その翌日。

「うーーーーーー………………」

「だから、呑み過ぎんなっつったろうが。本当に、ひーちゃんは酒に関しちゃ学習しねえな」

午前遅く、夕べの酒の名残りを引き摺りつつも何とか起きた龍麻は、見事に二日酔いになっていて、目覚めた途端、頭が痛いと呻き出した彼に、京一は、苦笑いしながら薬と水を差し出してやっていた。

「御免……。でも、そんなに酷くないから、ちびっ子の教室始まるまでには復活出来る筈……」

「出来なくても、時間までにゃ復活して貰わねえと、俺が困る。──処でな、ひーちゃん。お前、夕べの宴会、何処まで憶えてる?」

「昨日のは、ちゃんと最初から最後まで憶えてるよ。……多分…………」

「九龍と甲太郎の二人が、一寸変な態度だったのは?」

「大丈夫、憶えてる。京梧さんに言われて、京一が偵察に行ったのも、大したことじゃなかったって言ってたのも憶えてる」

「お。上等、上等。……そのことなんだけどよ。実は…………────

何とか彼んとか起き上がり、二日酔いの薬を飲んだ途端、再びベッドに沈んだ龍麻の額に、ペン、と熱冷ましのシートを貼付けてやりながらベッドに腰掛けた京一は、夕べ甲太郎から聞き出した話を、龍麻にも伝えた。

「へーー……。じゃあ、京梧さんと京一が掛けた疑惑は正解だったんだ。成程ねー。龍斗さんも、何か疑ってたみたいだったし……。俺は気付かなかったけど……」

「ひーちゃんは、あの時には、もう酔っ払いと化してたからな。──つー訳で。甲太郎には、俺達はその話には噛めないっつったけど、ちょいと、ちょっかい出してみねぇ?」

「どーせ、俺は酔っ払いでしたよー、だ。……ちょっかいかあ。うん、俺としては魅力的な話だから、ちょっかい出すのは賛成。黄龍の封印が何とかなるかもって可能性持ってる話は、取り零したくないしね。でも、だったら何で、京一、甲太郎に手は貸せないって言ったんだよ。そりゃ、京梧さんと龍斗さんに知られたら、絶対にいい顔されないのは俺にも想像付くけど、上手くやれば隠し通せるだろうし、九龍達と協力した方が、手っ取り早い気がするんだけど」

夕べは隠した事情を語り、だから、自分達もちょっかいを、と言い出した京一に賛成しつつも、龍麻は、彼が九龍達との共闘を拒んだ理由が判らないと、上目遣いをする。

「まあな。その方が手っ取り早いのは判ってっけど、どうしたって、九龍達は『ロゼッタの紐付き』だろ? あいつ等だって、九龍の秘宝や天御子絡みのことは、何処にもバレねえように立ち回ってるだろうけど、勘付かれないって保証はねえし。今回のことも、もしも──万に一つだろうがロゼッタが鼻利かせてたら、何処かで割り込まれてもおかしくねえし、そうなったら揉めるかも知れない。そんなことになったら厄介だろ? 九龍達が、幾ら、何か遭ったらロゼッタに三行半叩き付けるって言った処で、今は未だ協会員なんだ。立場ってのもあるだろうしよ」

言葉でも眼差しでも為された問いに、京一は淡々と答えた。

その方が、お互いの為、と。

「………………そうだね。九龍達の紐の先握ってるのは、『あの』ロゼッタだしね。信用なんか出来ないし、何やらかすかも判らない。……うん、じゃあ今回は、俺達は俺達で、こっそりやろうか」

敢えて声を抑えたのだろう彼に、龍麻は頷きを返した。

「でも……、どうやって、例の地下道の富士側の入り口、探すつもりなんだ? 京一は。甲太郎がしたって言う話通り、真神の地下やここの下から潜るのは難しいし、俺達だけでそれを探すのは不可能に近いんじゃ? あんまり直視したくない現実だけど、俺も京一も、その手のこと考えたり調べたりするのは、はっきり言って苦手だろう?」

