「……ホンマ、堪忍……。わいも、何でこんな所におるんやろ、て思っとるんやけど、瑞麗姉に逆らったらアカンて、魂とDNAとに刻まれ切っとるねん……」
『敢えて』なのかも知れない、時折ウザいと感じる程のハイテンションを今日も見せた鴉室とは対照的に、酷く落ち込んでいる風な、顔色も良くない劉は、九龍に話し掛けられた途端、パンっ! と顔の前で両手を合わせ、拝むようにしながら、姉がどうのこうの言い出した。
「えーと。……ってことは、宇宙刑事はM+Mのお仕事で此処にいて、弦月さんが同行してるのは、ルイ先生に有無を言わさず駆り出されたからで、ルイ先生もこの場にはいないだけで、この路のどっかにはいるってことですな?」
「……まあ、そうやな……」
「今回の、皆さんのM+Mな任務って、俺達の邪魔です?」
「…………それは、その……何ちゅーか、そうやとも言えるけどそうやとも言えないっちゅーか、あー……。…………堪忍! 九龍も、甲太郎も、ほんっまに堪忍な! やけど、このこと、アニキと京はんには告げ口せんといてぇな!」
この状況からして、大体こんなことなんじゃないかなー、との想像を九龍が語れば、彼は、ごにょごにょと歯切れ悪く曖昧な言い方をしつつも、暗に九龍の想像を肯定して、どうか、龍麻達にだけは今日のことを言わないで欲しい、と泣き付いてきたので。
「……面倒臭い。ありとあらゆる意味で面倒臭い……」
「俺達が告げ口しなくても、龍麻さん達にはバレると思うけどなー……」
こんな成り行き、馬鹿馬鹿しくてやってられないと、盛大に嫌味ったらしく溜息を吐き出した甲太郎は、アロマを引き摺り出して銜え、九龍は、劉をへこませるだけの一言を言い放ち、
「そりゃ、わいかて、アニキ達に隠し通せる訳ない思っとるけど……」
「でしょ? でも、弦月さんは、ルイ先生に言い付けられた、俺達の邪魔って言う任務の手伝い、例え龍麻さん達にバレることになっても止められませんよね? 弦月さんにとっては、龍麻さんや京一さんよりも、ルイ先生の方がおっかないですもんねー?」
「……そうやな。アニキや京はんも、おっかないのに代わりはないけどな…………」
「だから、四の五の言った処で、『この先』は決定事項ですよねえ?」
「………………そうやな」
世間話のノリで、暗い表情の劉へチクリチクリとやりながらも、九龍も甲太郎も、続けていた『丘』側への後退を終え、改めて鴉室と劉へ向き直った。
「じゃ、そーゆーことで。俺達も、黙って邪魔される訳にはいかないんで、さくっと、やることやっちゃいましょーよ」
「あー、ちょーっと待った。その前に」
そういう話であるなら、今だけはプライベートは一切忘れ、仕事上の関係だけ考慮しよう、と肩に掛けたアサルトライフルのスリングに九龍は手を伸ばしたが、途端、鴉室が待ったを掛ける。
「何です? 宇宙刑事」
「事の序でに、一つ教えて貰えないかな。俺達、君と無気力高校生君──もとい無気力青年が、何しに此処に来たのか知らないんだな、これが」
「ちょ……、鴉室はん! そないなこと、二人にバラしてもうたら、瑞麗姉に──」
「──平気だって。気にするな、弟君。黙ってたって、その内バレるさ。だったらいっそ、素直に打ち明けちまって、交渉、と洒落込んだ方がいいと思うけどねぇ、俺は」
何時も通りの、ヘラッとした、何処となく軽薄そうな笑みを浮かべつつ、九龍達相手にM+M機関の『不利』を白状してしまった鴉室に、劉は目を剥いたけれど、彼は更に、この場に瑞麗がいたら半殺しにされ兼ねない科白を舌の根に乗せた。
「無気力高校生の次は、無気力青年かよ。ったく……。誰が無気力だ」
「……相変わらず、何考えてるかよく判らない人ですなあ、宇宙刑事も。……あ、宇宙刑事ってくらいだから、宇宙人だもんな、訳判らないのも当然か。納得」
そんな彼の言い種に、甲太郎は目一杯不服そうになり、九龍は、何が何だか……、と呆れ顔を拵え、
