「後は、何とかでも調査結果を纏めてみれば、何らかの結論は出るんだろうが……九ちゃん? 何時、日本に行くんだ? 当分、そんな暇は無いぞ」

「それは、俺だって承知してるって。夏頃には、農協絡みの仕事に区切り付けられそうだから、いちお、八月頃かな。元々から狙ってた時期で、ロゼッタ騙す準備も、その線で進めてるから」

「狙ってた? 八月頃を?」

「うん。日本、夏休みっしょ? だから、鳴滝さんのお達しで、道場の宣伝の為に、夏休み子供武道教室っての開くことになったらしくって。兄さん達、今年の夏は日本に帰って来いって、ご隠居達に問答無用で命令されたんだんだと」

「俺も、その話は、この間電話で京一さんから聞かされたが。愚痴と一緒に」

「だからさ。八月だったら、兄さん達が確実に日本にいるじゃんか。捕まるじゃんか。ご隠居達は無理でも、兄さん達だったら、上手く誑し込めばちょびっとくらいは協力してくれるんじゃないかなって、期待してる訳ですよ、俺は。九龍の秘宝を探すことは、龍麻さんの中の黄龍の封印を正す為の手掛かりになるかも知れないし、俺達がブツを探すのはその為でもあるって話は、兄さん達だって憶えてる筈だし。それに、大学生やってる、天香の時のバディの皆も捕まるかも知れないっしょ? 夏休みで暇してたら、協力して貰えるかなー、って思ってるんだ。兄さん達やご隠居達のコネルート、使えるかどうか判んないから、俺達だけの独自ルートは確保しときたい」

「連中にかよ……。同級会じゃあるまいし……」

「……おーや。秘宝探し抜きにしても、久し振りに皆に会えるかも知れないってのに、甲ちゃんはご不満? 付き合い始めて、もう二年半近く経つのに、甲ちゃんは相変わらずの嫉妬大魔神さんだこと」

「…………そういうことを言ってるんじゃない、馬鹿九龍。俺は単に、鬱陶しいと思っただけで──

──俺は、鬱陶しくない。以上。……えー、と言う訳で、日本行くのは八月頃の予定!」

────新たなる九龍の秘宝を見付け出す為の、独自調査に勤しんだ翌日。

カイロ市内にある定宿にしているホテルの一室で、寝不足を解消するには程遠い短い睡眠を貪った後、手早くシャワーだけを浴びた彼等は、互い、下着だけの姿で、ヌボーーーーー……っとした顔を晒し合い、そんな会話を交わし。

それより三ヶ月と少しの月日が流れた、二〇〇七年八月上旬────

四月の終わり、カイロの定宿で決めた予定通り、九龍と甲太郎の二人は、日本に帰国した。

帰国した彼等が真っ直ぐに向かった先は、東京都新宿区西新宿にある『拳武館道場 西新宿支部』──即ち、ご隠居達の現在の住まいであり、兄さん達の『家』の一つであり、彼等の『実家』でもある道場で。

歩道のある二車線の通りと繋がる接道の入り口でも聞こえた、竹刀と竹刀がぶつかる音や、道場の床を素足が滑って行く音に耳を貸しながら。

「ただいまーーー!」

八月上旬のその真夏日、カンカン照りの太陽の下、九龍は『実家』の道場の、四枚使いの格子戸の一つを盛大に開け放った。

「きょーいちせんせーーーっ!! しょう君が、竹刀であたしのハカマめくるのっ!」

「ばーーーーーか!! お前みたいな男女に、そんなことするわけないだろーーっ!」

途端、彼と甲太郎の耳を劈いたのは、小学校一、二年生くらいの子供達の、悲鳴や大声や泣き声で、

「あーもー! 何時までも喧嘩してんじゃねえっっ。稽古になんねえだろうがっ! 結衣っ! パンツ見られそうになったらブッ叩けっ。翔っ! 結衣に意地悪すんな、男だろうがっ!」

道場の、何処も彼処も子供だらけな光景に目を瞠った二人の眼前を、竹刀を担いだ袴姿の京一が、喧嘩をしながら駆け回っている、同じく袴姿のお子様二人を追い掛けつつ走って行って。