「あー………………。……ま、その辺は、九龍達を尾けるか何かすりゃ、何とかなるんじゃねえ?」

「……うわ、出た、行き当たりばったり作戦」

────そこから先、二人が言い合ったことは、常通りの、誠に彼等らしい、いい加減さ溢れる話だったけれど、自分達の計画性のなさを嘆きつつも、ご隠居達にも弟分達にも内緒で、彼等も又、自分達なりに動くことを決めた。

同日、午前。

夕べの酒に玉砕した龍麻が目覚める少し前。

「お宝探しの準備もありますし、久し振りに会いたい人達もいるんで、友達のとこに転がり込んで来まーす」

……と言い残し、九龍と甲太郎は、西新宿の道場を出た。

「……で? どれくらい反省してるんだ? 九ちゃん?」

「………………とっても、とっても、心より、この上もなく、心底、ガッツリ、反省してます」

「……お前の反省の言葉は、本当に嘘臭い。いい加減にしないと、愛想尽かすぞ」

「えええええっ!? 何でそういうこと言うんだよ! ほんとだって! 本当に反省してるってば! 信じて、甲ちゃんっっ」

未だ午前中だと言うのに、既に照り返しすら灼熱に感じる西新宿の道を、新宿駅のバスロータリー目指して進みながら、彼等は夕べの九龍の失態に付いて言い合い、

「だったら、それなりの態度を取りやがれ、この馬鹿っ!」

ゲシっと、甲太郎は九龍の腰を蹴り上げる。

「ううううう……。ほんとに反省してるんだってばぁ……。ってか、調子こいて呑んだ所為で、そんなに口滑らせた憶えすらないって言うかで、兎に角、御免、甲ちゃんっ。許してっっ」

革靴の爪先で抉るように蹴り上げられた腰は、かなり痛んだけれど、こればかりは反論の余地がなく、乱暴を働かれたことに文句も言わないで、九龍は彼を拝み倒した。

「ったく、お前は……っ」

「御免ってば。今度から気を付けるから! ……そりゃそうと。結局、京一さんには、俺達の企みバラしちゃったんだっけ?」

「……心底反省してるって言う割には、立ち直りが早いな、九ちゃん。毎度のこととは言え……。──ああ。誤摩化し切れなかったから、打ち明けちまった方が早いと思ってな。どの道、京一さんと龍麻さんには、それとなく話を持ち掛ける予定だったんだ。別に構わなかったろう?」

「うん。正解だったと思う。下手に誤摩化してたら、ご隠居達にも、もっと色々勘繰られたかも知れないから。甲ちゃんが白状してくれたお陰で、ご隠居達の方は、京一さんが誤摩化してくれることにもなったしね。それに、突っ込んできたのが京一さんって時点で、甲ちゃんの負けは確定してたようなもんだし」

「……? 九ちゃん、それは、どういう意味だ?」

「ん? 甲ちゃんは、京一さんが秘かな憧れだから、京一さんに突っ込まれると弱い、って話さね」

「…………はあ? 何で俺が、あんなに馬鹿な──

──異議は受け付けませーん。甲ちゃんがどんなに否定しようと、歴とした事実でーす。……甲ちゃんの傍で、甲ちゃんのこと見てれば、簡単に判ることさね。京一さんが、京梧さんのこと、口では『馬鹿で最悪で最低な師匠』って罵っても、どうしたって頭上がらないのと一緒」

「毎度毎度、怒鳴り合いつつ喧嘩してるあの二人のそれが、何処からどう見ても親子喧嘩ってのは俺も認めるが、俺は──

──人間、自分のことが一番判らないって最初に言ったのって、誰だっけ?」

「………………さあな」

一晩が経っても、昨夜の九龍の馬鹿に腹を立てていた甲太郎と、当人なりに殊勝な態度を取っているつもりだった九龍のやり取りは、最終的に、自身では決して認めたくない現実を九龍に指摘された甲太郎が黙り込む、との形で終わり、甲ちゃんをやり込めた! と九龍がにんまり笑った時、彼等は、新宿駅西口バスターミナルに到着した。