横道に逸れた瑞麗は、地下であるのに視界に困らぬ程度に薄暗い路を、辿るその細いそこの先より感じられる氣を睨み付けるようにしながら進んでいた。
……感じた氣、それは、この場所全体から漂う氣によく似ていた。
『此処そのもの』と言っても、あながち間違いではないくらい、そっくりだった。
だが、決して同一ではなく。
今の龍麻──姿は未だ見ていないが──が放つ黄龍の氣とも思えた。
しかし、黄龍の氣ではなく。
過ぎる程に近しかったが、龍麻自身の氣でもなく。
あくまでも、或る意味に於いての話であり、瑞麗の感想でしかないが、それは言わば、酷く曖昧な氣だった。
……この路──即ち龍脈とも、黄龍とも、『黄龍の器』とも思える氣。
けれど、そのどれでもなく。
なのに、全てを綯い交ぜにしたかのような。
彼女をして、一言、不可思議、としか言えぬような。
…………だから。
それを感じた彼女は、弟や同僚達より離れ、一人、横道に逸れた。
『不可思議な氣』を、龍脈でも黄龍でも龍麻でもない氣、と断ぜられたのは彼女一人だった、との理由もあって。
……そう。
あの場にいた者の中で、それを感じ取れたのは瑞麗だけだった。
壬生も劉も、確か以上に氣のことには長けているが、『不可思議な氣』同様に不可思議なこの場所の所為で、彼等には、それを判別することは適わなかった。
彼等よりも遥かにその方面に長けている彼女でなければ、到底、無理な相談だったのだろう。
故に彼女は、命綱もなしに仲間達と分かれ、一人、真っ直ぐ『氣』を目指して進み。
九龍達と分かれた千貫は、数十メートル程来た路を引き返してから、音もなく横道へと潜り込んだ。
そのようなことを彼には知る由もないが、瑞麗が潜り込んだのとは又別の、此処には無数に存在する脇道の一つ。
それまで辿って来た路よりは、遥かに細い抜け穴のような路だったが、そんな場所を、彼は歩く速度も変えず辿った。
彼の年齢を鑑みれば、驚異的と言える速度で。
そうして、細道を暫し進んだ処で、徐に彼は、一度立ち止まる。
「ふむ……。この気配が、御殿場で我々を尾けていた輩のものなら、未だ話は簡単だろうが、そうとも思えんな。だとしたら……厄介だ」
フライトジャケットに極似したデザインの、漆黒の上着の懐に手を差し入れ何やらを確かめ、次いで、腰の辺りにも手をやり再び何やらを確かめ、ジャケットの両の袖口にも触れた彼は、漸く某かを納得したのか、軽く、自らに言い聞かせる風に頷いてから、常に浮かべている、好々爺と例えることすら出来そうな穏やかな表情を塗り替え、口許の微かな笑みをも消すと、再び歩き出した。
先を急ぐ風になった彼の足取りは、それまでよりも遥かに軽快で、しっかりとしていた。
まるで、九龍達と行動を共にしていた時に見せていた態度や仕草の何も彼もが、演技であるかのように思える程に。
九龍に、使え、と念を押された蛍光塗料入りのスプレー缶を使用することもなく。
道など、黙っていても覚えられるかのように。
────やはり、そのようなことを、彼には知る由もないが。
たった一人で細道を辿る彼の目指す方角は、別の横道を辿っている瑞麗が目指している方角と、奇しくも同一だった。
瑞麗のように不可思議な氣を感じた訳でもなかったし、千貫のように癇に障る空気の元とやらを感じた訳でもなかったが、一度、辺りの様子を確かめた方が良さそうだ、との確信だけは持って、単独行動を始めた阿門は、暫し、素直に来た道を戻った。
だが、二、三〇〇メートル程度も進んだ頃だろうか、彼も又、ピタッと立ち止まって、僅かだけ辺りを見回してから、無数の罅割れのように存在する横道の一つに潜り込む。
……もしも、それこそ御殿場市内で自分達の後を尾けていた何者達かが此処まで追い掛けて来ているとしたら、迷宮の如くな此処で迷い彷徨わぬ為にと、道々九龍が残して来た目印を頼りに、自分達の足取りを辿るだろう、と彼は考えた。
だとするなら、このまま戻れば、そのような輩達と正面から鉢合わせることになるかも知れない。相手の正体も実力も判らぬのに、それは得策ではない。……とも、彼は思った。
例え、何処かで追っ手と擦れ違ってしまって、最悪、自分や千貫が確認の為の単独行動を終えるより先に、追っ手達が九龍達に追い付くような事態になったとしても、かつては、天香学園の《生徒会長》であり《墓守の長》だった自分や、長髄彦をも倒し遂せたあの二人が早々簡単に倒される筈は無かろうし、逆に、上手くすれば、何処かに潜んでいるかも知れない追っ手を挟み撃ちにすることも可能かも知れない、とも。
────故に阿門は、黒い上着のポケットに両手を差し込みながら、自身の考えと勘に従って、脇道を行った。
万が一、尾行者が存在しているとするならば、それは、九龍曰く『こーゆーことには何故か鼻が利く』レリック・ドーン配下の者達かも知れない、との予想は立てていたが。
M+M機関の者達や、龍麻や京一達や、彼は未だ会ったことのない龍斗や京梧までが、路に潜り込んでいるとは、想像だにせぬまま。