混鋼ロープを垂らしたあの亀裂の地点から、体感ではあるが、少なくとも一キロ近くは進んだ筈なのに、未だに、終点も、別の場所へと続くルートも見出せない空洞内を、更に数百メートル程進んだ頃。

「お、いたいた! おーい、九龍ー。甲太郎ー」

「やっほー。弦月ー」

京一と龍麻、それに、阿門と壬生が三人に追い付いた。

「おお。京一さんに龍麻さん。……んもー、最初っから付き合ってくれればいいのにー」

「げっ!! アニキに京はん……っ! ……あ、あんな、アニキ! これは、その!」

振り返り、声高に己達を呼びつつ走り寄って来る一団の声と顔触れに、プッと九龍は膨れ、劉は慌てふためいたが。

「あはは。そんなに焦らなくてもいいのに。事情はもう知ってるよ。大体さー、そんなに簡単に怒ったりしないって。瑞麗女士に手伝えって言われたら、弦月には逆らえないの、俺達だって承知してるんだしさ。何でかは判らないけど、見た感じ、なんんだで九龍と甲太郎の味方もしてくれてるみたいだし?」

「板挟みは辛れぇよなあ、弦月。九龍も、膨れんなっての」

龍麻は劉へ、京一は九龍へ、それぞれ笑みながら手を伸ばし、ポン、と軽く頭を叩いた。

「処で、皆守。何がどうなった?」

「何がどう、と言われても。こっちは見た通りだ。九ちゃんが無事なら、細かいことなんか俺にはどうでもいい。探索の方は、探してるブツの手掛かりらしきものが、見え隠れし始めたって程度だな」

「……皆守君。君、少し、京一に毒され過ぎだと思うよ。──どうでもいい、の一言では片付けられない。僕達それぞれの、プライベートでの仲や繋がりは兎も角、立場上は、一堂に会するには微妙過ぎる面子がこれだけ揃ってしまったんだから、何をどうするにせよ、この先、各人がどうするつもりなのかくらいは、はっきりさせておく方がいい筈だけど」

「…………あー、まあ、それはそうですねえ……。……どうします? それぞれの立場って奴を優先して、バトルモードにでも突入してみます? それとも、一応は話し合ってみます? 全員、守秘義務絡むこと抱えてるでしょうから、話し合ってみても、決着は付かない気がしますけど」

そんな四名の横で、九龍に関わること以外には積極性を示さない甲太郎と、我関せずな阿門を捕まえ正論を言い出した壬生へ、確かに……、と頷き返した九龍が、幾つかの『選択肢』を口にした。

「俺等は、バトルモードに突入しても構わねえぜ?」

「……そら、京はんとアニキはそうやろうけど……」

「京一、物騒なこと言わない。弦月も、京一の言うこと真に受けない。今更、この面子でバトルしてどうするんだよ。意味無いだろう?」

「そりゃそうだけど。ぐだぐだ言い合ってんのなんざ、面倒臭くって堪んねえ」

「だ・か・ら。京一、黙る。──んーー。バトルモード突入以外の解決方法……」

すれば、困った風になった劉を置き去りに、京一は、腕っ節で片が付くなら、と最も物騒な選択を選ぼうとし、そんな彼を小突きつつ、龍麻は唸る。

「…………要するに。それぞれの立場を尊重しつつ、各々の裏の事情にも立ち入ることなく、全ての者の『目的』が果たせれば良いのだろう? 別段、悩むこともなかろうに。──先ず、俺は論外だ。俺は、葉佩と皆守のバディとして此処にいるだけで、務めを果たす以外、考慮すべきことは何も無い。緋勇と蓬莱寺は、私情に基づき行動しているのだから、職務規程への抵触等を慮る必要は無い。葉佩と皆守もだ。お前達の今回の探索は、プライベートなものだったな? ならば、お前達が抱える『特殊な事情』が外に漏れない限り、問題は生まれない。……故に、この場で、最も己達の立場──職務上の立場に左右されるのは、M+M機関の者達だけだ。だとするなら。どうすれば、M+Mの職務規程に触れず、この場を収められるかのみを考えれば済む。……恐らく、全員が、各々の『特殊な事情』にだけは目を瞑ることを了承し、M+Mの定める許容を越えぬ範囲で葉佩と皆守に探索をさせた後、M+M機関が納得するだろう形で、此処を封印なりとするのが最も穏便だろう。────職務上の立場に、情の絡むプライベートを挟むような方法には、納得出来ない者もいるだろうが、何処かに妥協点を見出さない限り、解決策など生まれない」

頭を悩ませ始めた龍麻に釣られた風に、一同の殆どが唸り声を洩らしたが、そんな彼等を尻目に、淡々と、抑揚なく、阿門が意見を述べた。

「…………帝等……! 元・生徒会長で、現・天香学園理事長なだけある……! 確かに、皆が皆、一寸だけ妥協して、『最終目的』果たすことだけに専念すれば、色んな誤摩化しが効くかも!」

