「何故?」

「ああ、俺もそれを訊きたいぜ、九ちゃん。……な・ん・で、自衛隊の駐屯地や演習場なんかに目を付けるんだ、お前はっ!」

目指す先は、自衛隊の皆さんの所かもー? と、えへらっと笑いながら言い放った九龍に、阿門はひっそりと、甲太郎は盛大に、呆れた。

「何で、って。可能性があるからに決まってるじゃん。可能性のある場所が自衛隊の皆さんの所だった、ってだけのことさね」

だがしかし、俺は悪くないもーん、と九龍は、ツーンとそっぽを向いた。

「………………九ちゃん」

「何? 甲ちゃん」

「この質問に答えろ。……お前、まさか、駐屯地や演習場に『出入り口』が隠されてたら、物凄く格好いい、とか、そういう類いのこと思って、理屈を捏ねる前から目を付けてたんじゃないだろうな?」

「…………………………その質問の、全てに否定は返せません。流石は甲ちゃん。俺のこと判ってるぅ」

「……何が、判ってるぅ、だ! 本末転倒だろうが、この馬鹿っ!!」

彼のその態度から、甲太郎は、ひょっとして、と思い付いた問いを口にし、一層深くそっぽを向いた九龍の頭をド突いてから、ソファの向こう側に倒れ込み掛けた処を蹴り上げる。

「何て厳しい愛の鞭……。──って、そこまですることないだろ! 突っ込みだって、度が過ぎれば暴力なんだぞ、甲ちゃんの乱暴者っ! そりゃさー、確かに、自衛隊の皆さんが守ってる所に、古から続く秘密が隠されてたりしたら、映画みたいでロマン! って思ったのは本当のことだけど、ちゃんと根拠はあるよ? 甲ちゃんは半分くらい、帝等でも三分の一くらいは異議申し立てする根拠かもだけど」

「お前な──

──まあ、待て、皆守。葉佩の話を聞き終えてから制裁を加えても、遅くはなかろう?」

ソファに腰掛けたままの甲太郎に、すらりと伸ばした脚で綺麗に蹴り飛ばされ、コロン……、と絨毯の床に転がり、が、瞬く間に立ち上がって、ぎゃあぎゃあと文句と主張を叫び出した九龍に、専属バディな彼は再度蹴りを放とうとしたが、阿門が、微妙な言い回しでそれを留めた。

「あ、甲ちゃんの突っ込みそのものは、止めてくれない訳ね、帝等も。……ま、いいか。んじゃ、次は、何で自衛隊の皆さんの所に目を付けたのかを、お披露目しましょー」

話によっては、自身も突っ込みを入れてしまうかも知れない、と無意識に語った彼にちょっぴりだけ落胆しつつも、ソファに座り直した九龍は話を元に戻す。

「でも。突っ込まれっ放しじゃ俺も悔しいから、二人にクイズ。──問題。何故、富士山は、車で行けるのは五合目までなのでしょうか」

「ん……? それは、どういう意味だ、葉佩?」

「あー……、富士山周辺の車道が、全て、五合目付近で終点になってる理由、って意味か?」

「うん。甲ちゃんの解釈で正解。……何で?」

「普通に考えれば、だが……。建設技術に限界があった、とか」

「後は、建設費の問題で、とかか? そんなもんだろ」

「ブー。そうじゃないんだよ。そうなったのは、地元の人の要望で、ってのが最大の理由。技術的にも費用的にも、やろうと思えばもっと延ばせたんだって。でも、あの辺りではポピュラーな、伝統的な富士信仰──修験道の世界には、仏教の十界思想ってのが取り込まれてて、山の一合目から十合目までを、六道世界と四聖界に当て嵌めてあるんだと。一合目が地獄界、二合目が餓鬼界、って風に。で、十合目の頂上が仏界。その思想では、五合目が人間界で、六合目が天界。……要するに、五合目から六合目に掛けてが、人間と仏様の世界の境目で、だから、車道もそこでお終いって訳」

