ハルニレの木に結び付けた混鋼ロープを伝って向かった先には、見覚えのある光景が広がっていて、くるん、と体毎動かし辺りの様子を確かめた九龍は、うん、と満足そうに頷いた。
見覚えのある光景──その日より遡ること二年半前、龍斗を目覚めさせるべく、真神の旧校舎の『底』より辿った路とそっくりのそれがあるのだから、此処は、東京から富士まで繋がる『あの路』の筈、と確信して。
演習場側の『入り口』が、地上より三十メートル近く上空にあった為、龍脈側の『口』も、あちら側と等しく中空にあったら……、と甲太郎は懸念していたが、『口』を潜った途端、地面を踏むことが出来、ロープも、消えることなく直ぐそこの岩壁に開いている穴から地面へと這っていたので、甲太郎も、阿門も千貫も、何処となくホッとしたような顔付きで、何処にも光源が見当たらぬのに視界には困らぬ程度に仄暗い、岩だらけの殺風景な風景を、九龍のように見渡した。
「ちゃんと、路には着いたらしいな」
「うん。見覚えある景色。ばっちり」
「それはいいとして……九ちゃん。この先はどうするつもりだ? どうやって目当てを探す? ここから先に関しては、ノーヒントだぞ」
「ん? この先はノープラン。唯ひたすら、富士山の中心方面目指して、突き進んでみるだけだよ」
「…………は? ノープラン?」
「うん。進む方向が決まってる以外はノープラン。別名、行き当たりばったり大作戦」
不気味な場所ではあるが、差し迫る危険はないのを確認し終え、九龍を振り返った甲太郎が、どう動く腹積もりでいるのかを問えば、問われた、チームリーダーである筈の宝探し屋は、けろりとした顔で、突き進んでみる以外に何も考えていない、と宣言した。
「お・ま・え…………」
「皆守。葉佩を蹴り飛ばしても、体力の無駄遣いになるだけだ」
だから、いい加減な宝探し屋のバディを務めている割には存外真面目な彼は、思わず蹴り足を振り上げ掛けたが、止めておけ、と阿門はそれを留め、
「……帝等が、甲ちゃん並みの突っ込みするようになってきちゃって、俺は悲しい……。……って、冗談は兎も角。仕方無いっしょ、それ以外、少なくとも俺達に出来ることないんだし?」
甲ちゃんを宥めてくれたのは有り難いけど、何か複雑……、と上目遣いで阿門を見詰めながら、九龍は、開き直りとも取れることを言い始める。
「だからってな、九ちゃん……」
「だってさ、甲ちゃん。何をどう考えてみても、この場所に関して俺達が断言出来ることは、たった一つしかないんだよ。それが何かって言えば、此処は、常識的な科学の通用しない、不可思議な場所だってこと」
「まあ……、そうだな。一言に纏めるなら、その言い方が一番適切だろうな」
「だしょ? 或る程度までなら、この場所でも俺達の知ってる科学は通用する。『俺達の世界』とは進み方が違うけど、時間もちゃんと流れてるし重力もある。質量保存の法則とか、エネルギー保存の法則みたいな、物理学の最も基本的な法則は此処でも有効。だけど、そういうベーシックなこと以外が何処まで有効かは、実際に此処で起こった出来事を科学に当て嵌めてみるしかなくって。所謂オカルト的な世界の理屈の方が、此処では、科学よりも遥かに通用する」
「一々、同感だ。……で?」
「天御子達は、俺達には理解も出来ない卓越した科学を持ってた。行き過ぎちゃった科学は『魔法』に等しいけど、連中のそれは、本当の魔法だった訳じゃない。そこそこには龍脈の使い方も知ってただろうし、研究もしてただろうけど、龍脈が操れた訳でもない。……だとすると。俺達が期待してる通り、本当に、天御子達が此処に痕跡を残すような何やらをしてたら、の話だけど。連中が此処でしたこと──若しくはしようとしたことが、実験だろうが何かの儀式だろうが、それを行った場所は、龍脈が数値的に最も強い反応示す筈の、この路の『終点』だと思う。科学が『武器』だった連中の頼りは、データだっただろうから。──と、言う訳でー。目指す先は決まってるけど、今言った通り、此処は色んな意味で『常識』が通用しない場所だし、手掛かりもないから、それ以外のことは、行き当たりばったりで何とかするしかないって訳さね。……了解?」
「…………了解。他に方法がないってのが、どうしたって気に入らないがな」
以降、長々と九龍の説明は続いたが、どれだけ解説を重ねられても、甲太郎の耳には、九龍の弁は開き直りとしか聞こえなかった。
だが、宝探し屋の主張通り、他に術はないだろうことは悟れたので、彼は、肩を竦めながら探索方針には賛同しつつ、九龍の計画性の無さへの説教を、アロマパイプを銜えることで飲み込んだ。
「ほんじゃ、甲ちゃんの了解が得られた処で。Let's Go West! 目指すぞ、西を!」
何となし、態度に不服さが滲み出ている甲太郎が、自分への説教を無理矢理消化したらしいのを薄々感じ取りはしたが、気付かなかったことにして、九龍はおちゃらけた号令を掛けながら、アサルトベストでなく、背負っていたバックパックの中からスプレー缶を取り出す。
刻も空間も歪んでいる、この世の理から切り離されて久しい、様々な意味で『常識』の通用しない地下道で迷わぬ為には、原始的な方法が一番だろう、との判断に基づいて、毒々しい緑色した蛍光塗料を、一定間隔で岩壁に吹き付けながら、一同を引き連れた彼は歩き始めた。
何が遭っても今回の『仕事』をロゼッタに知られる訳にはいかない、との事情を抱えている為、九龍は、自分達の現在地が筒抜けになってしまう『H.A.N.T』を阿門邸に隠してきてしまったので、ロゼッタ協会所属のハンターが行う探索には不可欠とも言える、高性能端末機器を活用出来ない今の彼等には、生還の為の『確実な保険』が必要だった。
「判らなくならないように、一人一人色は変えてあるけど、全員の荷物の中に同じスプレー缶入ってるから、万が一逸れちゃったら、目印兼手掛かり代わりに使って? 色は、甲ちゃんが紫で、帝等が赤で、千貫さんが青だから。ホントは、帝等ったら黒色、って思ったんだけど、黒じゃ判り辛いから、咲重ちゃんに肖って、赤にしてみ──」
「──馬鹿九龍。余計なことを言うなって、何度も言ってるだろうが」
────が、あっと言う間に、進めども欠片も代わり映えのない景色に飽きたのだろう。
『確実な保険』にも、一寸した悪戯心が忍ばせてあります、と先頭を歩いていた九龍は振り返りつつ喋り始めて、いい加減にしろ、と甲太郎にド突かれ、
「…………葉佩。頼むから、黙って進め」
探索の本番を始めたばかりなのに、疲れ果ててしまったような声で阿門には懇願され、
「へーい…………」
詰まんないなー、とブチブチ言いながら、又、ブシッと音立てつつスプレー缶を押して、九龍は前を向き直った。