「そんな風に言わないで欲しいでしゅ。鉄人の手伝いが出来るなら、他の予定なんてポイでしゅ」
「そうですね。肥後君の言う通りですよ。今となっては、龍さんの手伝いは、したくても早々は出来ませんしね」
「私もそうです。九龍さんのお手伝いが出来ると思ったら、もう、わくわくしちゃって」
本当に申し訳ないー! と言い募り続ける九龍に、拝むようにされた三人は若干呆れた様子で口々に言い、
「九龍? 貴方、今度は、何処でどんな『おいた』をするの?」
「そのー……、だな。師匠。七瀬殿には、余り危ないことは……」
咲重はコロコロと笑い声を立て、真理野は小声で囁いた。
「あー、まあ、咲重ちゃん曰くの『おいた』はするけど、皆にお願いしたいのは、探索じゃなくて、その下準備の協力なんだ。危ないこととかじゃないよ。前に、ロゼッタの図書館で甲ちゃんと一緒に調べたこと、分析したり纏めたりするのの手助けして欲しくてさ。一応、或る程度までは分析も纏めもしてあるけど、俺達だけでやったら不安が残りそうな部分、手伝って貰えたらなー、って」
「……成程。それで、この『人選』と言う訳か。神鳳も引き止めたのは、多少なりとも人知を越えていることに絡んでいるからか?」
「おーー。帝等、正解。その通り。そういう訳で、色々と事情あるんで、皆にも打ち明けられないこととかもあったりするんだけど、その辺は、守秘義務ってことで納得して貰える?」
そんな風に頼むなんて水臭い、と口々に言ってくれた仲間達に、虫のいい話で御免、と再度詫び、詳細な事情を一切告げぬまま、九龍は、例の地下道に挑むと決めてからその日までに甲太郎と二人調べ上げてきたデータを、「これ!」と皆に差し出し、一同の手を借りながら、『格闘』を始めた。
………………それより数時間が過ぎて、夜も更け切り、千貫が淹れてくれた幾度目かのコーヒーのサーバーが空になった頃。
肥後が持ち込んだノートパソコンで分析したデータや、月魅が纏め上げた資料や、全国各地の神社仏閣にやたらと詳しい神鳳の意見を元に、九龍は、一先ずの『結論』を出した。
けれども、彼が『結論』を手にしたのは、もう本当に遅い時刻だったから、何はともあれと、一同を促し睡眠確保に走り、翌朝、予想外に泊まり客が増えたにも拘らず、きっちり、完璧に整えた朝食を千貫に振る舞って貰って、朝帰りさせることになってしまった仲間達を見送ってから。
「処でさぁ、帝等。ちょーーーーーーっと、折り入って話が」
学園が長期休暇に突入している際は、理事長職も多少は暇になるらしく、のんびり応接間で寛いでいた阿門の傍に、甲太郎の腕引っ張りつつ、九龍は近寄った。
「……改まって、どうした?」
「暇があればの話なんだけど……帝等、俺達と一緒に探索行ってくんない?」
「…………俺が、か? 夕べの、あれの?」
「うん。……実はさ、今回、俺達が探ろうとしてることって、ロゼッタからの探索要請で、とかじゃなくって、兄さん達──ほれ、京一さんと龍麻さん。あの二人関係でもある、極秘のことなんだ」
「それは……、又、随分と気を遣う話だな」
「そう。だから、ロゼッタには絶対バレないように手筈整えなきゃならなくって、下調べやデータ分析は力貸して貰ったけど、それ以上のことは、皆にも頼めなかったんだ。でも、帝等は、成り行きでとは言え、兄さん達が他言出来ない『力』持ちなのも知ってるからさ。バディとして参加して貰えないかなー、と」
「今の処は予定にゆとりがあるから、俺の力で良ければ貸せるが……葉佩。俺には、話がよく見えん。その口振りだ、お前達とあの二人は、未だに昵懇なのだろう。なのに何故、当事者の彼等でなく、俺なのだ? それとも、あの二人も関わる探索なのか? 夕べの、調査やデータ分析のことにしても。そういう事情なら、俺達よりも、彼等の、様々な意味でかなり特殊な仲間達を頼った方が、それこそ、『他言出来ない世界』の融通も利いたのではないのか。だと言うのに、どうして?」
朝食を終えても、眠たそー……に目をショボショボさせている甲太郎を強引に引き立てつつ、ススススス……、と寄って来た九龍に、今回の探索にバディとして参加してくれないかと乞われ、阿門は、表情が豊かでない彼にしては珍しく、きょとん、となった。