「……成程な。そういう理由なのか」

「随分と、信心深い話だな」

話の続きと言いながら、彼が始めたのは一寸した『クイズ』で、クイズの答えは判ったが、だから? と残り二名は首を傾げた。

「まあね。でも、地元の人にとっては大切なことなんだと思うよ。……ほんでね。その、富士信仰に曰く、人間界と仏界の境界線に当たる五合目付近を一周する為の、『お中道』ってルートがあるんだけど。昔は、そのお中道から上は、簡単に言っちゃえば聖域で、踏み入ることが出来る人も限られてたんだ。…………でも。全部がって訳じゃないけど、その辺りにある自衛隊の皆さんの所は、そういう神聖な場所に食い込んでる。──東富士演習場は歴史が古くて、明治の中頃に、旧日本陸軍初の演習が行われた場所なんだ。明治の末期には、陸軍施設も造られてる。戦後、進駐軍に接収されちゃった時期があったけど、昭和二十九年には、陸上自衛隊富士学校が設置されてる。……江戸時代程じゃないにしても、明治の頃は未だ、神様だとか妖怪だとか、そういう世界のことが沢山信じられてた筈で。そりゃ、軍の演習向きの広大な土地があったってことと、当時の政治形態考えれば、問答無用な感じだったのかも知れないけど、地元の人の反発食らうの判ってて、日本最大の霊峰の麓を選んだ理由は何だったのかな、とか勘繰ってみたくならない? だって、明治時代っしょ? 富士山の麓以外にも、もっと東京に近い、演習向きの場所はあったんでない? 村一つ、移転までさせてるし。あ、因みに、俺が言ってるのは江戸時代のお中道のことね。現代のお中道でなくて」

「それは、まあ……、そう言われれば、想像の一つくらい巡らせてやらないこともないが」

「そうだな。少しくらいなら、勘繰ってやれないこともない」

素直に語った方が話は早かっただろう『クイズ』を経て、やっと自衛隊絡みの話の本当の本題を九龍は始め、彼がぺらぺらと喋りまくったことに、言いたいことが判らなくはないけれど、それだけで頷いてやることは出来ないと、甲太郎と阿門は少々眉間に皺寄せつつ言い合った。

無闇に、自衛隊の駐屯地や演習場に忍び込むのは危険過ぎるし、簡単に大事に発展するから。

「まーねー。これだけで、甲ちゃんや帝等が納得してくれるわきゃないやねー。って訳で、次」

しかし、九龍は未だネタを持っていた。

「地図にも載ってるけど、富士山の右斜め下に、愛鷹山あしたかやまってあるっしょ?」

「ああ、あるな」

「……そう言えば、お前、ここのことも色々と調べてたな」

「うん。愛鷹山は、色んな伝説持ちな山だそうで。今の富士山が出来る前は、愛鷹山が富士山で、この国を守ってた、とか。皆神山みたいに、あれは山じゃなくてピラミッドー、とか。遺跡なんかもあったりして、その辺も、先住民族の遺跡ー、とか、宮下文書とかに出て来る富士高天原王朝──超古代文明の痕跡ー、とか言われてて、『磐座いわくら』なんじゃないかなー? って感じの巨石もあるそうな。──磐座は、神様が降臨する場所を人工的に拵えたモノ。……んで。唐突に名前出すけど。荒吐神を祭ってる神社の多くは、磐座をご神体にしてる。その辺の絡みもあるんだと思うけど、荒吐神信仰は、イコール巨石信仰って言われてて。ちょいと話が前後しちゃうんだけど、愛鷹山は、昔は足高山って呼ばれてたそうで、その名前は、荒吐族の長だった、長髄彦の名前に通じる。────さて。ここで、二人に考えて欲しいことがあります」

「又かよ……」

「……何なんだ? 一体」

「あの頃は、俺も深く考えなかったし、そこまで深く考えてる余裕なかったんだけど。……どうして、天御子達は、捕らえた長髄彦相手に、あんな実験したんだと思う? 《封印の巫女》さんの話から想像するに、彼は、勇猛果敢で力もあって、多分、カリスマ性みたいなのも持ってたんだろうから、実験台にするには持って来いだったのかも知れない。でも、こういう言い方は悪いけど、連中の力考えたら、『実験台』なんて幾らだって集められたし選べもした筈っしょ? 実験台にする為とは言え、抵抗勢力の筆頭みたいな相手、生かしとくメリットは何処にあったのかな? ……ま、この辺のことを、今、深く考える必要は無いし時間も無いから、この疑問の解決は棚上げするけど。…………もしも。不老不死の研究の為の実験台にしたこと自体は『おまけ』で。荒吐族の長の長髄彦を手に入れることそのものが、天御子達の一番の目的だったとしたら。目の前に、龍脈の終点の富士山がある場所に存在してる、荒吐神に縁があるっぽい愛鷹山の存在は、意味のあることになる。その、連中的には意味のある場所と、龍脈の流れと、龍脈の終点の富士山と、須走浅間神社に、自衛隊の富士駐屯地と東富士演習場は、囲まれてることになる。富士の聖域に食い込みつつ、ね。………………ど? ちょびっとくらいは、俺の言い分に耳貸してくれる?」

……彼が握っていたネタは、甲太郎も阿門も、決して忘れることないだろう荒吐神と長髄彦の名も登場する事柄で、「どうでしょう?」と尋ねても、直ぐには口を開こうとしなかった二人を前に、九龍は、にやぁ、と顔を笑み崩した。