せる。
しかし、愛しているか? と問われれば、彼は答えを返せない。
惚れている、とは思う。自覚している。彼とて。
その感情は、オネーチャン好きを自負してきた彼の、或る意味では『全て』に反するが、相手は『龍麻』であるから、受け入れるのは、容易以前の問題だった。
性別の壁さえ、龍麻という絶対の存在の前では、呆気無く蹴散らされた。
けれども。
龍麻にキスを仕掛けて『答え』を得た時も。
今日この時も。
京一にとって、龍麻は龍麻、なのだ。何処までも、徹底的に。
龍麻に対する自身の想いが、友愛だろうが恋愛だろうが、彼には関係のない、どうでも良いことなのだ。
京一の、龍麻に対する想いの中に、LoveとLikeの境目はないのだ。
……それが、良いことなのか、悪いことなのか、京一には解らない。
龍麻はきっと、己のようには受け止めていないだろうとの想像が付くから尚更。
………………龍麻は、キスを嫌だとは言わなかった。
キスが愛撫になっても、抱かれ掛けても、抗いは見せなかった。
寛大過ぎる科白を吐いて、忘れもしないけれど、なかったことにもしないけれど、この話はもう止めようと、それだけを願った。
だから、己の想いと龍麻の想いは、『近しく』あると、京一も考えている。
しかし、友愛だろうが恋愛だろうが関係ない、とは考えぬだろう彼に、友愛──Likeだけを求められても、京一は何かを持て余すし。
恋愛──Loveだけを求められても、愛してる、とは返せない。……今は未だ。
────惚れているとは思う。好きかと問われれば、好きだと告げられる。
なのに、龍麻へ、愛してる、の言葉を、京一には告げられない。
否、友愛と恋愛の境のない、酷くいい加減とも思える己の想いを、愛してる、の一言に押し付けて良いのかどうか、彼には解らなかった。
『愛してる』以下、とも言えるし、『愛してる』以上、とも言える気がしてならなくて。
…………抱こうとすらした相手だ。
況してやその相手は、絶対の存在である龍麻だ。
どう受け止めようが、彼のその想いは、愛してる、の一言で括れるのかも知れない。
でも。
愛し合ってなどいなくとも抱き合うくらい簡単に出来る、ということを、身を以て知っている彼だから。
友愛と恋愛の境目を感じない、大切なことだけは間違いない龍麻となら、『愛してるでなくとも』抱き合える、と。
龍麻だけを抱きたいと思うから抱き合う、では。
天地程の隔たりがあるのもよく解っていた。
だと言うのに、友愛と恋愛の境が見当たらぬ己の想いが、その何方に寄っているのかは彼自身にも解らなくて、だから、愛してる、の一言で、今の己の想いは括れぬけれど、もしも龍麻が、愛してる、の一言を求めているとしたなら、自分は彼に、どんな言葉を返せるのだろうか……、と。
そんなことを、この数日思い悩んでいた彼は。
一人きりになって、己のことも、龍麻のことも、考えてみたい、と秘かに望んでいた彼は。
上手く、龍麻を探し出せなかった。
龍麻と京一がホテルを出てより、約二時間後。
少々荒っぽい足取りで、ホテルの廊下を歩いて来た劉は、そのままの荒っぽさで、ガンガンと、滞在中の部屋のドアを叩いた。
中にいる──と、劉は信じていた──龍麻か京一に、鍵を開けて貰う為に。
「……おかしいなあ…………。アニキと京はん、どっか出掛けたんかな……」
だが、両隣から苦情が出そうなくらい、強くドアをノックしても、室内からの反応はなく、気配も感じられず、仕方無し、帰って来たばかりなのに、とブチブチ零しながら、素通りして来た一階ロビーへと戻って、フロントに、同室の者が外出したかどうか尋ねようと、カウンター越しに身を乗り出した。
「劉っ!」
と、そこへ、開き掛けた自動ドアの隙間から滑り込むように、京一がロビーへと飛び込んで来て、彼は高く名を呼ばれた。
「あ、京はん。血相変えて、どないしたん? ──勘弁なあ、退屈やったろ? おっちゃん等の話、べらぼうに長くてな、上手いこと抜け出せなか──」
「──そんな話は後だっ。ひーちゃん、戻ってねえか? 途中で逸れちまったんだよっ」
「アニキと? ……戻っとらんで、アニキ。やから、わい、部屋の鍵貰いにフロントまで下りて来たんやもん」
「そうか……。未だ戻って来てないのか、あいつ……」
「ホンマ、京はんは、アニキにだけは過保護やなあ。ちょお出掛けて、逸れただけなんやろ? 子供やないんやし、夕べ、あないな話したばっかりなんやから、アニキかて気ぃ付けるやろ」
「あんな話になった昨日の今日だから、焦ってんだよ、俺はっ! ……あんな逸れ方しちまってから、もう二時間は経つってのに、この辺りの何処にもひーちゃんがいる気配がねえ。後、この近所で見てねえのは、お前が近付くなっつってた三元里くらいなんだ」
切羽詰まった顔をして駆け寄って来た京一へ、劉は、気楽に笑い掛けつつ、戻りが遅くなったのを詫びたが、それ処じゃないと、京一は喚き立て。
「……あんな逸れ方? …………京はん? アニキと、何ぞ遭ったんか? 気になることでもあるん?」
「…………それは……。……悪りぃ、詳しくは言えねえ。言えねえけど……一寸、ひーちゃんと揉めたっつーか……。正確には、揉めたってのとも違うんだが、その……兎に角、俺もひーちゃんも、今、ちょいと普通じゃねえみたいだから……」
「へ? 揉めた? アニキと京はんが? 嘘やろ?」
一転、低くボソボソとした声で彼が告げて来たそれに、劉は声を裏返させる。
「俺達だって、喧嘩くらいすんぞ」
「そやけど、自分等の喧嘩て、ド突き漫才やん。何時もその場で終わるやん。後引き摺ったことないやんけ」
「……うるせーな。色々あんだよ、俺達だってっ! いいから、その話、今は忘れろっ」
「それもそやな。……まあ、京はんがそないに気にするんやったら、アニキ、探してみよか。三元里……迷い込んでなきゃええけど……」
幾度となく出会した京一と龍麻の喧嘩は、何時だって漫才のようなものだったのにと、劉は、何時になく深刻そうな京一の態度に驚き、さっさと踵を返してホテルを出て行った彼を追い掛け、酷くなる一方の人混みに飛び込んで、龍麻を探し始めた。