「ブハッ!! ……げほっっっ…………」

至極あっさり、余りにもライトな感じで告げられた千貫の衝撃の告白に、「千貫さんって、狸だよなー。あ、スリム体型だから狐?」と考えながら、ストローでアイスティを啜っていた九龍は、勢い良く紅茶を噴き出して、分厚いオーク材のテーブルの大半を汚した。

「せ、せ……千貫さんっ!? な、何でそのこと知ってるんですっっ!? つか、どーして千貫さんがっ!?」

思いっ切り気管にアイスティが入ってしまい、咽せる胸をバンバン叩きつつ、何事もなかったようにテーブルを片付け始めた執事殿相手に九龍は吠える。

「私くらいの年齢になりますと、必然的に、それなりの過去が生まれるものでして、昔馴染みが茶飲み話に聞かせてくれる噂も、様々なのでございますよ」

「どんな過去があって、どんな昔馴染みがいると、普通は一生耳に入らない類いの噂が聞けるんですか…………」

「それは、まあ、色々と。更に付け加えさせて頂くなら、私はこの家の執事でございますから、主である坊ちゃまの身に、万に一つのことでも起こるかも知れぬ事柄は、把握しておきませんと」

けれども、非の打ち所のない執事殿は、又もやしれっと嘯いて、さも、それが私の仕事です、と言わんばかりの顔付きになった。

「そ、そうですか…………」

そんな彼の目付きは、何を今更、と物語っている風でもあって、「只者じゃないのは判ってたし、人に言いたくない過去もあるんだろうけど、ほんっとに食わせ者だな、この人も!」と、内心でプリプリ腹立てながら、九龍は、それ以上を問い質すのを止めた。

彼のことだし、そこまで知っているのなら、兄さん達絡みのことには無闇に首を突っ込まぬのが正解であるのも、迂闊に触れでもしたら、彼だけでなく、彼の『大切な坊ちゃま』も巻き込まれるだろうことも、充分承知しているんだろう、と。

「まあ……、千貫さんは、絶対に余計なこと言わないだろうし、帝等の為にならないことも絶対しないから、いいかな……?」

「そうだな……。……正直、深く考えたくない。俺達がバラした訳じゃないしな」

だから、九龍は、平気だよね……? と自分自身に言い聞かせる為に上目遣いで甲太郎に同意を求め、目を瞠って絶句していた甲太郎は、自分達に非はないと、こっそり主張する。

「厳十朗なら、大丈夫……だろう」

そうして、これが知れたら京一と龍麻はどう思うだろうと、彼等が揃って思わず身を震わせたら、一応──あくまでも一応──、大事に至ることはなかろうと、阿門も保証してくれたので、

「…………う、うん。──じゃ、ちょーっと衝撃だった告白から立ち直って、探索の打ち合わせ行ってみましょー!」

考えるのは止めよう、甲ちゃんが言う通り俺達バラしたんじゃないし、でも、何で千貫さん、部屋から出てかないんだ!? と心の中でのみ思いつつ、九龍は漸く話を本題に戻し、卓上に地図を広げた。

「えーーーと。先ず、二人共、これ見て」

「静岡県の地図だな」

「ああ。『仕事先』は、富士だ」

ソファから身を乗り出し、ピロン、と広げられた地図を、三人は、頭を突き合わせるように覗き込む。

「日本には、主要な龍脈が三つあるって言われてて、俺達が探索掛ける場所──『特殊な龍脈』は、その内の一つの、東日本龍脈、ってのの一部。一部ってのは、多分、って曖昧な予測の域を出ないけど、兄さん達側の話を総合すると、『特殊な龍脈』が、東日本龍脈の一部、若しくは、東日本龍脈そのものなのは間違いない筈。んで。東日本龍脈は、ユーラシア大陸と直結してて、シベリアから西北海道と本州の東を通って富士山にぶつかるってのが定説で、そこんとこは詳しく言えないけど、少なくとも『特殊な龍脈』の終点が富士山ってのは確証があるんだ」