「たつませんせーーっ。おしっこーーっ!」

「あたしもー!」

「えええっ!? ちょ、一寸待って! 今! 今連れてってあげるから待ってっっ!」

京一が追い掛け回していた子供達よりも、ほんの少しだけ年下らしい子供達に、トイレ! と申告された龍麻は、慌てて二人の子供を引っ掴み、小脇に抱えるようにして、袴の裾翻しつつ駆けて行った。

「………………凄まじい修羅場だな」

「だぁねぇ……」

成程、夏休み子供武道教室とは名ばかりで、実態は、小学校一年生くらいの子供達の放課後そのものだ、と道場を隅々まで眺めた甲太郎と九龍は、思わず、ちびっ子達相手にひーこら言いながら奮闘している京一と龍麻に、心の中で合掌する。

「よう。お前等」

「あ、お帰り、二人共」

と、やっと、喧嘩を続ける子供達を引き離して稽古の輪に押し込み直した京一と、ちびっ子達の手洗いに付き添っていた龍麻とが、少々疲労の濃い顔色で、出迎える風に二人の前に立った。

「ただいまでーす! 夏休み子供武道教室、真っ直中ですなー」

「……ただいま。──それにしても、あんた達もよくやるな。後、何日続くんだ? この有様は」

「言うなよ……。それもこれも、鳴滝のオッサンと、馬鹿シショーと龍斗サンの所為だってのに、馬鹿シショー達、自分達にガキ共の面倒が見られる訳ねえ、とか何とか言って、上で涼んでやがるしよー……。ったく、覚えてやがれ……」

「夏休みの特別教室だし、後三日くらいで終わるけど、ちびっ子達の相手は、正直しんどくってさー……。こういことって、自分達の修行とかとは全然違う体力要るんだって、思い知ったよ」

お疲れの様子で、と荷物も下ろさず三和土に突っ立ったままの宝探し屋達が顔を覗き込めば、即席の武道教室の先生二人は、がっくり肩を落としてみせたけれど。

「きょーいちせんせー! つづきー!」

「たつませんせー! もっと、かっこいーかまえ方、おしえてー!」

「あ、応! 一寸待ってろ!」

「いきなり、構えなんか覚えても駄目だよ」

沢山の子供達に口々に呼ばれ、慌てて踵を返した彼等は、それでも、何処となく楽しそうにしていた。

「今日もしんどかったなーー……」

「一週間限定の教室だけど、予想外……」

──宝探し屋達の帰還に気付いて二階から下りて来た龍斗が、二人を居間に連れて行って暫くのち

今日の子供武道教室は終了したらしく、汗を流し、着替えも終えた京一と龍麻が居間に上がって来た。

「疲れたろう? 今日も、結構な騒ぎだったようだから」

座り込み、ぐでっと卓袱台に上半身を投げ出す風になった甚平姿の彼等に、こちらは浴衣姿の龍斗は冷えた麦茶を差し出して、九龍と甲太郎のグラスにも、存分に浴衣を着崩している京梧と己のグラスにも、麦茶を注ぎ直した。

「そりゃー、もう……。龍斗さんと京梧さんも、少しは手伝ってくれませんか……」

「大体よー。夏休みだけの武道教室開けって、鳴滝のオッサンの話引き受けたのはシショー達だろうがよ」

「幼子相手に武道を教えることは私も出来るが、子供達の話が私には判らない。彼等の声が私の耳には遠いとか遠くないとか言う以前に、言っていることがチンプンカンプンだ。げぇむが、とか、あにめが、と言われても、何のことやらさっぱりだし、年端も行かぬ者達に、黙りこくって稽古をしろと言っても、難しいだろう?」

「んじゃ、せめて馬鹿シショー……って、シショーは、もっと無理か。あんたじゃ、只のお稽古が、マジな修行になっちまう」

「……判ってんじゃねぇか、馬鹿弟子。俺にゃ『お遊び』の相手は務まらねぇよ。宣伝が目的の教室だしな」

一息で麦茶を飲み干してから、子孫達は先祖達へと物申したけれど、途中で、言うだけ野暮だった、と気付かされ、再び肩を落とし、

「京梧さんは、そういう処、融通が利かないだろうしな」

「龍斗さんも龍斗さんで、ちびっ子達に、ゲームのモンスターが、とか言われたら、そのまんま立ち止まって考え込みそうだしねー」

ご隠居達の言い分を、うっかり納得してしまった甲太郎と九龍は、思わず、声を立てて笑った。