阿門邸の応接間にて、九龍達が長い打ち合わせをこなした翌日は。

運命が一寸した悪戯をした日だった。

一昨日、昨日に引き続き、やはり真夏日となったその日の午前、北区・王子の如月骨董品店に来客があった。

訪れたのは、九龍と甲太郎の二人。

骨董品店の客として、ではなく、ロゼッタ協会と提携している『JADE SHOP』の顧客として。

『JADE SHOP』は通販専門の店だし、扱っている品が品だから、本来なら店頭での売り買いは有り得ないが、九龍はそこを、お得意様であることと、京一や龍麻達の縁と、如月自身にもバディを務めて貰った縁で以て、ごり押しした。

──『H.A.N.T』を通し、『JADE SHOP』と取引をすると、少なくとも『H.A.N.T』には記録が残る。

如月は根っからの商売人で、信用第一主義だから、『JADE SHOP』に記録が残ろうがどうしようが九龍も甲太郎も頓着しないが、『H.A.N.T』は、万が一と言うことがある。

そもそもが、ロゼッタ協会からハンターとなった協会員に貸与される、個人の物であって個人の物に非ずな代物だし、調子が悪くなったり破損したりすれば、協会の技術部にメンテナンスや修理を依頼しなくてはならない。

故に、協会側にデータを覗かれないとも限らないし、個人情報だからノータッチと言いつつ、ハンターが『H.A.N.T』を使ってやり取りすることの全て、協会のサーバー等に記録されていてもおかしくはないので、ああだこうだと言い訳を並べ立て、如月を口説き落とす道を九龍は選んだ。

今回の仕事は、自分達が秘密裏に活動している証拠を残してはならないものだったから。

ほぼ八月一杯、ロゼッタに束縛されずに動く為に、彼は、数ヶ月を掛けてロゼッタを騙し、今年の八月中は宝探し屋としての活動は出来ません、との体裁を整えてもいたので、その辺りの辻褄も合わせる必要もあった。

──そういう訳で、直接如月の許を訪れた彼等は、店先で銃器等々の発注をして、三十分程与太話をしてから、夕刻までに、注文した品を阿門の家に届けてくれるよう頼み、如月骨董品店を後にした。

それより数時間後の、同日正午過ぎ。

再び、如月骨董品店に来客があった。

午後の客は、京一と龍麻の二人だった。

彼等が今は日本に帰って来ているのも、夏休み子供武道教室の先生をやらされているのも、去年の終わり頃から、帰国する度、京一の師匠達が任されている西新宿の道場を塒にしているのも如月は知っていたから、暫し、その辺りの事情に絡む世間話をしてから、「山に修行に行くから、薬とか、念の為の呪具が欲しくて」と言い出した二人相手に商売をしつつ、世間話の延長のつもりで、彼は、午前中に九龍と甲太郎が買い物に来たことを、ぽろっと洩らした。

尤も、如月自身に『洩らした』との自覚は一切なく、京一と龍麻と九龍と甲太郎、この四名の仲をよく知っているが故に、京一や龍麻は、宝探し屋達のしていることを把握しているだろう──即ち、彼等は既に判っている話なのだろうと思って、何気無く話題に出しただけだった。

二人も、午前中に九龍と甲太郎が……、との話を聞かされても、「やはり来たか」と言わんばかりの、あっさりとした反応を見せたので、買い物と世間話を終えた彼等が、これから、龍麻の義弟の劉弦月の所に行かなくてはならないのだと言い残して店を出て行っても、如月は、何ら思うことも、某かを疑うこともなく。

それより、更に数時間が過ぎた、同日夕刻。

又、北区・王子の彼の店に、来客があった。

三度目の客は、如月や龍麻達の仲間であり友人であり、現在は、ヴァチカン直属の退魔師集団・M+M機関でエージェントをしている壬生紅葉だった。

商売の客としてではなく、友人として、「近くまで来たから寄ってみた」と言いながら水羊羹片手にやって来た彼は、相変わらず仕事に追われてばかりで、とか、少しは暇になってくれると有り難い、とか、少々の愚痴も入り交じった、世間話以外の何物でもない話を如月と長らく続けて、その内に、ふと思い出したように、そう言えば、龍麻と京一が帰って来ていると聞いたが、と言い出した。