大人しく、静岡県東部の地図を覗き込んだ甲太郎と阿門の視線の先で、九龍は、トン、と地図上の富士山を突いた。

「ほんでね。『特殊な龍脈』が流れてる場所に潜る為に、何とかして、富士山付近にある筈の、龍穴か、龍穴に近いモノ──『出入り口』を探し出さないとならないんだけど。夕べ、調査結果を皆に手伝って貰って分析して纏めた結果。目星が付いたんだ」

「うん…………?」

「ん? そこは……」

語り続けながら、地図に乗せた指先を九龍は滑らせて、その動きを追った阿門と甲太郎は、訝しむような声を出す。

「まあまあ。最後まで、話聞いてよ。──相手は霊峰だし、あの辺りには地下帝国がある、なんて逸話もあったりするだけあって、それこそ、龍穴かも? な所とか、不思議スポットとか、噂の地下帝国に繋がってるかも知れない場所は山程あるっしょ? 例えば、山梨の風穴とか、青木ヶ原樹海とか。だから、目的地に潜り込む為の『出入り口』も沢山あるかも知れなくて、でも、その辺から『出入り口』を探るのは、候補があり過ぎて逆に難しいし、俺達が探してる『出入り口』のヒントを持ってる人達の話によると、時間制限ある俺達にも探し出せて、且つ、一番確実性の高い『出入り口』は、静岡側っぽいんだ。だけど、その人達も『出入り口』の実際の場所は知らないから、一寸、知恵絞って推理してみた訳さね」

「ふむ……。成程」

「……それで?」

「ふふふふー。聞いて下さいな、俺の推理! ──先ず、東日本龍脈の行き着く先は富士山ってことと、ヒント持ってる人達の話を総合すると、静岡県富士市吉原──昔の東海道・吉原宿より西のことは考えなくていい筈なんだ。何でなのかは守秘義務絡むんで、突っ込みは無しで宜しくね、帝等。……ほんで。東日本龍脈は、東海道よりも若干内陸側を通って富士山に達する、って説があるんですな。更には、龍脈のある所には、必ず活断層があるって説もあるから、その二つの説を合体させて、吉原宿よりも東側、ってのを混ぜると、御殿場市から山梨の富士吉田市の間、ってことになる。で以て、お隣の神奈川の、伊勢原断層とか秦野断層とかのある辺りと富士山との一直線上にあるのは、小山町と御殿場市の一部」

「…………そうなるな、確かに」

「お前がミックスした諸説が正しければ、の話だがな」

そこで、もう一度、阿門と甲太郎は、九龍の指先が示す場所を見た。

確かに、先程から彼の爪の先がウロウロと彷徨っている場所は、小山町から御殿場市に掛けての一帯ではあったから。

「甲ちゃんは直ぐ、そーゆーことを言う……。最後まで聞けっつってんのに、何で、帝等みたいに大人しく聞けないかなーっ。──兎に角! 小山町には、須走ってとこがあるっしょ? 須走には、昔から富士登山の時に使われてきた、須走登山道の起点にもなってる、東口本宮冨士浅間神社がある。……これ言い出すとキリがないし、甲ちゃんは胡散臭いって呆れるだろうけど、東口本宮冨士浅間神社──通称・須走浅間神社は、そこと、富士山頂上と、冨士講の聖地とされてる富士山西側の人穴とを結んだレイライン上にあって、そのレイラインは、出雲大社に続いてる。……って訳で。最初はここに目ぇ付けたんだけど、充は、須走浅間神社は神様に愛されてるよーな場所ではあるけど、例えるなら《魂の井戸》みたいなモノがあるかって言われると、一寸心当たりが無いし、そもそも神社とかは、一般的には龍穴みたいなモノの真上には建てないって言うんだ。そういうモノは、人が触れるには強過ぎることもあるから、わざとずらして建立するんだ、って。……で。ちょーっとだけ目を逸らしてみたら、あった訳ですよ、もしかして! な場所が。神社の直ぐそこに」

「葉佩……」

「九ちゃん、お前な…………」

それでも、九龍の話は滔々と続いて、二人は再度、九龍の指の示す先を凝視した。

「そんなこと言われてもー。『ここ』が一番、もしかして! な可能性あると思えるんだよねー。陸上自衛隊富士駐屯地、及び、東富士演習場!」

……彼等の視線の先で。

九龍はもう一度、示し続けた地図上のその場所を、ぽん! と威張りながら叩いた。