九龍達が、目指す場所に辿り着きつつあった、深夜零時より遡ること約六時間前。

絶対に、九龍達よりも早く現地周辺に到着していなければならなかった為、その日の午前七時頃には既に新宿を発っていた京一と龍麻は、乗り込んだ、レンタカー屋で調達して来た車を、富士駐屯地の正門よりも数百メートル程富士山側に寄った、ふじあざみラインの路肩に停めて、ボーーー……っと時をやり過ごしてた。

若干寝不足気味だった彼等は、共にシートを倒し横になりつつ、まるで眠るように瞼を閉じて……、が、感覚だけは研ぎ澄まし続けており、

「…………あー、京一」

「ん? どうした、ひーちゃん?」

「今、九龍の氣が、直ぐそこ通ってった」

この辺りで待ち伏せしていれば、少なくとも九龍の氣は拾えるだろうと考え、根気良くそうしていた彼等の思惑通り、黄昏が終わる頃、助手席に転がっていた龍麻が、目的の氣を感じ取った。

「どれ……。……ああ、あの四駆だな。あいつ等のこった、動き出すのは遅い時間になってからだろうから、下見か何かに来たってトコか」

漸く九龍の氣を捕まえた、と彼に言われた京一は、運転席のシートを起こしながらフロントガラスの向こうに目をやって、走り去って行く4WDを見詰める。

「多分ね。九龍、お約束が好きだから、探索開始は真夜中! とか言い張ってそうだし。……車、どっち行った?」

「頂上の方だな。こんな、誰でも立ち入れる道端から、自衛隊の敷地に潜り込んだりはしねえだろうから、『ポイント』があるのは、この道の奥なんだろうな」

「だね。……じゃあ、京一。夕飯でも食べに行こうよ。二時間くらいなら、ここ離れても大丈夫だと思う。俺には、九龍の氣は辿り易いから、少しくらいならタイムラグあっても平気だし」

「了解。じゃ、飯にすっか」

京一の視界から、九龍達が乗り込んでいるらしい四駆が完全に消えた頃、倒していたシートを起こした龍麻は、暢気に、夕飯にしようと言い出し、彼のリクエストに応えるべく、京一は、Uターンさせた車を走らせ始めた。

──かつて、世界を滅ぼすこと望んだ柳生崇高が、黄龍の力を己が物とすべく『陰の黄龍の器』を創り上げようとしていたあの頃。

陰の黄龍の器に成り得る一人やもと目されてしまった所為で、龍脈と深く関わり過ぎてしまった──それこそ、それまでの記憶おもいでの全てを失う程に──九龍の氣は、『陽の黄龍の器』で、今生の黄龍をその身の中に眠らせている龍麻には、京一の氣程ではないが、とても探し易いようで、彼が目指す大凡の場所と、そこへ向かう大凡の時間が判れば、後は何とでもなるからと、ひと度、彼等はそこを離れて────

────今の内に食事を摂ってしまおうと、一旦その場所を離れた龍麻と京一の車と入れ違う風に、彼等が去った約二十分後、二人が車を寄せていた路肩に、今度は、別の乗用車が停まった。

乗り込んでいたのは壬生や劉達で、宿の場所を探している観光客を装い、ロードマップに見せ掛けてある駐屯地の詳細な地図を広げた彼等は、ウィンドー越しに外を見遣る。

「…………紫暮さんが教えてくれた、一番潜入し易いポイントは、もう少し先かな」

「なら、どっかに車隠して、山登りせなあかんっちゅーことかいな」

「ああ。そういうことだ」

助手席で地図を広げた壬生と、後部座席から身を乗り出してそれを覗き込んだ劉は、窓の向こうの実際の風景と、紙面の図を幾度か見比べ、

「車、どないするん?」

「こんな場所だから、隠す所は幾らでも」

「それもそうやな。……にしても、紫暮はんも難儀やなあ……。こないなことに巻き込まれてしもうてからに」

「……………………弦月。何か言いたそうだな?」

この先は徒歩で、とか、だったら車は、とか、そういったことをどうするか、確認するように壬生と語らっていた劉は、一瞬、今の己の境遇と、不法侵入の片棒を担がされた、この場にはいない紫暮とを重ね合わせたのか、ボソッと彼への同情の言葉を洩らし、それを聞き咎めた隣に座る姉に、未だ何か文句があるのかと、横目をくれられた。

「何でもありません…………」

「……何をどうするにせよ、先ずは、夜を待った方が良さそうですね」

ヒッ……! と喉の奥で詰まった悲鳴を上げ、口許を引き攣らせつつ、逆らいません! と瑞麗へ向けて懸命に首を振る劉を肩越しに振り返った壬生は、未だ高校三年生だったあの年の忘年会で自分が洩らした、京一や劉のように兄弟姉妹きょうだいがいるのは羨ましい、との感想は、間違いだったかも知れないと、こっそり思いながら話を元に戻す。

「じゃあ、どっかで飯でも食わないか?」

「サービスエリアで食事を摂ってから、三時間程度しか経っていない筈だが? 誰の所為で、到着がこんな時間になったと思っている。何処の世界に、これから任務地に向かうと言うのに、二時間も掛けて食事をするエージェントがいるんだ」

こうしていても無駄なだけで、夜を待つしかすることがない、と壬生が言った途端、運転席の鴉室は、だったら飯を、と声を弾ませ、バックミラーに映る彼の顔を、深々と身を沈めた後部座席から瑞麗は睨み付けた。

「仕方無いだろ、俺は燃費が悪いんだよ」

「その歳でか? 中年体型にならないことを祈ってるよ」

「放っとけ! 兎に角、ここでこうしてても仕方無いんだ、行くぞ!」

鏡越しに届く彼女の鋭い眼光から逃れるように、鴉室は首を竦めながら、お小言に反論しつつ車をスタートさせた。

──それから数時間が経ち、時刻が午後十時半になった頃。

ふじあざみラインを、M+M機関の彼等が乗り込んだ車が登って行った。

それより三十分と経たずに、今度は、宝探し屋達が乗り込んだ車が同じルートを辿って行って、十一時を数分過ぎた頃、先の二台と同じく、京一と龍麻が乗った車が走って行った。

…………ほんの少しでも、それぞれのグループが取った行動が違えば、何処かの時点で全員が鉢合わせてしまっても何一つ不思議はない状況だったが、その時の天の采配は、三台の車が、ふじあざみラインを通り抜けるタイミングを微妙にずらし。

そのまま、一同を、闇の中へと向かわせた。