だから如月は、その日、二人がやって来たこと、山に修行に行くからと買い物をして行ったこと、当人達は、修行に、と言ってはいたが、九龍と甲太郎も帰国しているから、もしかしたら、宝探し屋達と何やらやらかすつもりもあるのかも知れないことを、『友人同士の気安さ』で語った。

それ等を教えられた壬生も、「へえ、そうなんですか」と、『世間話』を聞き流す風にして。

やがて、話題が徐々に逸れ、彼等の話が本当に取り留めのないそれになった頃、今夜も仕事があるからと言い残し、壬生は帰って行った。

そうして迎えた、同日の宵の口。

「久し振りに、のんびり呑まねえか?」

……と言いながら、冷酒の瓶をぶら下げた、やはり彼等の仲間であり友である者の一人、村雨祇孔が如月骨董品店にやって来た。

「今日は、随分と『来客』の多い日だ」

再びラスベガスに行っていて、初夏が終わる頃に日本に帰って来た、手土産付きでやって来たギャンブラーを、苦笑と共に出迎え帳場に通し、如月は、簡単な酒宴の支度を整えながら、我知らず呟く。

「『客』?」

「ああ、実は……──

それを聞き届けた村雨が、どういうことだと首を傾げたので、午前から夕刻に掛けての出来事を、さっさと呑み始めた主は語った。

「ほう……、そんなことがな。だから捕まらなかったのか、連中」

「ん? どういうことだい? 祇孔」

「先生や京一の旦那が、子供武道教室の指導やらされてるって話は俺も聞いてたから、ちょいとからかってやろうかと思ってな。折角、日本に帰って来てることだし。だから、今日、お前さんの所で呑まねえか、って誘い出そうと思ったんだが、連絡が付かなくて。壬生の奴も駄目でな」

「……ああ、成程ね。多分、龍麻達も紅葉も、修行だの仕事だので忙しくしてるんだろう。…………とは思うが……、何となく、今になって、少し出来過ぎのような気がしてきた」

今日、その店で起こったことを教えられ、村雨は、だからか、と仲間達が捕まらなかった理由を納得する風に頷いたが、如月は、今更言っても後の祭りだが、もしかすると『今日の出来事』には裏があったのかも、と思案し始め、

「…………もしも、お前さんの言う通り、今日の諸々が『出来過ぎ』で、裏があったんだとして。だったら、どうするんだ?」

渋い顔付きになった如月を眺めながら、細かな雫を浮かび上がらせ始めた、キンキンに冷えた酒の杯を傾けつつ、村雨は、愉快そうな声を出す。

「別に、どうとも。もし、今日のことに裏があるとするなら、どう考えても、それは、彼等の仕事に絡むことだろう。だが、僕には、ロゼッタ協会ともM+M機関とも仕事上の付き合いがあるし。葉佩君達はお得意様で、龍麻や京一や紅葉は友人だ。裏で起こっているかも知れないことが、彼等の仕事絡みである限り、僕は、中立を貫かせて貰う。今の処、何がどうなっているのか、僕の与り知る処ではないしね」

けらけらと喉の奥で笑った村雨を一睨みはしたけれども、如月は肩を竦めながら、きっぱりと言い切った。

「……ま、それが正解だろうな。下手に首を突っ込むと、厄介事に巻き込まれ兼ねねぇ」

「そう言いながらも、君は、随分と楽しそうだな。敢えて、厄介事に巻き込まれるつもりかい?」

「冗談だろ。てめぇから触れに行くつもりなんざ、俺にはねぇな。迂闊に手なんざ出してみろ、後が恐い。事と次第によっちゃ、龍麻の先生や京一の旦那に噛み付かれるかも知れねぇし? 御門の奴に、うんざりする嫌味を垂れられ兼ねねぇし?」

「確かに……。……ま、尻拭いのお鉢がこっちに廻って来ないことだけを、僕は祈っておくよ」

────よく冷えた、真夏に向きな酒を、のんびりしたペースで飲み下しつつ。

今回のことは、知らぬ存ぜぬを貫き通すのが一番利口だろうと、しみじみ言い合った彼等は、以降、如月骨董品店に於ける『今日の出来事』は綺麗さっぱり忘れようと決め、真夜中まで酒宴を続けた。