「………………本気で、実力行使をするつもりなんだね、龍麻」

笑みながら、恍けた返事をした龍麻の目だけが、これっぽっちも笑っていないのを見て取って、壬生は、彼は本気なのだと悟った。

本当に、龍麻は、『M+M機関のエージェント』と、今この場でやり合う気なのだ、と。

「うん。本気。だけど、職業はM+Mの退魔師でも、壬生はやっぱり壬生だからさ。手合わせのノリで軽くやろうよ」

じっと己を見詰めていた彼が、すっと表情を塗り替え真剣な眼差しになったのに気付いても、龍麻は笑むことを止めず、何処か、うきうきした調子の声を出す。

「……龍麻。君、実は結構楽しんでない?」

「…………そんなことないよ?」

「………………本当は?」

「……楽しんでるって言うか、楽しみー! な感じ? 壬生とやり合うのは凄く久し振りだからさ。立ち合いは、この間道場でやったけど、お互い、それなりに本気でやるのは初対面の時以来かなー、とか思うと、やっぱり、ねえ?」

「…………龍麻。君、最近益々、格闘馬鹿に磨きが掛かってるね」

隠し切れない期待の滲むその声に、壬生は盛大な溜息を吐いてから、大仰に肩を竦めた。

「か、格闘馬鹿……。壬生に……仕事馬鹿の壬生に、格闘馬鹿って言われた……。酷いこと言われた……」

「実際、君は格闘馬鹿で、京一は剣術馬鹿じゃないか。……処で、龍麻。君も、言ってること結構酷いよ」

「そりゃ、そうかも知れないけど! 俺は兎も角、京一が剣術馬鹿なのは事実だしっっ。だけど、壬生とかに面と向かって断言されると、結構ショックって言うかさー……」

「人間、本当のこと言われると、腹を立てるって言うよね。──だから、君の言ってることも結構酷いって、僕の言い分は無視なのかな」

「…………………………。……じゃー、壬生くーん? ちょーーーっと、かるーーーく、やろうかーー?」

「……聞いてないね、僕の話」

本当にどうしようもないね、とでも言わんばかりの、呆れの態度を友に取られて、龍麻は口を尖らせ拗ねたけれど、壬生は、前言を撤回せず。

そこまで言うか、と龍麻は、一転、拗ね顔を、迫力の籠った微笑へと塗り替えて、有無を言わせず構えを取った。

「昇龍脚っ」

だが、壬生は、己の言い種にカチンと来ただろう彼が、八つ当たりの意味も含めて仕掛けてくる筈、と予測していたようで、龍麻の姿勢が構えの先に進むよりも早く、彼との距離を一息に詰め、先手の蹴り技を放ってきた。

「……やっぱり、分が悪過ぎるかな」

しかし、突き出した脚は、撫でるように触れてきた、龍麻の氣を纏った腕に薙がされて、宙を蹴るだけで終わり、只でさえ、『緋勇龍麻』とやり合うのは骨が折れるのに、『今の彼』が相手では、余計……、と壬生は顔を顰める。

「そんなことはないんじゃ? 分が悪いなんて、気の所為だと思うけど」

彼の小声の呟きを聞き付け、龍麻は、浮かべた笑みを少しばかり凄まじくした。

「よく言うね。……判ってるんだろう? 龍麻。何で、そんなことになってるのか知らないけど、君は、今の自分がどういう状態なのか、よく判ってる筈だ。判ってて、『実力行使』を吹っ掛けてきたんじゃないの? 黄龍の力が、それだけ膨れ上がってる今の君とやり合って勝てる相手は、この世には殆どいないと思うんだけど」

「………………あ、バレてる? まあ、『今の俺』でも、敵わない人達はいるけどね」

そうして彼は、そんな表情のまま、ペロッと舌を出し、

「バレない訳がないじゃないか…………。……まあ、でも。正直、君のその余裕は一寸癪に障るかな」

職務上、引き下がる訳にはいかないが、武芸者としても、ここで引き下がるのはプライドが許さないと、壬生は、何処となく機嫌を損ねた顔付きになった。

「癪に障った分くらいは謝るけど。俺の状態がこんな風にでもならなきゃ、幾ら何だって、壬生捕まえて実力行使しようなんて、気楽には考えないよ、俺でも。お互い、全くの無事じゃ済まなくなるから」

先程、今の『この場所』が自分に齎してくることは、悪いことばかりではない、と一人考えた通り、言わばこの場所のお陰で、己の方が有利であるのは判っていたし、それを計算に入れていたのは事実だが、だからと言って、それだけで自分が勝てると決め付けてなんかいないと、龍麻は構えを取り直して。

「テヤッ!!」

────やはり、再びの対峙の始まりの時も、先手を打ったのは壬生だった。

今度は、龍麻の構えが整うより早く、肩から身を倒し、フッと霞むように前のめりになった彼は、龍麻の腹部目掛けて水月蹴を放つ──と見せ掛けて。

「龍神翔っ!」

一発目の技を龍麻が避ける動作まで見越しつつ、本命の技を放った。

予想通りの動き──龍麻から見て、左斜め下から繰り出された蹴り脚を避けるべく、左半身を後ろへと流しながら、右側──壬生から見て左へと動いた彼の頭上目掛けて、水月蹴を放った己が右足が地を踏むと同時に、左足を高く振り上げ、踵から叩き付けるように落とそうと。

「はぁぁっ!!」

……が、龍麻は。

己を襲う脚の軌道から逃れる気配も見せず、脚で脚を薙ぐ風に、自身の脚も高く振り上げ、『技』を放った。

「え……? ──く……っっ!」

決まれば、対峙した相手の命を確実に奪う技を容易く弾き返され、剰え、そのまま吹き飛ばされて、壬生は、息を詰めつつ衝撃に耐えながら、今の技は……? と思わず目を見開く。

………………たった今、龍麻に繰り出された技が何なのか、彼には判らなかった。

見覚えのない技だった。

否、それは、自身の操る昇龍脚とは対の技に当たる龍星脚を基礎にしている技であるらしく、型は、それなり馴染みのあるものだったから、全く見覚えがないと言うのは正しくないが、少なくとも彼は、龍麻がその技を操るのを見たことはなかったばかりか、技そのものも知らない……、と訝しみ、

「龍麻? その技は…………」

戸惑ったように、動きを止めた龍麻を見詰めた。

「秘拳・青龍」

「青龍……?」

「うん。龍斗さんに手解き受けたんだ。鳴滝さんから貰った、父さんの書き付けにも見当たらなかった奥義を、龍斗さん、幾つも習得しててね。だから、一寸お願いしたんだ。って言っても、実際に放つ処を何度か見せて貰っただけで、手取り足取り教えて貰った訳じゃないから、未だ完璧に自分の物に出来てないけど、最近は何とか、五回に三回くらいは龍斗さんにもOK貰えるようになったかな」

若干、唖然としているような壬生に、龍麻は、にこっと笑んで種明かしをする。

「成程ね……。出所は、君の、はとこの彼なのか。………………龍麻」

「何?」

「あの人、何者?」

のほほん、とした調子でなされた龍麻の話より、技の正体と出所を知り、そういうことか、と納得してから、壬生は、どうしても問わずにいられなかったことを口にした。

「何者? と言われても。壬生も知ってる通りの人だけど。……ああ、敢えて付け加えるなら、俺の、大事な人の一人」

冗談とも本気とも付かない友の問いに、龍麻は判り切ったことだけを答え、

「……何と言うか。凄まじい一族、の一言に尽きるね…………」

彼の、『当たり前の答え』を聞きながら、壬生は溜息だけを零した。