上層階で使用したポータブルな水質検査キットは、向かう先は地下道なんだから、地下水脈とかに行き当たることだってあるかも、との発想に基づき、積極的に求めた今回の探索アイテムの一つだったが、その他は、幾ら何でもとは思いつつも、『H.A.N.T』の代用品として念の為に用意しただけの品々で、支度した九龍自身にとっても、言わば、お守り的な物達だった。

只のお荷物で終わるだろうとも思っていた。

だが、重たく嵩張る計器達は、一応は担いで来た彼の期待に応えて、不可思議な此処でも、それなりの反応は示してくれた。

「……お」

「何や? ぎょうさんある機械のどれか、動いてくれたん?」

「ええ。一番ベタな、金属探知機が」

「ふーん……。ってことは、何かはあるってことやな」

「ですね。…………でも、ちょーっと不思議なことが」

「不思議? 何がや?」

「どうしてか、反応が変なんですよねー……。おっかしいなあ、何でこんなに針がブレるんだろ。動き回りながら弄くってる訳でもないのに。無理言ってJADEさんに調達して貰った奴だから、最新式の筈なんだけどなー。壊れてるとも思えないし……」

「ま、細かいこと気にしても仕方無いやん。行ってみようや」

九龍の言葉通り、こういう場面では一番有りがちな金属探知機が彼の期待に応えてはくれたが、どうにも、その反応の仕方に納得出来なかった彼はしきりに首を捻ったが、そう深く考えることでもないだろうとの劉の言葉に背中を押され、反応を見せなかった計器類を仕舞い込むと、探知機片手に探索を再会する。

「んー、何かやっぱり、納得いかない」

「九龍は案外、気にしぃやなあ。訳判らんモンが見付かったとかやないんやから、大きく構えとき」

「…………弦月さんも、そーゆーとこ、兄さん達と同じ思考ですな。宿星持ちな人達って、皆そうなんですか? あ、でも、JADEさんとか雛乃さんとか御門さんとかは違うか」

「如月はんや御門はんは兎も角、雛乃はんは、女性やし繊細やからな! わいのハニーやしな! 大和撫子を絵に描いたようなお人やさかいっ」

「……はいはい。御馳走様です。ほんっと、弦月さん、雛乃さんにべた惚れですよね……」

割合に似通っているノリを見せる者同士でもある所為か、九龍と劉は、動き回りながらも、探索とは殆ど関係ない方面へと話を脱線させて行き、

「そうそう。そう言えば、何時だったか弦月さんが、龍麻さんと京一さん相手に愚痴ってたあれ。封龍の一族と織部神社と、どっちを優先して継ぐかって話。決着付いたんですか?」

「……その話、今は訊かんといて……。この間、そのこと絡みで、ちょい、雪乃はんにシメられ掛けたばっかりやねん……」

「成程…………。…………って、ん? 今、弦月さんが蹴っ飛ばした石ころって……」

ひたすら脱線して行った話が、ここ暫く、劉の頭を悩ませ続けているらしい問題に絡む話題になった時、聞きたくもないし言いたくもないー! と暴れた劉が、意図せず蹴り飛ばした小さいな石ころのような物に、九龍は目を留めた。

「あ、やっぱり。これ、ウジャトの護符だ」

「……ああ。エジプトの神様の目やろ?」

「ええ。──ウジャトの目。又はホルスの目。月の目ともラーの目とも言いますな。古代エジプトの神様の一人に、隼の頭してるホルスって言う男神がいて、これは、そのホルスの左目で、月を象徴してます」

「お、その類いのことがスラスラ出て来る辺りは、流石やな」

「そりゃー、一応、宝探し屋の端くれですからー。────……おお」

拾い上げてみた石ころは、九龍の見立て通り、天香の遺跡でも何度か見付けたウジャトの護符で、これはもしかして、手掛かりゲットかも、と逸る心を抑えつつ、きょろっと彼は辺りを見回し、

「今度は何や?」

「石碑チックな岩発見!」

パッと見は只の小さな岩にしか見えない、が、確かに何かが刻まれているそれを見付けた。

「……………………んーーー??」

「何やのん? 鳥……の神様か?」

「鳥……と言うか、トキですな、多分。ってことは、トト神……? でーもー。これが手に持ってるのは『使者の杖』っぽいからー。……ふむ。トト=ヘルメス、ってことかなあ」

