九龍と甲太郎が、『悪巧み』の為に帰国して五日後。

後数分で正午になると言う頃、阿門邸の裏手にある駐車場にて、険しい山道でも分け入れるようにと調達してきた4WDのトランクに積み込んだ道具を、九龍と甲太郎は再度確認していた。

「……ん。大丈夫かな」

「ああ。リスト通り揃ってる。……が、九ちゃん。本当に、スキューバの用具はこんなもんでいいのか? 沼の中に潜ることになるかも知れないってのに」

「へーきだって。心配ご無用。俺の考え通りなら、その辺は、万が一程度の支度で大丈夫の筈」

「お前の考えってのが、当てになればいいがな……」

探索に必要な用具に漏れがないことを確かめ、不備はないと九龍に頷きを返しつつも、簡素にしか揃えなかった潜水関係の装備に不安を残している甲太郎は、本当にこれでいいのかと念押しを始めたが、無問題、と九龍は笑うだけだった。

「その辺は、甲ちゃんだって、大体の察しは付いてると思うけど?」

「こんな商売を二年半もやってりゃ、パターンが読めてくるのが当然だ。が、もしも、ってことがある」

「それ言い出したらキリがないって。今回の探索には時間制限あるから、装備関係も、或る程度は的絞らないとね。そりゃ、どんな事態になっても安心って言えるくらいの装備を揃えるに越したことはないけど、欲は掻けないっしょ? それに、JADEさんは例外だけど、『農協』と繋がってる『仕入れ先』は避けなきゃなんない上に、こっちの仕入れ具合が農協にバレないようにもしなきゃなんないんだから、あれもこれもって言ってたら、道具揃えるだけで滅茶苦茶時間掛かっちゃうって。駄目だったら、再アタック掛ければいいだけだよ。ロゼッタにどやされる仕事じゃないんだしさ」

「…………それもそうだな」

「だしょ? 唯でさえ、準備整えるのに二日も掛かっちゃったからねー。これでも結構、頑張れた方だとは思うんだけど」

「ああ。……急ぐとするか」

えへら笑いを浮かべる九龍の面を、胡散臭そうに甲太郎は見詰めたが、珍しく、九龍が間違ったこともいい加減なことも言わなかったので、彼は異論を引っ込め、

「九龍。そろそろ、行くの?」

そこへ、本日は、丈の短いノースリーブにショートパンツ、と言う出で立ちの咲重がやって来た。

「あ、咲重ちゃん。うん、もう発つよ。千貫さんが、お弁当詰め終わったらね」

「……ピクニックにでも行くみたいなノリねえ……。……ま、貴方達だから、それも毎度のことね。──あ、そうそう。はい、頼まれてた物。効き目は保証するわ」

「おおおお。有り難う、咲重ちゃん! お陰で、潜り込むのが楽になるよ。今度、何かお礼するから!」

「うふっ。どう致しまして。お礼なんていいのよ。その代わり、阿門様のこと、お願いね」

先日着ていたワンピースとは少々違う露出度の高い格好で、現地に到着したら直ぐにでも探索に挑めるような暑苦しい姿の二人の傍らに立った彼女はコロコロ笑いながら、手にしていた大振りの小壜一つと、その半分程のサイズの小壜を、ひょいっと九龍に手渡し、パァッと、嬉しそうに顔を輝かせた彼へ、若干声を潜め、阿門のことを頼んできた。

「大丈夫だって。帝等だって強いし、千貫さんにも同行お願いすることにしたしね。別に、危ないことしに行く訳じゃないしさ。……あ、そうだ。咲重ちゃん。もう、『H.A.N.T』はこっそり隠しちゃったから、もしも何か遭ったら、携帯の方に連絡下さいな」

本心では、余り阿門に危険なことをして欲しくないらしい彼女に、九龍は今度は優しく微笑み、

「話が、大袈裟になり過ぎてるんだ。何で、千貫の爺さんまで付いて来るんだか。大したことをしに行く訳じゃない。心配するだけ損だぜ、双樹」

「………………ほんっと、憎まれ口しか叩かないわね、皆守甲太郎。もう一寸、素直な言い方が出来ないの?」

「俺は、事実を言っただけだ。素直かどうかは知らないが」

「……可愛気の無いこと」

サマージャケットから取り出したアロマのパイプを銜えながら、ボソッと嘴を突っ込んだ甲太郎と、咲重の言い合いが始まりそうになった、丁度その時。

「お待たせ致しました」

「もう、何時でも出発出来る」

九龍達同様、探索用の暑苦しい出で立ちをした千貫と阿門が、邸内から出て来た。

散々悩みはしたが、結局同行して貰う判断を九龍が下した、阿門の斜め後ろに付き従う風にしている千貫の両手には、風呂敷に包まれた、三段程度の重箱と思しき四角い物が乗っていた。

「……おい。幾ら何でも重箱は──

──あ、甲ちゃん。千貫さんに弁当頼んだの、俺」

「…………お前がピクニック気分でどうすんだ、このヘボハンター! 何で、わざわざ重箱サイズの弁当なんか頼んでんだ、お前はっ!」

「痛っ! 蹴ることないだろっっ。弁当は必需品なんだぞ! 腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃんかっっ」

「九ちゃん……。真面目にやってくれ。頼むから真面目にやれ……」

「俺、この上もなく真面目だけど? それとも甲ちゃんは、俺が、現地で『調合』した食糧の方が良かった?」

「……………………どの道、カレーが食えないんなら、食材とは思いたくもないブツを調合された物よりは、三段重の弁当の方が遥かにマシだな」

「……うん、甲ちゃんは、そう言うと思ったよ…………」

横目で眺めた、腹拵えのみを目的としている弁当には到底見えない、巨大な風呂敷包みがそこにある理由を知って、罵りと同時に足蹴りを繰り出してきた甲太郎に、九龍は、痛いの何のと喚きつつも、余り堪えていない風に口答えをしてから。

「さーて! んじゃ、富士山目指して出発しましょー!」

張り切って号令を掛けた。

「目的地まで、二、三時間ってとこか? ……あー、怠りぃ……」

「九龍様、運転は、私がさせて頂きますので」

「……行って来る。留守を頼む」

元気一杯のそれに応える代わりに、甲太郎は文句を垂れ、千貫は運転席のドアを開け、阿門は咲重を振り返って、

「阿門様、お気を付けて。九龍達も気を付けてね。──行ってらっしゃい」

手を振りながら送り出してくれた咲重に見送られつつ、一同は、富士の裾野を目指して新宿を出発した。

それより遡ること数時間前──同日午前、自分達よりも早く、京一と龍麻が、そして、壬生や劉達が、同じく富士の裾野を目指して発ったことも、京梧と龍斗に『悪巧み』を勘付かれていることも、知る由もないまま。