陸上自衛隊富士駐屯地や東富士演習場と、並走するふじあざみラインとの間に幾つかある『抜け道』の一つを使って、自衛隊の敷地内に潜り込んだM+M機関のエージェント三名及び巻き込まれた一名は、警備の目を掻い潜りながら、演習場を構成する原野を抜けた。
漸くルーキーと呼ばれなくなった宝探し屋とそのバディと比べれば、遥かに百戦錬磨の、紫暮と言う情報提供者も付いている彼等なので、九龍が踏んだようなドジの轍を踏むことなど有り得ず、宝探し屋達が在日米軍の警備兵達に発見され掛けていた頃には既に、『噂の場所』へと辿り着いていた。
しかし。
宝探し屋達よりも先の到着を果たしたは良かったが、自身達の本職は、異形や妖魔その他の『始末』及び封印であって、不可思議な場所に関する謎解きは専門外である、と言うことと、九龍達が探索を掛けようとしている場所が何処なのか、探しているモノが何なのか、具体的には何一つも知らぬままだった、と言う二つの理由の所為で、彼等は調査に手間取った。
……否、手間取った、と言うよりも、何処から、何に、どう手を付けたらいいのか判断し兼ねた。
M+M機関本部のシギントシステムが弾き出したデータを分析した結果と、紫暮が教えてくれた、富士駐屯地内の逸話や噂その他を総合して鑑みるに、九龍達が目指しているだろう場所が、『噂の場所』である確率はかなり高く。
壬生、劉、瑞麗の三人は氣を読むことが出来る為、阿門や千貫が感じたそれとは違う意味で、その場所の放つ違和感は汲み取れたので、場所は正解だろうとの確信は持てたが、違和感以上のことを手繰り寄せることは出来ず。
「……ビンゴ。思った通り、宝探し屋ご一行のご到着だ。ここは、九龍達のお手並みを拝見するのがいいんじゃないか?」
手を拱いている内に、見張り役の鴉室が、九龍達がやって来た気配を察知したので、彼等は一旦その場を離脱した。
鴉室の茶化すような言い方が瑞麗は気に入らない様子だったが、彼の言い分通り、宝探し屋達が『噂の場所』で何をするのか、遠目から『見学』させて貰おうと、四人は、九龍達の声は聞こえないが姿は窺える程度に離れた茂みの中に紛れる。
そうしていたら、九龍達が辺りを探りながら何やら話し込んでいる風なのが判って、彼等も又、己達のように、あの場所に手を拱いているのだろうかと思いつつ、長らくの間、息も気配も殺し、宝探し屋達の動向を見守り続けて──やがて。
某かを見付けたのか、突然、九龍がはしゃぐようになったのが、壬生達の目に映った。
オーバーなアクションを取りながら甲太郎達と語らった彼が、勇んでハルニレの木に登って行くのも。
ロープらしき物を握り締めたまま、宙へとダイブした彼の姿が、ふいっ……と掻き消えたのも。
「……何や? いきなり、九龍が消えてもうたけど……」
「よくは判らないけど、次元とか、空間とか、そういう類いのモノが歪んでる場所があるんじゃないかな。例えるなら、真神の旧校舎の入り口みたいなのがね」
「…………そうだな。恐らく、そういうことなんだろう。龍が消えたあの辺りは、何らかの『入り口』になっていて、彼等は、その先に用がある、と言うことか」
「なら、俺達も後を追い掛けようぜー。それ以外に、任務を達成する方法はないだろう?」
────そうして、九龍に続き、ハルニレの木に登った甲太郎達が、枝に結ばれた、『宙の向こう側にぶら下がっている』ようにしか見えない混鋼ロープを伝い、次々掻き消えて行くのも見届けた彼等は、潜んでいた茂みの中より出、宝探し屋達の後を追うべく、ハルニレに近付いて行った。
『入り口』の向こうに、宝探し屋達と退魔師達が消えて、時間にして十五分前後が過ぎた頃。
氣を道案内に、京一と龍麻が『噂の場所』へとやって来た。
宝探し屋達のような知恵も頭脳も、退魔師達のような周到さも冷静さも、残念ながら二人は持ち合わせていないが、度胸と、『特殊技能』と、腕っ節と、踏んだ修羅場の多さは人並み外れているから、忍び込む先が、在日米軍施設を内包する自衛隊駐屯地や演習場であることも、二人にとっては大した障害にはならなかった。
京一よりは遥かに常識人な龍麻の心臓には、良くない行いではあったけれども。
持って生まれた運の強さ──正しくは悪運かも知れない──も、そこそこはあるので、警備兵達との遭遇もなく。
九龍達がぶちまけた咲重特製の『あれ』も、二人がそこを通り過ぎた時には、全て風下へと流れてしまった後だった為、原野の直中で、米兵達に混ざって寝こける、との失態も犯さずに済み、
「………………ありゃ、何だ?」
「さあ……。見たまんまを言えば、あの大木と結ばれてるロープが、空の真ん中で消えてる……ってことになるのかなぁ……」
細やかなハプニングにも出会すことないまま、三組の中で最も遅く『噂の場所』に辿り着いた京一と龍麻は、道中をずっと共にしてきた懐中電灯が浮かび上がらせた有り得ない風景に、揃って首を傾げた。
「ここ……だよな、連中の目的地」
「うん。九龍の氣も甲太郎の氣も残ってるから、ここで正解の筈」
「だよな。……ってことは。何だかは判らねえけど、あれも、九龍達の仕業ってことか?」
「多分ね。あのロープが飲み込まれてるみたいになってる所の先が、龍脈の入り口なんじゃないかな。で、あれを伝って下りた、とか」
────が。
きょとんとなったのは一瞬のこと、事態や事象を検討し、慎重に行動する、と言うことが出来ない二人は直ぐさま、「ま、試してみれば判ることだしー」と、先程の九龍よりも身軽にハルニレに登って。
「ほんじゃ、いっちょ行ってみっか」
「……京一。飛び込む気満々みたいだけど、折角ロープあるんだから使えば?」
「面倒臭ぇじゃん」
「落ちて、頭とか打っちゃったらどうするんだよ。向こう側がどうなってるかも判らないのに」
「そんなドジ踏まねえっての」
「…………京一」
「……判った、判った。ちゃんと、ひーちゃんの言う通りにするから睨むなよ。別嬪さんが台無しだぜー、ひーちゃん?」
「………………ふーん。京一は、ここから蹴り落とされたいんだ」
「だから、怒るなって……」
緊張感の欠片も無い会話を交わしてから、京一は龍麻に睨まれたまま、龍麻は京一を睨んだまま、『入り口』を越え、龍脈の流れの中へと潜った。