ウジャトの護符に続き、彼が見付けた石碑めいた石には、長い嘴を持つ鳥の頭を持った神らしきモノの姿が描かれており、それは一見、古代エジプトの神々の一柱、トトの姿を模しているとしか思えなかったが、そのトト神らしきモノの手には、蛇の絡み付いた魔法の杖──使者の杖と呼ばれるそれが握られていたので、九龍はそれを、トト神そのものでなく、トト=へメルスと判断した。

「トト=ヘルメス? ……西のお国の神様は、よく判らへんねんけど……」

「……ああ、トト=ヘルメスって言うのは──

──九ちゃん! 九龍! 無事かっ!?」

と、彼が口にしたトト=ヘルメスの名に、劉が首を傾げたので、そのまま彼は解説を続けようとして……、そこへ、甲太郎が駆け付けて来た。

「あ、甲ちゃんだ。やっほー、甲ちゃん。無事無事! この通り!」

「無事じゃなさそうには見えないが、今はM+M側の人間と、暢気に話し込んでる場合じゃないだろうがっ。何やってんだ、お前はっ!」

「大丈夫だってばさ。弦月さんとは、一時協定結んだから心配しなくてもいいよ。それよりも、甲ちゃん。これ見てくれよ。宇宙刑事は、もう振り切れたんっしょ?」

「ああ、まあな。おっさんは、水溜まりに蹴り落としてきた。…………ん? これは、トト神か?」

「トト神じゃなくって、多分、トト=ヘルメスの方」

強く地面を踏みしだきながら駆け付けて来て、声高に己を呼んだ甲太郎を振り返れば、直ぐさま、毎度の説教が飛んできたけれど、九龍は、えへら、と甲太郎の怒鳴り声を笑い飛ばし、彼の二の腕を引いて、石碑もどきの前に立たせた。

「トト=ヘルメス? ……ああ、確かに、そいつの持ってるのは使者の杖だな」

「やからー。九龍。甲太郎も。トト=ヘルメスって、何やねん?」

「……おおう。解説が途中でしたな。──トト神ってのは、古代エジプトの神様達の中でも、随分と長い間、広域に亘って信仰された神様で、色んな伝説を持ってるんですな。さっき見付けたウジャトの護符──ホルスの目に関する逸話もあります。ホルス神が、父神のオシリスを殺したセト神と戦った時、セトに切り裂かれたホルスの目を治したのもトトって言われてて、魔術師であり冥府の神様でもあるトトが治した目だから、ホルスの目、即ちウジャトの目は、魔術的な全てを見通す目とか、お葬式の時の護符とかのシンボルになりまして。そんなトト神は、時代がもう一寸下がった頃、ギリシャ神話に登場するヘルメス神と同一視されるようになるんです。それが、トト=ヘルメスです。ヘルメスは、死者の魂の導き手で、生死の境を自由に行き来出来る神様でもあり、商業と学問の神様でもあるんで、同じ役目を持ってたトトと、一緒くたにされちゃったみたいですね」

「ふうん……。ほんで?」

「……いや、ほんで? と言われましても。そういう神様が、この石碑もどきには刻まれてるっぽい、ってだけしか今は言えませんって。さっきから金属探知機に反応しっ放しの『何か』に関係あるのかも知れませんけど、何処で何がどう繋がってるかは、『何か』を見付けてからでないと何とも言えませんねー」

「金属探知機? 九ちゃん、お前、そんな物も担いで来たのか?」

今度は甲太郎も交えての、長ったらしい九龍の解説が終わった途端、劉は、話はよく判ったが、だから? と再び首を傾げ、首を傾げたいのはこっち、と九龍は困り顔になって、甲太郎は再び、呆れ顔になる。

「うん。一寸重かったけど。でも、持って来ただけのことはあったっしょ?」

「……それは、否定しない」

「ま、『H.A.N.T』がどれだけ優秀なのか、改めて思い知らされたけどね。──さて、感慨に浸った処で。先行ってみましょー」

しかし、九龍は、役に立ったからいいじゃんか、と再びへらへら笑って、先へ進もう、と二人を促した。