九龍の言わんとしたことが、彼には余り上手く伝わらなかったらしい。
「えーーと……。……甲ちゃん、バトンタッチ」
「お前な……。ったく……。──阿門。今回の俺達の探索目的は、《九龍の秘宝》に繋がる手掛かりなんだ」
「《九龍の秘宝》を? お前達が?」
「ああ。未だこの世の何処かに、天御子達が遺した九龍の秘宝が眠ってるなら、それを全て探し出して抹殺するってのが、九ちゃんの望みなんでな」
しかし、不思議そうな顔を作った阿門に、誰にも知られぬ方が無難なご隠居達の諸々には触れぬまま、事の仔細を上手く説明する自信が九龍には無かったようで、後は宜しく、と彼は、『上手い』事情説明を甲太郎に丸投げし、やれやれ……、とアロマパイプを銜えつつ、面倒を押し付けられた彼は説明を引き継ぐ。
「…………成程な。だが、それと、緋勇や蓬莱寺に何の関わりが?」
「あの《墓》には、龍脈の力も絡んでたろ? あそこに封じられてた長髄彦も、龍脈を使って、一七〇〇年の刻をやり過ごしてた。ってことは、天御子達は、龍脈の使い方を或る程度は心得てた可能性が生まれる。だから、『特殊な龍脈』を調べれば、天御子と九龍の秘宝の手掛かりが得られるんじゃないかと、俺達は期待してるんだが──」
「──お前達曰くの『特殊な龍脈』を探ることは、あの二人の『他言出来ない事情』に、不必要に触れることにも通ずる、と言うことか」
「…………ああ。ま、簡単に言っちまえば、そんな処だ。俺達がやろうとしていることは、一応、京一さん達には説明してあるが、絶対に知られたくない方面もあるし、二人に助成は求められない。断られたしな。元々、この話は向こうを絡めずに俺達だけで何とかしたい事柄で、だが、九ちゃんと俺だけでは、若干荷が重い仕事になるかも知れない」
「……………………判った。なら、手を貸そう。あくまでも、俺の力で良ければ。そういう事情なら、多くを聞くつもりはないし、今回のことは、お前達に協力したこと自体を忘れる」
「お前は、話が早くて助かる。そういう訳だから、頼むぜ、阿門」
話の全てが真実ではないだろうと容易に見当が付く、あからさまにぼやかされた説明だったけれど、そうと判っていながら、甲太郎が語ったそれに阿門は物分かり良く頷いてみせ、多くを語らずとも薄々を察してくれる友に、甲太郎は微かな苦笑を送った。
「九龍様達とご一緒に、お出掛けになられるのですか? 坊ちゃま」
と、そこに、気配を絶ったまま近付いて来たらしい千貫が、ヌッと、三人分のよく冷えたアイスティを差し出してきた。
「うわ、びっくりした! 千貫さん、脅かさないで下さいよー」
「これは、失礼致しました、九龍様」
「厳十朗。今の話を聞いていたのか?」
「いいえ、坊ちゃま。聞こえてきただけ、でございます」
ソファの一つに、ちんまり、と座り、存外嘘が下手な割に、甲ちゃん、こういう説明は割合とこなせるんだよなー、と他人事のように振る舞っていた九龍は、千貫の心臓に悪い登場の仕方に思わず叫び、阿門は、己が執事ながら、何時の間に、何処から今の話を聞いていたのだろう? との思いを短く口にして、が、自主的に聞き耳を立てたのではないと、敏腕執事殿に空っ惚けられた。
「…………おい。今の話は──」
そして、阿門にすら、聞きたかった訳ではないが聞こえてしまったものは仕方無い、と笑みつつ嘯く千貫に、彼の横顔を盗み見た甲太郎は釘を刺そうとした。
彼が、自分達のしていた話を最初から最後まで聞いていたなら、少なくとも、彼も面識だけはある京一や龍麻に人には言えぬ秘密があることと、彼等の秘密が、『特殊な龍脈』と言う、それこそ特殊なモノに絡んでいることは知られてしまった筈で、それは、京一達にとっても、千貫自身にとっても、良いことではないから、と考えて。
「──お気遣いなく。執事と言う者は、時に壁際の置物同然の存在でございますし、聞こえた筈のものが、聞こえなかったことも多うございますから」
しかし、千貫は、甲太郎の言葉を遮り再び笑んで、
「それに」
「……それに? 何だ?」
「あのお二人が、ロゼッタ協会のような組織と関わり深い世界で名の知られている方達なのは、私も存じ上げておりますから。御心配なく」
さらっと、彼は、爆弾発言とも言える一言を言って退けた。