「俺に言わせれば、何故、このような案が出て来ぬのかの方が不思議だが。突き詰めてしまえば、プライベートを取るか、職務を取るかだけの話だろうに。両方共に捨て難いならば、その天秤のバランスを取ってやればいいだけのことではないのか? 皆、知らぬ仲ではないのだから、傍目には『馴れ合い』にしか見えぬことも、上手く使えば矛にも盾にもなる」

「お前の口から、こんな場面で馴れ合いなんて言葉が出て来るとは思ってもいなかったぜ、俺は。だが、確かにお前の言う通りだ。馴れ合いだろうが何だろうが、使えるなら使えばいいし、こうなっちまった以上、妥協は必要だろうな」

この場の誰よりも建設的なことを言って退けた彼を、九龍は熱烈に見詰め、肩を竦めた友へ、甲太郎は目を見開きつつ別人を見るような眼差しを注ぐ。

「……そうだね。皆守君じゃないけど、こうなってしまった以上、妥協は必要だし。まあ、それなりに手打ちは出来る案かな」

「……あれやんなあ。何や、御門はんがもう一人おるみたいやなあ……」

「あー……。そう言えば、阿門の奴も、オツムの出来はいいんだったよなあ…………」

「何だろう。阿門君が、物凄く大人に見える……。……京一、俺達の年上としての立場って、何処にあるのかな……」

そんな三名を、彼等よりも年上な筈の四名は、少々唖然としながら遠巻きに見遣った。

「……大人とか大人でないとか、頭の出来が、とか言う話でなく、俺が最も、お前達の世界とは関わりなく生きているだけのことだ。内よりも、外から見た方が、その景色の全てが見渡せるのと同じで。それに俺には、お前達の抱える、プライベートにも立場にも複雑に絡み合う不可思議な世界の事情のことなど、慮る義理もない」

「かもね。でも、皆が一番受け入れ易い意見を、君が言ってくれたのは事実。────じゃ、皆。阿門君の意見通りにしようよ。それぞれの最終目的達成以外は、無視することにしよう。それが一番いいって、俺も思う」

自分達って……、と遠い目をした龍麻の呟きに、阿門は苦笑してみせたが、謙遜することはないと龍麻は笑って、以上、決定! と宣言し、探索の主導権を握っている九龍と甲太郎を急かしながら、空洞の奥へと向き直った。

「じゃ、こっから暫くは、皆さんに見て見ぬ振りして貰うってことで。……あ、でも、提案にはちゃんと従いますから、壬生さんに弦月さん、M+M的にヤバいことしそうだったら、ストップ掛けて下さい」

「了解」

「任しときー」

龍麻に促され、手にしたままの探知機を半ば振り回しながら、壬生と劉の了承を得つつ、九龍は先頭に立つ。

「………………お。反応強くなってきた。相変わらず、変な針の振れ方するけど。……なーんで、こんなにおかしな反応するのかなー。甲ちゃん、何か心当たりある?」

「ある訳ない」

「…………甲ちゃんの答え判ってたのに、何で、敢えて訊いた、俺。──ま、いっか。気にしないで行きましょー。俺達の期待に応えて、何やら現れてくれたっぽいし」

団体になった面々での、一部より毎度の下らない会話が飛び交いつつのぞろぞろとした道行きがそれ程行かぬ内に、彼等の前方に、ぞんざいに地面に置かれている風に見える、くすんだ赤茶色をしている箱のような物が現れた。

「何だ、あれ?」

「さあ……。……箱? さもなきゃ何かの塊、かな?」

「そんなん、俺にだって判るっての。だから、そういうことじゃなくてな、ひーちゃん……」

真っ先に九龍が見付けたそれは、畳一畳分よりも一回り程大きい、長方形をしていた。

ドロリとした血を塗りたくったようにも見える、ドキリとさせられる色をしているそれは、形と大きさの上だけでは、膨大な年月を経た石棺のようでもあったが、その手合いによく見られる装飾も彫刻も施されてはおらず、蓋と身との境目も見当たらない、単なる何かの塊と断言してもおかしくない代物で。

「……あれ。ここにも、トト=ヘルメスっぽい絵が刻まれてる石碑もどきがある」

それを目にした京一と龍麻が、頭脳労働的に駄目過ぎる会話を交わすのを横目にし、秘かに溜息を零した九龍は、己の傍らに、先程も見掛けた石碑もどきのような岩があるのに気付いた。

「兎に角だ。何なんだかはよく判んねえけど、九龍の探知機だかが反応してるのは、あれなんだろ?」

「それっぽいね。じゃ、調べてみるのが早いかな」

「そーゆーことだろ」

又、トト=ヘルメスの石碑? と、見付けたそれに、九龍が意識を奪われた隙に、彼にも、彼以外にも、はあ……、と溜息を吐かせた兄さん二名は、何はともあれ、弄くり倒してみればいいだろうと、見付けたそれへと、片や刀を鞘から抜きつつ、片や手甲を弄りつつ、躊躇いもなく近付こうとしており。

「頼むから、少しは考えてくれ」

「二人共、お願いですから勝手なことしないで下さい」

先程よりも盛大な溜息を零しつつ、甲太郎が京一の首根っこを、九龍が龍麻の首根っこを、それぞれ引っ掴んだ。