富士の裾野目指して出立する直前、甲太郎が呟いた、「目的地まで二、三時間」との推定は、都内の一般道路や首都高速が渋滞していた場合のことも考慮しての時間だったが、夏期休暇を迎えた社会人も少なくない、八月初旬から中旬へと移ろうとしていたその日の都内の道路は、一般道も高速も、彼等の想像以上に渋滞していて、一行が東名高速・御殿場インターに辿り着いたのは、出立から約五時間後だった。
が、彼等のミッションは、人々が寝静まった深夜にスタートする予定だったので、時間的余裕は充分にあり、一旦、富士駐屯地辺りまで車を走らせ、観光客を装い『現場』付近の下見を終えた彼等は、御殿場市内まで引き返して、下見から得た情報を加味して若干の修正を加えた最後の打ち合わせをしながら、千貫作の三段重弁当にも手を伸ばしつつ時間を潰し、午後九時前後に再び小山町へと入って、富士駐屯地及び東富士演習場に添うように走っている、静岡県道一五〇号足柄停車場富士公園線──通称を、ふじあざみラインと言う県道を辿って。
富士山頂が終点な為、富士登山区間は車両通行不能区間となっているその道を、車で登れる限界──富士山須走口五合目付近まで行き、人目に付かぬ所に4WDを停めた。
「今が、十一時少し前だから、何も起こらなければ、ジャスト深夜零時くらいに、第一ポイントに着くかな」
「計算通りならな。──支度するぞ」
降りた車のシートに、脱ぎ捨てたパーカーだのサマージャケットだのを放り投げ、開けたトランクから、様々な物が詰まったバックパックを九龍と甲太郎は各々取り出す。
「成程な」
「阿門? 成程って、何がだ?」
「再会してからずっと、蒸し暑い東京の真夏に、お前が、常にジャケットを羽織っているのが不思議に思えて仕方無かったのだが。その、二丁の『鉄の塊』を隠す為の上着かと、漸く納得した」
「………………酷く遠回しに貶されたような気がしなくもないが、お前のことだ、他意はないと思っとく」
「他意など、ある訳なかろう。──お前は、戦い方を変えるのは好まないと思っていたが、そうでもないのか」
「……いいや? 俺は今でも、『接近戦』専門だぜ? ま、多少の小細工はするようになったがな」
挑むのは未知の場所だから、何が起こるか判らない為、これだけは、と大袈裟に思えるくらい持ち込んだ武器関係の装備を引き摺り出す九龍に手を貸し始めた甲太郎の体には、それまではサマージャケットで隠されていたショルダーホルスターとヒップホルスターがぶら下がっていて、「ああ、だから……」と阿門は、ルーズな格好を好む筈の彼が、真夏のこの時期に、常にジャケットを羽織っていた理由を納得しつつ、戦い方を変えたのかと、少々首を捻ったが。
そうじゃない、と甲太郎は、夜の闇の中で薄く笑った。
「帝等、ホントに何も要らない? 銃器は扱ったことないだろうから、俺もお勧めしないけど、ナイフくらいは持っといてもいいんでないの?」
「遠慮させて貰う。邪魔なだけだ」
「あ、そう? ──千貫さんは? 千貫さんも要らないんですか? こーゆーこと訊くのはどうかと思うんですけど、千貫さん、銃器の扱いにも慣れてたりしません?」
「丸腰ではありませんから、どうぞ、お気遣いなく」
「………………成程。ほんじゃ、ま、その辺は、これ以上突っ込まない方向で」
何時の頃からか、甲太郎が身に着けるようになったらしい銃器を巡って、阿門と甲太郎が細やかに語らっている間に、九龍は、彼曰くの『魔法ポケット』──アサルトベストや、今回の探索用に揃えた銃器その他を装備し終え、自身の物と同じパックパックを背負っている以外、何一つも所持していない風に見える阿門と千貫に、念の為の問いをしてから。
「────ほんじゃ、行くとしますか!」
目立つから止めろ、と甲太郎に突っ込まれつつも、彼は、常のように元気一杯の号令を掛けて、バディ三名を引き連れ、夜道を行き──出そうとした。
「九龍様」
「ほ? 何ですか、千貫さん?」
