新宿の地下と富士の裾野の地下を結ぶ路に下り立って、この感じは久し振りだ、とか何とか暢気に言い合った京一と龍麻も、壬生達がそうだったように、簡単に、九龍達の残した『足跡』を発見した。

「……何処に行きゃ、こんな色のペンキが売ってんだかな」

「普通には手に入らなさそうな色だよなあ、この、ケバケバしい緑色。何か、特殊な塗料とかだったりするのかな?」

「さあな。これのお陰で、氣を探らなくても九龍達を追い掛けられそうだから、そんなこと、どうだっていいじゃんよ」

「まあね。でも、念の為、触ったりはしないようにしよう」

目立つ、と言うことに掛けては誠に素晴らしいが、間違っても良いとは言えない色したペンキの印を眺めつつ、少しばかり急ぐ風に二人は歩き出し、

「………………あれ?」

が、数歩と行かぬ内に、龍麻が足を止めた。

「ひーちゃん?」

「何か、変」

「変?」

「うん。何て言うか……、その……黄龍が元気、みたいな……?」

「はあああ? ってか、みたいな? とか言ってる場合じゃねえだろ!」

何か見付けた物でもあるのかと、不意に立ち止まってしまった彼を暢気に振り返った京一は、ばつが悪そうに目線を逸らしながら、実はー……、と言い出した龍麻の言葉に眦を吊り上げる。

「っとに、お前は!」

ギッと細めた目を凝らせば、龍麻の髪の先から、本当に細かい金色の粒子が僅かばかり漂い始めているのに気付けて、彼は、腰に差した二振りの内、神刀・阿修羅を抜き去り構えようとしたけれども。

「あ、平気」

そんなことはしなくてもいいと、龍麻は手を伸ばして彼を制した。

「そんな訳ねえだろうが」

「ホント。ホントに大丈夫だってば。濃い龍脈の中に入ったから、一寸、『あれ』が元気になっちゃってるだけだと思う。別に何処も痛くないし、気持ち悪くもないし、意識もはっきりしてるし、『あれ』もちゃんと寝てるしね」

「でも、例の金色の粒、出てるぜ?」

「けど、本当に平気なんだよ。此処が、黄龍の『本宅』の一つだから、そうなっちゃってるだけじゃないかな」

「『本宅』ねえ……。まあ、此処が『あれ』の『本宅』で、ひーちゃんは『別宅』で、だから……ってのは有り得るんだろうけどよ」

龍麻の中の黄龍の封印が崩れ掛けてから、その日までの例で考えれば、悪い兆候を示しているとしか言えない今なのに、場所が場所だからこうなってしまっているだけで、何も問題は無い、と言い張る彼を、胡散臭そうな目付きで京一は見遣り、

「あれ? でもよ、ひーちゃん。前に、龍斗サン叩き起こすんで此処に潜った時は、こんなことにならなかったじゃねえか」

ふと、過去のことを思い出して、再び、何処となく怒っている風に目を細めた。

「うん、まあ、それは京一の言う通りなんだけどさ。……唯の勘なんだけど、あの時は何ともなかったのに、今はこんな風になっちゃってるのは、龍斗さんの所為なんじゃないかなあ、と」

「龍斗サン? ……何で」

「氣の存在とか操り方とか、そういうのが判らない人に氣のこと説明するのと一緒で、言葉にするのは物凄く難しいから、上手く伝える自信が無いんだけど……、人間ってさ、誰かの強い想いとか『力』みたいなモノに、惹かれたり引き摺られたりすることってあるだろう? そんな感じに近いかなあ……。前の時は、龍斗さんは此処の中で寝こけてたから、誰も、何も、引き摺られたりしなかったけど、今はちゃんと起きてる龍斗さんの何かに、此処自体が引き摺られてて。『本宅』が引き摺られてるから、俺の中の黄龍も、黄龍の『別宅』な俺も、何となく引き摺られてるみたいな感じって言うか?」

「……何で、そこで疑問形なんだよ……。……まあ、何となく、ひーちゃんの言いたいことが判らなくはねえけど、此処に龍斗サンがいる訳でもねえのに、そんなことになんのか?」