「交渉の余地なんて、最初っからありませんよー? 判ってるでしょーに、宇宙刑事だって」
鴉室の唐突な発言の所為で、指先を添えただけになってしまっていた銃のスリングを改めて掴んだ九龍は、にっこーーーー……と微笑みながら素早く腰撓めに構えたそれを、劉と鴉室の足下目掛けてぶっ放した。
──その日、九龍が担いでいたアサルトライフルは、『USSR AK-47』──別名を、カラシニコフと言うそれだった。
例え銃内に砂が紛れ込もうが、銃身が歪もうが、問題なく射撃が出来、ノー・メンテナンスでもへっちゃら、と言う異様なまでの頑丈さと、扱いの容易さ故に世界で最も流通している為、とってもリーズナブルなお値段を誇るカラシニコフは、己達の世界の物理法則が何処まで通用するか定かでなく、環境もどう変化するか予測も付かない地下に広がる『空洞』に挑むには相応しいと思ったから、彼はそれを選択しており、フルオート射撃には余り向きではないし、その辺の命中精度も余り良くない、と言う欠点は、装填数三十発の通常マガジンではなく、装填数四十五発のロングマガジンにすれば何とかなるだろうと、激しく気軽に考えていて。
やはり、激しく気軽に、「今日のAKはロングマガジン仕様で、弾は何時もよりも一杯だから遠慮なくいけるし! あんまし集弾しないから、これくらいのことしても宇宙刑事や弦月さんなら平気! の筈! 多分!」と彼は、にっこり笑ってカラシニコフ掃射! との『暴挙』に及んだのだが、威嚇だと判ってはいても、劉は兎も角、カラシニコフの凶悪さ加減を充分承知している鴉室は大層肝を冷やし、避けずとも当たりはしなかったのに、慌てふためいた彼は、足を滑らせ水溜まりに落ちそうになった。
「うわっ!! 何すんだよ、俺と君の仲だろうっ!? 選りに選って、そんなもん向けんな!」
「『俺と君の仲』って、どーゆー仲です? ……あ、言い忘れてましたけど、その水溜まりのそっち側、純度百パーの重水なんで、落ちない方がいいですよー」
尻餅を付き、細い路の淵を掴んで転落を防いだ鴉室に、可愛い子振りつつ言ってやり、甲太郎の腕を引っ張って、九龍は丘の向こうに消える。
「可愛くねえなあ……」
「……鴉室はん? 何で、わざわざ九龍達に、こっちの手の内晒すようなこと言うたん? 何で、そない悠長にしとるん?」
ダッと、土の盛り上がりの向こうに飛び込み、自分達の視界から失せてしまった宝探し屋達を追い掛ける素振りも見せず、のんびり立ち上がって、服の埃を叩き始めた鴉室を、劉は納得いかなそうに見上げた。
「仕事の邪魔しに来たM+Mの奴に、あんなこと言われたら。九龍や無気力青年は、どうすると思う?」
「…………あの二人やったら、こっちに自分等の目的が割れとらん分、有利やって考えるんやないかな。で、なら、今の内……────。……鴉室はん、二人が何探しとるんかも、きっちり調べる気なん? そんなん、どうでもええやん。この場所で、鴉室はんや瑞麗姉にしてみれば『悪さ』にしか思えへんこと、させへんようにさえすればええやん。後生やから、薮蛇になり兼ねんことすんの、止めてぇな……。これ以上、話がややこしゅうなってもうたら、わい、益々板挟みやんか……」
「まーまー。気にしない、気にしない。小心だな、弟君! その辺のことはきっちり探っといた方が、後々の為になると思うぜ? ──さ、張り切って二人を追い掛けようじゃないか」
さも、余計なことばかりをする、と言いたげな、非難の入り交じった目を向けてきた劉へ、銜えた煙草に火を点けながら鴉室は、のらりくらりとした調子で『適当』なことを告げてから、緩慢な足取りで九龍達の後を追い始め、
「ホンマに、大丈夫かいな……」
何となく、姉が、この男には暴力的な態度を取る理由が判ったような気になりながら、劉も渋々、細いそこを辿り出した。