「差し出がましいようですが。昼間、御殿場市内で、我々の後を尾けていた様子の車両のことは、放っておかれて宜しいのですか? 九龍様も、気付かれておられたと思うのですが……」
「……………………………………えーーーと。……宜しいです。た、ぶん……」
が、それに千貫が待ったを掛けた。
御殿場市内で時間を潰していた際、視界をちょろちょろと掠めた車のことを、ずっと気にしていた彼は、もう直ぐそこに探索場所が迫っているにも拘らず、何の手も打とうとしない九龍に焦れたらしいのだが。
どうするのだと問われた直後、夜の闇の中でも隠しようがない間抜け面になった九龍は、幾度か瞬きをしてから、そろ……っと、皆から視線を逸らした。
「……気付いてなかったんだな、九ちゃん?」
「…………そのようだな」
「そ、そんなことはないです、と言うか、あー…………」
「まあ、そういうこともありますよ、九龍様」
彼のその態度は、自分達が尾行されていたかも知れない事実に全く気付いていなかったのを如実に物語っていて、甲太郎は呆れながら、阿門はチロリと、それぞれ横目で九龍を見遣り、何とか言い訳を繰り出そうとした彼に、千貫が、慰めと言う名のトドメをくれた。
「う、ううううう…………。……でも、言い訳じゃなくて、放っといても平気だと思う。ってか、放っとくしか手がないんじゃないかなー、と」
「九ちゃん。根拠があるんだろうな」
「あるってばさ、甲ちゃん。今回、その手のことしそうな可能性が一番あるのは、どう考えても兄さん達だから。兄さん達、俺達が探してるモノに興味持って、でも、俺達と一緒にじゃなくって、自分達だけでちょっかい出そう、とか考えたんでないかい? けど、手掛かりがないから俺達の後にくっ付いて来てみたー、とか。……やりそうっしょ?」
「……確かに。二人共、頭の中も筋肉質寄りだしな」
「だから、兄さん達なら放っといても平気。他に可能性あるのは、こっちの動き嗅ぎ付けた『農協』とかだろうけど、尾けてる相手がロゼッタの誰かなら、今日『は』揉めないよ。後日、本部に呼び出されるか、強制連行されるかの、どっちかかと。向こうは、ブツだけじゃなくって、俺達のネタ元も知りたいっしょ。だから、相手が農協関係者なら、少なくとも今は放っといても無問題。後で揉めたとしても、本部行かされる前に農協とは縁切りさせて貰うし。後、考えられるのは、こーゆーことには何故か鼻が利くレリックの連中とかかな。ま、最悪のケースだけどね。でも、テロリスト連中が相手だったら、それこそ、今はどうしようもない。ここで、ドンパチ始める訳にはいかないからねー」
「………………お前に的を射たことを言われると、どうにも違和感があるが、ま、その通りだな。……なら、行くか」
「俺だって、正論くらい言うっての! 甲ちゃん、一言余計! ────と言う訳で。改めて、出発ー!」
……それより暫く、九龍と甲太郎は、いるかも知れない尾行者をどうするかで言い合ったが、九龍の言い分通り放置することに決めて、今度こそ、夜道を行き出した。
決して人目に触れぬように気を遣いながら、六、七百メートル程度、富士山頂方面目指して道を登った彼等は、そのまま、それまでよりも尚濃い闇に溶け込み、スッと、夜目には見付け出すのも難しいだろう細い横道へと紛れた。
────富士駐屯地や東富士演習場には、その立地の所為で、ふじあざみラインに続く横道が幾本か存在している。
勿論、厳重な警備の目はあり、一般人は侵入出来ぬようになっているけれども、稀に、ミリタリーマニアが在日米軍や自衛隊の装備品を掠め盗ろうと侵入する事件を起こせる程度の、『抜け道』は存在している。
そんな、ミリタリーマニアとは言え、一般人の域を出ることはない者達が何とかでも潜り込める『抜け道』は、如何なる場所でも忍び込み、如何なる場所からも抜け出すのが商売のトレジャーハンターにとっては、『抜け道』には成り得ない。
只の道だ。
──その、『只の道』を辿って。
彼等は、陸上自衛隊の懐の一つに飛び込んだ。
時刻は、九龍が計算した通り、午前十二時ジャスト。