九龍達の後を追い、宙に浮かぶ『口』の向こう側に下り立った瑞麗は、

「富士山麓の東側一帯から火口に掛けてが、東日本龍脈の終点で、機関指定の『最重要霊的警戒地域』だと言うのは、頭では判っていたが……。此処は、本当に、噎せ返るくらいに龍氣が濃いな」

これはこれは……、と目を瞠って辺りを見回した。

「確かにな。俺でも、重さが判るくらい空気が濃いぜ。……東日本龍脈、か。何処まで、『特別』な龍脈なのかね」

「さあな。特別処か、特別中の特別かも知れない。……それよりも。鴉室、それ以上私に近付くな」

流石にその日は、天香学園でカウンセラーを務めていた時のような純白のチャイナドレス姿ではなかったが、足首までを覆う、タイツにも見える細い黒のパンツに、太腿の中程までの丈の白いチャイナ服、と言う出で立ちの瑞麗は存分に両腕を晒していて、少しでも手を滑らせれば、彼女の白い肌に触れられる肩口に懐くような素振りを見せた鴉室は、無情にも、彼女に裏拳を食らった。

「此処の気配は、真神の地下によく似ているような気がするんだけど」

「あそこには、龍命の塔の片方が眠っとるんやから、気配が似てるのも当たり前なんやないかな。龍命の塔は、龍脈の力を吸い上げる為のもんやし」

段々、漫才を繰り広げているように感じられて仕方無くなってきた、瑞麗と鴉室の毎度のやり取りを横目で眺め、「どっちも懲りないな……」との感想を飲み込みながら、年上二人を然りげ無く無視した壬生と劉は、辺りを一瞥しつつ感想を告げ合い、

「…………随分と目にクる緑色やな」

「迷わない為の目印なんだろうから、これくらいでいいんじゃないの。僕達にとっても、いい『足跡』だ」

放っておいても付いて来るだろうと、瑞麗と鴉室を無視したまま、二人は、探さずとも目に付いた、九龍達の『保険』を辿り始めた。

岩壁に、ほぼ等間隔で残されている緑の蛍光塗料を手掛かりに、九龍達の後を追い掛け始めてより数十分後。

先を急ぐ風に足を運んでいた瑞麗と壬生が、ピタリと立ち止まった。

次いで、ああ……、と嘆きつつ天を仰ぎながらの劉も、彼等に釣られた鴉室も。

「……これは、緋勇の氣だな」

「ですね。龍麻の……と言うよりは、黄龍の、と言った方が正解かも知れませんけど」

「そうだな。……だが、だとすると、少しおかしい。弦月から聞いている話でも、稀に私に直接連絡を付けてくる彼等自身の話でも、私が渡した符を携えるようになって以来、余程のことがない限り、緋勇の中の『あれ』は安定を保っているとのことだったのに。何故、『緋勇龍麻としての氣』よりも、黄龍としての氣の方が強く感じるのか……。何よりも、何故、ここまではっきり感じ取れる程、彼の氣が強いのか……」

「それは……此処が、龍脈の中だからとちゃうん? アニキの言葉借りれば、此処は、黄龍の『本宅』の一つや。やから、『別宅』のアニキも、アニキん中の『あれ』も、普段より元気になっとるだけのことやないかな。アニキが来とるっちゅうことは、京はんも来とるっちゅうことやから、心配ない思うよ。……そんなことよりも、アニキ等も来てもうたんか……。ああー、どないしよー!」

彼等が立ち止まった丁度その時、九龍達を追って来た京一と龍麻が、地下道に足を踏み入れたのだろう。

漂って来た、龍麻の氣と黄龍の氣が綯い交ぜになったそれを感じ取って、彼等まで……、と瑞麗と壬生は少々頂けない表情を拵え、「やから、嫌やったのにー!」と、劉は喚き出す。

「まあまあ、そんなに気にすることないだろ? 弟君。彼等に出会す前に、仕事を片付けちまえばいいだけの話じゃないか」

「それは、希望的観測っちゅう奴やと思うで、鴉室はん……」

「その通りだな。顔を合わせずに済ませる訳にはいかないだろう。緋勇達も、何らかの目的があって此処に来た筈だ。彼等の目的が、龍達のそれと等しいかどうかは判らないが、少なくとも、我々の目的と合致するとは思えない」

頭を抱えんばかりになった劉に、鴉室は気楽に告げて、元気出せ! と、バシリ、背中を叩いたが、そんなに上手くいく筈も無いと、劉姉弟に揃って睨まれる羽目になり、

「僕も、同感かな。相手は龍麻と京一だから、深刻な事態にはならないとは思うけれど。あの入り口からここまで、それなりには離れてるのに、こうもはっきり龍麻の氣が感じ取れるのが、気にならないと言ったら嘘だしね」

壬生は、若干面を引き締めて、来た道を振り返った。

「……? 壬生はん? どないするん?」

「確かめて来る」

「確かめる? 何をや?」

「あの二人が、どういうつもりで此処に来たのかを。瑞麗さんの言う通り、顔を合わせずに済ませられる相手じゃない。誤摩化しようがないなら、直接ぶつかった方がマシに思えるからね。今言った通り、深刻な事態にはならないと思ってはいるけど、あの二人だからこそ、逆に、深刻な事態に成り得るかも知れない。二人共、こう、と決めたことは、絶対に諦めないタイプだ。彼等の目的が何かにも因るけれど、僕達が何を言っても聞く耳は持たない処か、こちらを、友人や知人や仲間でなく、M+M機関の退魔師、としか看做さない可能性だってある」

振り返っただけでなく、道を引き返し始めた壬生に、劉は引き止めの言葉を掛けたが、『接触』を持たざるを得ないなら早い方がいい、と答えて、彼は、闇の向こう側に姿を溶かした。

「大丈夫なんかなあ、壬生はん……」

「大丈夫か否か、お前も判っているだろう、弦月」

「そら、まあ。壬生はんかて、腕前の方は確か以上に確かやさかい、どうともならんやろうけど。アニキも京はんも、キレると何仕出かすか判らん、過激な人達やから……」

「確かに、彼等にはそういう処があるが、壬生相手に見境を失う程の愚か者じゃないさ。──それよりも。弦月、鴉室。お前達は龍達を追い掛けてくれ」

「え? 追い掛けて、て……、瑞麗姉は?」

「私は、他に調べたいことが出来た。だから、先に行け」

その後、何故か。

引き返して行く壬生を見送りながら、龍麻にしても京一にしても、怒らせると手に負えなくなる相手だから……、と案じる風になった弟に、心配することはない、と軽く告げた瑞麗も、来た道とも行く道とも違う、横道へと向き直る。

「…………まあ、ええか。瑞麗姉がそう言うんやし。──ほんじゃ、鴉室はん、わい等は先に行こか」

「そうだな。瑞麗、無理すんなよー」

いきなり出来た、調べたいこととは何だろう、と姉の弁に首を捻りはしたものの、彼女も又、言い出したら人の話に耳を貸さないタイプであるのと、放っておいても自分のことは自分で何とする人であるのを、実弟故に劉はよく知っていたので、鴉室を促し先を急いだ。

「さて…………。この氣の正体は何だ?」

足早に九龍達を追い掛けて行った二人を、軽く片手を上げつつ横目で見送り、瑞麗は、細い横道の正面に立って、闇に紛れて見えぬ向こうを睨み付けた。