歪に盛り上がった土の向こうは、急激な下り坂になっていて、そこから先も、水面に浮かぶ橋のような細い路は続いていた。
だが、目を凝らして睨めば、徐々に途切れ途切れの路となって行っているのも、終いには、適当にぶちまけた池の飛び石の如くと化してしまっているのも、更にその先は行き止まりになってしまっている風であるのも窺え、
「甲ちゃん、ヤバい、行き止まりっぽい!」
「行くだけ行け! 何処かに抜け穴か何か、あるかも知れないっ」
「ラジャー!」
進むに連れ、路でなく単なる足場へと移り変わって行くそこを、飛んだり越えたりしつつ全速力で駆けながら、一瞬、九龍と甲太郎は顔を見合わせたが、だからと言って、鴉室や劉の側へは引き返せる筈も無いと、一先ずは突き進むことを彼等は選択した。
「んー……。やっぱり、行き止まりかなあ……」
「潜り込めそうな隙間とかないのか?」
「そんなもん、早々都合良く……って、あ! あの裂け目から、下に潜れるかも!」
しかし、路はやはり行き止まっていた。
幾つか点在する、人一人が立つのが精々の大きさの岩々を渡り切った先にあったのは、水溜まりの水を塞き止める役割も兼ねつつ聳える岩壁で、なだらかな上昇カーブを描きながら天井へと伸びている壁は、この先にはもう何も無いのだと、二人を拒絶している風でもあったが。
水面より突き出た、ほんの僅かな傾斜を持つ岩の上で踏ん張った九龍が手にしたマグライトは、そこより数メートル程右側の岩壁に走る、巨漢でない限りは潜り込めそうな比較的大きめの裂け目を照らし出した。
「どうだ?」
「イケそう。足場はかなり悪いけど、ワイヤー撃ち込んでも崩れたりはしないと思う。潜った先がどうなってるかは謎だから、色んな意味で出たとこ勝負だけどね」
「判った。……九ちゃん。お前、先に行け」
「へっ? 俺だけ? 一人で? 甲ちゃん、どうする気?」
「俺は、連中の相手をする」
忙しない手付きで操られた九龍のマグライトの光の先に、確かに亀裂が存在しているのを目で確かめてから、甲太郎は、来た方へと振り返る。
「…………宇宙刑事と弦月さんの? ……何で。ダッシュで追い掛けて来る様子もないんだから、今の内に──」
「──だからだ。あの小山からここまで、どんなに多く見積もったって数百メートル程度だってのに、追い付く気配もない。おかしいだろう? あの二人だってプロなのに」
「……そうだね。…………ってことは、少なくとも宇宙刑事は、俺達が、何探してるかM+Mにバレる前に何とか……、って動くの待ってるって奴?」
「多分な。──あのおっさんのそんな計算に、わざわざ乗ってやる必要は無い。……そういう訳だから。九ちゃん、先に行ってろ」
「…………甲ちゃんの言いたいことは判るけどもさ。甲ちゃん、自分の言ってること判ってる? 甲ちゃんが言った通り、あの二人はプロだよ。宇宙刑事は、退魔のプロなM+Mのエージェントで、弦月さんは、兄さん達と同じ世界のプロだよ。……甲ちゃんは、バトルに関しては俺よか強いけど。甲ちゃん一人で、あの二人纏めて相手出来る訳ない」
「九ちゃん、勘違いするな。俺だって身の程は弁えてる。別に、連中相手に勝とうなんて思ってる訳じゃないさ。時間稼ぎが出来ればいい」
「だけど……」
「うるさい、とっとと行け。時間が勿体無いだろうが。──お前の仕事は、宝探しだ。俺の仕事は、お前を守るお前のバディだ」
『邪魔者』達の足留めをするからと、何処となく怠そうに踵を返した彼へ、九龍は無理だと詰め寄ったが、肩越しにだけ振り返った甲太郎は、あっさり言い切り、
「……ほんとにもー、甲ちゃんは、こういう時に限ってそういうこと言う…………。……判った。甲ちゃんの意見採用して、先に行ってる」
