世界中のあちらこちらを飛び回っている若人達が帰って来る度、拳武館のそれとしてだけでなく、法神流剣術の看板や、陽の古武道の看板も掲げているその道場二階の居間は、『身内』だけの宴会場と化す。
その日も、それは変わらなかった。
──お子様達の相手は、体力馬鹿でもある京一や龍麻でも盛大に体力を削られることらしく、相変わらず嫌がらせ系の土産を担いで帰って来る九龍達から、「今回の土産です!」と差し出された幾つかの謎な物体を苦笑と共に受け取る一幕もあった、午後の長閑な茶の時間を終えて直ぐに彼等は昼寝を始めて、長旅だった九龍と甲太郎も、旅の疲れに討ち負けたのか同じく昼寝を始めて、四名が爆睡真っ直中にいた夕刻、窓の外から蝉時雨が聞こえる中、京梧と龍斗は、稽古にやって来た拳武館の生徒達の相手を務めて──日没を迎え、酷く暑かったその日も、多少は過ごし易くなった時刻。
毎度の宴会は始まった。
六人揃って顔付き合わせるのは年末年始以来のことだったから、それより過ぎた約八ヶ月、何処で何をしていた、とか、こんな場所を訪れて、そこではこんなことがあって、とか、新宿ではこんなことがあった、とか、宴会が始まって長らく、料理と酒が所狭しと乗せられた卓袱台を囲みつつ、彼等はそんな話に興じていたが。
この面子の中で、最も酒に弱い九龍の目許が、大分トロンとしてきた頃。
「そう言えば……、お前等、今回は何しに日本に帰って来たんだ? 八月になったら、こっち戻って来るって話は前々から聞いてたけど、今度は日本で仕事か?」
いい加減呑み飽きたらしいビールに別れを告げて、冷酒に手を伸ばしながら、京一が、何の気なしに年下組二人へ顔を巡らせた。
「あ? あー、仕事って訳じゃないですよー。ちょーっと、俺達だけの悪巧みがあるって言うかー」
気分良く酔っ払っている所為で、九龍はとても口が軽くなってしまっていたらしく、えへら……、と笑みながら京一の問いに応え、
「悪巧み?」
「悪巧みって言うと、言葉悪いですけどー、って、痛っっ……!」
「言葉の綾だ。酔っ払いの言ってることだから、真に受けないでくれ、京一さん。要するに、ロゼッタとは関係ない、プライベートな宝探しをするってだけの話だ」
余計なことを、今、この場で白状するなと、甲太郎は卓袱台の下で九龍の太腿を抓り、話を誤摩化す。
「プライベートな宝探しって?」
「……ここのローンを少しでも早く完済する為の、一攫千金目当てで」
だが、九龍程ではないにしても、明らかに酔い始めているのに京一の手から冷酒の徳利を強奪した龍麻に問いを重ねられてしまい、甲太郎は、誤摩化しに誤摩化しを重ねる羽目になり、
「へーー。俺達の、耳と心と財布に優しい言葉だなあ、一攫千金。どんなお宝? も、お宝ー! みたいな、金銀財宝とか?」
「そういう訳でもないんだが……、あー……、俺達が狙ってるブツがどんな代物かの確証は得てないから、上手く説明出来ない」
「ふーん……。そうなんだぁ。……まあ、ローンの足しになるなら、どんなお宝でも俺は構わないけどー」
「……と言うことは。お前達は、ここで夏を過ごす為に戻って来たのではないのだな。又、直ぐに何処かに行くのか?」
今度は、お宝は何でもお宝ー、とか何とか言い出した龍麻から徳利を奪い、年少達の猪口に酒を注ぎ始めた龍斗に、彼は、やけに寂しそうな口調で問われた。
「色々準備があるんで、三、四日は東京にいますけど、その後は出掛けますよー。でも、行き先は静岡──龍斗さんにも判るように言うなら、駿河の国ですからー。宝探し終わったら、又、帰って来ますってー」
と、手加減なく甲太郎に腿を抓られ悶絶していたのに、何時の間に復活したのやら、大仰な程寂しそうな面を拵え、寂しそうな声を出した龍斗に絆された九龍が、又、口を滑らせた。
「……ほう。駿河に」
「ええ。準備整えて、友達のとこ転がり込んで、ちょろっと打ち合わせしたら静岡行ってー。……って、甲ちゃん、痛いっ!」
だから、この馬鹿! と甲太郎は再度、九龍の足を力一杯抓ったが。
「あの辺りにあるもんったら、山と海と茶畑と……ああ、湯治場はあるな。……お宝が眠ってそうな所なんざ、あったか?」
