如月骨董品店に『来客』が押し寄せた次の日。

九龍と甲太郎が帰国して四日目。

「有り難うございました」

昨日、夏休み子供武道教室が終わり、閑散とした真夏の昼下がりを取り戻した西新宿の道場で、紫暮兵庫は、向かい合った龍斗に礼をした。

手合わせを乞い、それに応えて相手をしてくれた彼に、深々と頭を下げてから身を起こした紫暮は、至極満足そうに笑みつつも、何処となく感慨深げに、己よりも遥かに小柄で、身長とて三十センチは低い彼を見下ろす。

「何か?」

「いえ、龍麻のはとこで、よく似た『力』を持っておられるとの話は伺っていたので、きっと、と思っていたんですが、想像よりも遥かに、強い方だったな、と」

空手の道着の帯を軽く締め直しながら、じっと見詰めてくる彼の眼差しが不思議だったのか、龍斗が首を傾げる風にしたので、紫暮は、慌てて理由を告げた。

「単に、私の方に若干の年の功があるだけのことだろう」

不躾に見詰め過ぎてしまったかと、詫びるように言った実直な青年に、龍斗は笑んで、

「上で、茶でも」

紫暮の前に手合わせをした龍麻や壬生や、道場の向こう半分で、互い木刀を握り締め、ぎゃんすかと、怒鳴り合い付きの打ち合いをしていた京梧や京一にも声を掛けた。

────もし良ければ、紫暮に龍斗を紹介してくれないか、と壬生が龍麻に連絡を付けてきたのは、その日の午前九時を回ったばかりの頃だった。

少し前、赴任地から目黒の実家に戻って来ていた、やはり、彼等の仲間であり友人であり、現在は陸上自衛官の紫暮に会った際、『龍麻のはとこ』や『京一の師匠』が今は西新宿の道場で云々、と言う話をしたら、だと言うなら是非一度、噂の『はとこ殿』の指導を受けたいと紫暮が言い出したから、と携帯に電話を掛けてきた壬生が言うので、「そういうことなら」と、壬生と紫暮の頼みを引き受けた龍麻は、昨日でちびっこ達の武道教室は終わって、午後イチなら道場も空いているから、お昼が終わる頃、道場まで来てくれれば龍斗を紹介する、と約束して。

至る現在、龍斗との立ち合いを終え、二階の居間での茶に呼ばれた紫暮と壬生──特に紫暮──は、龍麻とは少々歳の離れた兄弟にしか見えない、見るからにボーーーーー……っとしていて、時折、斜め上にも程があることを言い出したり、他人の話を聞いていないとしか思えぬ返答をしたりする、良く言えば浮世離れし過ぎている龍斗に、何故、どうやっても勝てなかったのかを考え続けていた。

体格差だけを鑑みるなら、圧倒的に自分達の方が有利なのに、と。

だから二人は、チラチラと龍斗を盗み見続けることを止められずにいたが。

「こっの、人が大人しくしてりゃ、言いたい放題言いやがって、この耄碌ジジイっ!」

「誰が耄碌ジジイだ、ふざけた口利きやがるのも大概にしとけ、この馬鹿弟子!」

何時しか始まった、いい加減二人も慣れてきた騒々しい師弟喧嘩に、彼等は耽っていた物思いを遮られる。

「京梧。うるさい」

「京一も。いい加減にしろってばっ」

家主達が好かぬらしく、エアコンなどと言う『近代設備』が一切ない、涼は自然の風任せなその部屋の暑さを必要以上に煽る、師弟間の馬鹿馬鹿しい言い合いに、龍斗と龍麻が同時に突っ込んで、龍斗は京梧の、龍麻は京一の頭を、揃ってバカリとぶっ叩き、

「まあまあ……」

「はは……」

実は親子なんです、と言われても、驚く処か納得するしかないくらい似過ぎている師弟と、同じ血が流れているのが手に取るように判る緋勇二人の、都合二組を見比べ、紫暮は双方を宥めに掛かり、壬生は誤摩化し笑いを浮かべた。

「あー、御免、二人共……」

「悪りぃな。つい、何時もの調子で」

久し振りに会った友人達に嗜めと困惑をくれられ、龍麻は、掻かなくていい恥を掻いてしまったと、ばつが悪そうに彼等に詫びて、京一も、さらっとそんな風に告げたので、以降は、口喧嘩も、うるさ過ぎる口喧嘩への鉄拳制裁も鳴りを潜めて、至極穏やかな会話が続き、

「そうそう。そう言えば。葉佩君達も、日本に帰ってるんだってね」

そろそろ、午後の茶のひと時もお開きの雰囲気が漂い始めた頃、何となしに『それ』を思い出した風に、壬生が言った。

「え? あ、うん。四日くらい前に帰って来たよ。それがどうかした? って言うか、壬生、それ、誰に聞いたんだ?」

一瞬のみ、きょとんとしてから、あっさり、「そうだよ」と龍麻は答えて……、が、何で知ってる? と素朴に問うた。

「昨日、仕事で王子の方に行った序でに、如月さんの所に寄ったら、そんな話が出てね。だから一寸、気になって」

「…………何で? 壬生は、九龍達とは、そんなには親しくないよね?」

「忘れた訳じゃないだろう? 僕の仕事と、彼等の仕事を。段々と名前が売れ始めてきたロゼッタの宝探し屋達を、M+M機関の僕が気にするのは、不思議なことじゃないと思うけどね」

「あー、確かにな。でも、あいつ等だって、年中、お前やルイちゃんが目くじら立てるような仕事ばっかりしてる訳じゃないぜ? 今は、天香の時のダチんトコ遊びに行ってるだけだしなー」

龍麻の疑問を晴らしつつ、何故、九龍達のことを気にしたのかもを壬生が語れば、考え過ぎだと京一は破顔して、

「そうかい? だと言うなら、いいけど」

「応。あいつ等なりの夏休み、ってトコだろ。……ああ、そうだ。紫暮は、九龍達のこと、噂でしか知らなかったよな。すんげぇ面白れぇガキ共なんだよ。今度、紹介すっから会ってみねえ?」

この場で唯一、宝探し屋達と直接の面識がない紫暮に、どうよ? と彼は話を振った。

「あ、ああ。俺も、色々と噂は聞いているから、機会があれば」

いきなりの申し出だった所為だろうか、何故か紫暮は、僅かに京一や龍麻から目を逸らし、辿々しく頷いた。