九龍達が極彩色の目印を付けた路を逸れ、数多ある横道の一つを先へと辿りながら、京一は、氣を探った。

龍麻が、自分達の方へ向かっている、と言い切った壬生に、自身の氣を悟られぬように細心の注意を払いつつ、極力気配も殺して壬生の氣を探し、探し当てたそれが、薄い岩壁一枚を隔てた直ぐそこを通り抜けて行ったのを確かめ、ほ……、と肩の力を抜いてから、彼は、『本道』と併行しているらしいその道を、奥へ向かって駆け出した。

────壬生や瑞麗達との繋がりから、彼も龍麻も、多少はM+M機関を理解『は』している。

今回の、九龍と甲太郎の『プライベートな宝探し』にちょっかいを掛けてきたM+M側の主要エージェントが、壬生──友なら、自分より先に、彼に同行している機関の誰かが九龍達に追い付いたとしても、壬生の意を汲んで、いきなりの荒事にはしないだろう、とも踏んでいる。

だが、弟分達が所属している組織であるとしても、ロゼッタ協会を信用していないように、例え、壬生達が所属しているM+M機関であろうと、他の誰が与している組織であろうと、信用する気など京一には更々なく。

ロゼッタとM+Mが敵対している組織である以上、いきなりの荒事にはならない、とのそれは、予測でなく、単なる希望でしかない可能性が大であることも、彼には判っていた。

もしも、九龍達を追っているのが、自分や龍麻とも、九龍達とも一面識もない人物だったら、殊更、その可能性が跳ね上がることも。

だから、何時如何なる時でも、何事よりも何人なんぴとよりも、京一が最も優先する、けれど乞われるままに別行動を取った龍麻に若干の後ろ髪を引かれつつも、彼は自らの足を急かした。

自分は平気だから、との龍麻の言葉に、多少の誤摩化しや誇張があったのは悟れたけれど、彼が、大丈夫だと言い切ったのだから、何が遭っても大丈夫だと、京一は、信じるでなく知っているので、来た道を振り返ることはなかった。

────今の処、九龍達が目印を残した『本道』と、彼が駆けている横道は並走しているが、何時、大きく逸れるとも限らぬから、少しでも早く本道に戻りたくはあったけれど、迂闊にそんなことをしたら、やり過ごしたばかりの壬生や壬生の同行者にこちらの動きを悟られ兼ねないので、勘と、所々で拾える九龍達の氣の残滓のみを頼りに、京一は、ひたすら奥のみを目指し続け────そろそろ、本道に戻っても……、と思い始めた刹那、直ぐそこに、氣と気配を彼は感じた。

が、気配の方は上手く押し殺している相手が纏う氣に覚えがあったが為、腰の刀の柄と鞘に掛けた両手は、記憶を手繰った一秒にも満たない分だけ動きに疾さが足りず。

刀身が鞘より抜かれ切るより先に、ザワリ、とした音が京一へと迫って来た。

砂場を足で踏みしだいたような音が湧いた直後には、邪悪なモノを祓う《力》をも秘めた、衝撃波のような見えない凶器が、辺りの岩壁や地面の石塊を巻き込みつつ襲い来た。

「『平和』になっても、鈍っちゃいねえな」

確かに数拍程の遅れは取ったが、抜き去った刀に瞬時で『力』を与えた彼は、思い切り良く振り被り、

「剣掌……旋!」

同じく、思い切り良く振り切られた切っ先から迸った『力』は、見えない凶器や、それが飛ばした石塊を飲み込みながら、迫り来た全てを裂く如く、四十五度の角度を保って左右それぞれに走って、V字を描くように地と宙を駆けた『力』の消えた向こう側に、全身黒尽くめの青年が姿を見せた。

「よう。やっぱりお前か、阿門。久し振りだな。元気してたかよ?」

「そちらは、尋ねるまでもなさそうだ」

舞い上がった土埃を払おうともせずに近付いて来た青年に、京一は笑顔を見せてやって、青年──阿門は抑揚なく言いながら、更に近付いて来た。

「すまなかった。気配は感じ取れたのだが、流石に、相手が誰なのかまでは判らんのでな」

「気にすんなって。そんなん、氣絡みの修練でも積んでなきゃ判らねえからな。……そりゃそうと。お前がこんなトコにいるのは、九龍達の付き合いか?」

「……まあな。此処を出たら、付き合ったことも忘れる約束の付き合いだ。…………そちらは?」

「あー……。そうだな、色々、てトコだな」

「色々、では困る。葉佩達に手を貸している身としては」

「細けぇことはどうでもいいだろ? 俺やひーちゃんが、九龍や甲太郎相手に碌でもねえこと仕掛ける筈ねえっての。──そんなことよりも。あの二人、今、何処でどうしてる?」

「………………この先を、富士山の火口方面目指して進んでいる。何も起こっていなければ、の話だが」

「そうか。んじゃ、あいつ等んトコまで案内してくれよ。今回は、九龍達の探索に関わる気はなかったんだが、事情が変わっちまってな」

「どういう風に?」

「M+Mの連中が、此処に来てる。多分だが、九龍達の『邪魔』をしに。一人は、お前も知ってる壬生だけど、他の面子は未だ判らねえから、下手したら、やり合いになっちまう」

「……判った。こっちだ」

阿門の顔を見るや否や、するりと刀を鞘に納めた京一と、出会した相手が京一だと知り、両手を上着のポケットに隠し直した阿門は、何処となくの早口で現在の簡単な状況を語り合って、揃って路を駆け出す。

「間に合ってくれるといいんだが」

「例え、間に合わなかったとしても、葉佩も皆守も、大人しく斃されたりはせんだろう」

「んなこたぁ判ってるって。だから、俺が言ってるのは、そういうことじゃない。M+Mのエージェントが相手じゃ、楽勝って訳にゃいかねえだろうけど、九龍と甲太郎なら何とかはするだろ。……それが、考えようによっちゃマズいんだよ。身内がヤラれたとなっちゃ、壬生達だって知らん振りって訳にゃいかなくなるだろ? 例え上手く誤摩化せたとしても、此処での話──あいつ等が此処で何してたのかとか、何か探してたらしいって話が、洩れる確率は上がる。…………色んな意味で、今回のことを『身内』以外に嗅ぎ付けられるのは、多分、誰にとっても、いい方にゃ転ばない」

「…………成程。あの二人は、そういう意味でも危ない橋を渡っている、と」

「……ま、その内の六割くらいは、俺達の所為なのかも知れねえけどな」

阿門を先頭に、彼の来た路を走り抜けながら、何を一番拙いと感じているか、それを京一は低い声で告げ、

「選んだのは、あの二人だ」

「んなこた、お前に垂れられなくても判ってる。それでも、ちょいとばかり零したくなることはあるって奴だ。弟達みたいなモンだからな。出来は、九龍達の方がいいのが癪に障るけどよ」

「……家族の如くならば、か」

「そーゆーこと。お前だって、ダチは大切だろ?」

一転、京一は、オラ! と高い声を出しながら、阿門の背中をバン! と叩いて、何となし物言いた気に振り返った彼へ、ニッと笑ってみせた。