彼を見上げ、大きな溜息を零した九龍は、渋々ながら頷いた。
「この先は、どっち進んだかの目印も付けられないけど、甲ちゃん、平気?」
「そんなこと、どうとでもする。些細なこと気にしてる暇があるなら急げ。お前が心配することなんか何も無い。命の取り合いをする訳じゃない」
「んなものの取り合いなんかさせて堪るか、何言っちゃってんだよ、甲ちゃんの馬鹿!」
「ああ、もうっ! 判ったから行けっ!」
頷きながらワイヤーガンを引き摺り出し、その場から狙いを定め始めたもののグズグズ言い続ける九龍を、心配してくれるのは嬉しいが、喋ってる暇があるなら早く行け! と思いっ切り睨み付けてから、甲太郎は、来た路を駆け出した。
────駆け出すと同時にトリガーが引かれたらしい、ワイヤーガンから放たれた鉄杭が岩壁を抉る硬質な音が響いたが、振り返ることなく、点々と水面に散らばる岩々を、そして途切れ途切れの路を駆け抜け、先程越えたばかりの『丘』だけを見据えて、彼は足を動かす。
「お早いご帰還だねぇ、無気力青年」
そうして、息すら止めた風に駆けた彼の視界に、『丘』に続く急な下り坂が映った途端、小さな双眼鏡を片手に、のんびり丘の天辺に腰掛けていた鴉室の声が掛かった。
「おっさんに、無気力だの何だの、言われる筋合いはない」
「つれないこと言うなよ。他愛無い渾名じゃないか。お互いの親睦深める為にも、もう少し、可愛気のある反応見せてくれてもいいだろう?」
「………………あんた、ほんっっ……とに、相変わらずだな」
物見遊山でもしているかのように、座り込んだそこで、やあ! と手を振りつつ誠に胡散臭いニヤけ面を向けてくる鴉室に、甲太郎は呆れ、
「鴉室はん? この落とし前、どないして付けるつもりなん?」
鴉室より一歩引いた所に仁王立ちしていた劉は、出来れば、自分も甲太郎の側に付きたい、との深い深い溜息を零しながら、暢気過ぎる彼を冷たく見下ろした。
「落とし前?」
「鴉室はんには鴉室はんの計算っちゅーのがあったんやろうけど、全然、そないな風になっとらんやん。九龍も甲太郎も、ごっつ頭ええよ? 鴉室はんが、わざわざ言わんでもええこと洩らした理由なんぞ、バレてる思うよ? バレてるから、甲太郎だけ引き返して来たんとちゃう? …………ほんま、どないするん? 鴉室はんが瑞麗姉にド突かれんのは勝手やけど、わいは嫌や! 瑞麗姉にシメられんのだけは勘弁やねんっ!」
「……そこまで、瑞麗のこと怖がる必要なんか、ないと思うけどねえ、俺は。何か、トラウマでもあるのかい、弟君?」
だが、呆れと憤りの入り交じった眼差しで見遣られながら、この状況の意味する処を劉に捲し立てられても、鴉室は悠長に立ち上がって、土の付いた服をパタパタと。
「あんなあ、鴉室は──」
「──確かに? 今、こんな風になってるってことを瑞麗の奴が知ったら、ビンタの一発や二発は喰らうかも知れないが? 何の為に、俺が言わなくてもいいことを洩らしたのか判ってて、それでも無気力青年だけが、恐らくは俺達を足留めする為に戻って来たってことは、二人が探してるブツは、それだけ、俺達M+Mには知られたくないブツってことじゃないかなー、と俺は思うんだが、どうかな? 弟君。それが判っただけでも儲け物だろう? ……『この場所』で、『部外者』には絶対に知られたくない、が、どうしても探し出したいブツが、九龍と無気力青年が狙ってるブツなら、それが何かの答えは限られてくる訳で」
くたくたになるまで着古したコートをバタバタさせて、盛大に土埃を立てつつ一息に急な斜面を滑り下りた鴉室は、恍けた調子の声で暢気に語りながら甲太郎へと向き直り、ニッと笑って、薄いオレンジ色したサングラスで覆われた両目を、僅かだけ細めた。