「きょーごさん、そんなことゆーと、静岡の人にぶん殴られますよー? それに、静岡には──」
「──九ちゃん、そろそろ寝たらどうだ? お前、か・く・じ・つ・に、呑み過ぎだ」
静岡の何処にお宝なんか、と素朴に問う風に話を続けようとした京梧に、九龍は、もう一度口を滑らせ掛けてしまい、これはもう、最終手段に訴えるしかない、と判断した甲太郎は、馬鹿過ぎる相方を羽交い締めにして立たせ、強引に、自分達の為の部屋へと引き摺って行った。
「…………おい。馬鹿弟子」
「……俺かよ…………」
未だ宴会してたいのにーー! と叫びながら暴れる九龍を、甲太郎が引き立てて行ってより程無く。
京梧は、自身は酒を煽る手を留めず京一へと命じる風に言い、何でこっちにお鉢が廻って来るんだと、ブツブツ零しながらも京一は、出て行った二人の後を追った。
呑み足りないの何のと訴えていたくせに、この家の、自分達の為に存在している部屋に入った途端、九龍はベッドにダイブして、ガァガァと寝始めてしまった。
「この、馬鹿……っっ」
着替えもせずに横になり、だらしない寝姿と、だらしない寝顔を晒す彼を見下ろして、甲太郎は、思わず握り拳を固める。
寝入っていようがどうしようが、ご隠居達の前で口を滑らせ過ぎた九龍に一発食らわせなければ、彼の気は済みそうになかった。
「おーい、甲太郎。九龍、大丈夫か?」
だが、固めた拳を九龍の後頭部目掛けて振り下ろす寸前、部屋と廊下を隔てる板の引き戸が叩かれて、京一が顔を覗かせたので、制裁を後回しにした彼は、アロマパイプを銜えながら振り返った。
「ああ。もう寝ちまったから。……ったく、龍麻さんより酒に弱いってのに、この馬鹿は……」
「まー、そう言うなって。九龍だって、年中嵌め外してる訳じゃねえし、ひーちゃんがヘベレケになった時よりゃマシだろ。……処でよ、甲太郎」
彼と目が合うまで待ってから部屋に入って来た京一は、九龍への文句を吐き出し始めた彼を制し、少しばかり声を潜める。
「何だ?」
「……さっきは、あんなこと言ってたけど。あれ、誤摩化しだろ? プライベートな宝探しとやらに、何か、裏でもあんのか?」
「別に、裏があるとか言う訳じゃないんだが……」
「なら、言い方を変えてやる。──何か、俺達には隠したいことでもあんのか?」
かなり声のトーンを落とした彼は、腹芸を使うことなく、真っ向勝負で問い質し、
「隠したいことと言うか、その…………」
それなりには酒を呑んだ、固より余り嘘が上手くない自分が、この人達の前で散々口を滑らせた九龍のフォローをし切れる筈も無かった、と思い知った甲太郎は、一つだけ大きな溜息を吐いてから、「実は……」と、自分達の企みを打ち明けた。
一応、京梧と龍斗には黙っていて欲しい、と釘を刺すのは忘れなかったけれど。
「……成程な。確かに、あの地下道絡みのことを突くと、馬鹿シショー達はいい顔しねえだろうから、黙っとくのは正解だろうな。……判った。あの二人は、俺が上手く誤摩化しといてやるよ」
「そうして貰えると助かる」
「但。その話には、俺達も噛めねえな。ひーちゃんの中の黄龍の封印のことだけ考えるんなら、手ぇ貸してやりたい処だが、流石に、馬鹿シショーと龍斗サンの手前、な」
「……そうだな。あんたと龍麻さんには、隠居共も容赦無いだろうから。俺としては、隠居共を誤摩化して貰えるだけで有り難い」
「そこは、任せとけって」
──ご隠居達には内緒の『打ち明け話』を聞かされて直ぐ。
にっこり笑顔を拵えながら、京一は、そうやって答えた。
そうして、今日はもう自分も寝る、と言った甲太郎を部屋に残し、居間に戻った彼は、
「馬鹿弟子。どうだった? 何か、碌でもねぇこと企んでやがったか?」
「別に、そういうんじゃなかったぜ。俺達の勘繰り過ぎ。但、かなり危ない所に潜るから、俺達には内緒にしときたかったんだとさ」
先程の九龍と甲太郎の態度のおかしさを訝しみ、探って来い、と暗に言い付けた京梧に、甲太郎の前でも見せた、にっこり笑顔を拵えて、さらっと嘘を吐いた。