「さあ……。それを俺に訊かれても、正直困るよ。案外、此処の何処かに龍斗さんと京梧さんがいたりするのかも知れないけど──

──怖ぇこと言うなよ、ひーちゃん。此処にいるのが馬鹿シショー達にバレたら、ぶん殴られるっての。────……ま、いいか。お前が平気だっつうなら、取り敢えずはそれで。何か遭ったら直ぐに言えよ?」

どうしても、龍麻の、平気だ、大丈夫だ、の言葉を真に受けることが出来兼ねる様子で、京一は、ああだこうだと言い続けたけれど、毎度の、言っていることが判らなくはないけれど、激しくビミョーな龍麻の説明に一応の納得は示し、今度は、腰の刀達の内、天叢雲の方の柄頭を幾度か無意識に撫でてから、前を向いて歩き出した。

「判ってるってば。無理なんかしないって。……ホント、京一って、そういう処過保護なんだから……」

おおらかと言うよりは、大雑把過ぎる性格をしているくせに、高校時代から変わらず、己に対してだけは妙に過保護な彼へブツブツと小声の文句を零し、龍麻も後に付いて行った。

改めて、九龍達の後を追い掛け始めてから、ものの数分と行かぬ内に、又、龍麻の足が止まった。

「ひーちゃん? 今度は何だ?」

真後ろで上がっていた足音が途絶えたのを知って、まさか、大丈夫が大丈夫ではなくなったかと、京一は少々慌てた風に振り返る。

「…………誰か、こっちに来る」

が、龍麻は、肩越しに己を見遣ってきた京一の、遥か先の闇を見据えていた。

「九龍達か?」

「違う。多分だけど……、多分、壬生」

「壬生? ……ああ、九龍達の後追い掛けて、M+Mの連中も此処まで来たってか?」

「うん、そうだと思う。…………ああ、うんうん。間違いないや、この氣は壬生だね」

暫し、じっと闇の向こう側を見詰め、龍麻は一人頷く。

「けど、何でだ? 九龍達を追い掛けてるなら、この先のずっと奥に用がある筈で、こっちに引き返して来る必要なんかねえだろ?」

「やっぱり、多分って奴だけど……、俺達に用があるんじゃないかなあ」

「……そいつは見当違いなんじゃねえ? 壬生達が目ぇ付けてたのは九龍達で、俺達じゃない筈だぜ? 第一、俺等が此処に来るのを知ってるのは誰もいない」

「その辺は、俺達の氣……って言うか、黄龍の氣の所為じゃないかなあ。起きてはいないけど、『あれ』が結構元気になっちゃってるから、何時も以上に、俺の氣が大きいのかも」

「…………ああ、確かにな。今のひーちゃんの氣は、何時もよりも断然デカい」

「だろう? だったら、俺達が此処に来たこと、壬生が勘付いてもおかしくないし、何をしに来たのか、こっちまで確かめに戻って来たって変じゃないよ」

こちらを目指してやって来るのが壬生であることと、恐らくではあるが、その目的を龍麻は口にし、

「……京一。先、行って」

闇の向こうを見据える眼差しを一層細めて、彼は、連れ合いを促した。

「は? 何でだよ。今は平気でも、これ以上『あれ』が元気になっちまったら、どうなるか判らねえってのに、お前の傍離れる訳には──

──大丈夫。俺は平気だから。だから、出来れば壬生に見付からないように先に行って、九龍達に追い付いて欲しいんだ。……何となくだけど、判るんだよ。壬生が、ちょっぴり思い詰めてるみたいなのが。俺達が、壬生──M+Mの考えに添わないことしようとしてるなら、止めなきゃいけないって考えてるっぽいって、どうしてか判るんだ。…………もし、俺が感じてるそれが正解で、壬生以外のM+Mの誰かが此処にいるなら、九龍と甲太郎だけじゃ、一寸厄介なことになるかも知れない。……だから、京一」

「…………………………平気なんだな?」

真顔で告げる龍麻の面を長らく見詰め、京一は、確かめるように。

「嘘じゃないってば」

一つの誤摩化しも許さぬように見詰めてきた彼へ、龍麻は深く頷き返した。

「なら、先行ってるぜ、ひーちゃん」

「うん。直ぐに追い付けると思うよ。来るのは壬生だって判ってるしさ。……じゃあ、京一、後で」

「おう。後でな。ちゃんと、直ぐに来いよ」

だから、龍麻はその場に留まり、京一は、奥へと続く路を駆け出し。