「……何だよ、俺達ゃ猫じゃねえぞ」
「何で? あれ調べてみなきゃ、話始まらないだろう?」
それなりの力で襟を引き摺られ、ぐえ、と潰れた声を出した京一と龍麻は、立ち止まりはしたものの、不服そうに少年達を振り返り、
「もう少し、後先考えなよ……」
「アニキも京はんも、宝探しは素人なんやから、九龍達に任しとき。余計な手、出さん方がええよ」
今にも、好きにさせろと暴れ出し兼ねない彼等を、壬生と劉が宝探し屋達より引き取って、ズルズルと引き摺り、数メートル程後退させた。
「えー……。別に、一寸くらい俺達が触ったり調べたりしてみてもいいんじゃ?」
「駄目です。龍麻さんと京一さんの『調べる』は、実力行使って意味なのも、放っといたら、斬ったり殴ったりしてみればいーじゃん? ってノリが展開されるのも、俺、知ってます」
「……問題ある?」
「…………どんな代物かも判らないのに、いきなり攻撃加えてどうすんですか。壊れちゃったりしたら、元も子もないじゃないですか」
「あんな、只の巨大な塊にしか見えねえモン、叩きもしねえでどうやって調べんだよ。割ってみたりすりゃ、何か──」
「──だから。あんた達にはそういう発想しか出来ないのが判ってるから、触るなと言ってるんだ。『調べる』んだと言いながら、得物なんか振り回さないでくれ。そういうのは、調べるなんて言わないんだ、日本語では」
「じゃあ、どうすんだよ。他に、何か方法あるのかよ」
それでも、手っ取り早さだけを重視しがちな二人が兎や角言い続けるから、九龍が龍麻に、甲太郎が京一に、それぞれ物申してみたけれども、尚も、京一が文句を垂れたので。
「前っから、常々疑問だったんですけど。お二人、頭脳労働って言葉の本当の意味、知ってます? ちょびっとでも何かを考察してみるって、出来ません?」
低い声で、九龍は嫌味を垂れ返し、ドスンと音立てつつ、赤茶けた箱らしい物と、『石碑もどき』の両方を視界に収められる地べたの上に座り込んで胡座を掻いた。
「そりゃまあ、考えろって言うなら、俺達だって知恵絞る真似くらいはするけど。今ある手掛かりって、あの箱と石碑みたいなあれだけだろう? それだけじゃ、何も判らないんじゃ?」
何やらを考え込んでいる風になった九龍に倣って、劉に二の腕引っ掴まれたままの龍麻も、箱と石碑もどきの双方を見下ろし……、が、そんな物を眺めているだけで、掴めることなどある筈も無い、と。
「そんなことないですよ」
けれど、九龍は首を横に振る。
「どうして?」
「あの箱と石碑もどき以外にも、俺達、この目で『手掛かり』を『見て来てる』んじゃないかなー、って、俺は思うからです。──えっとですね、先ず、ここに辿り着くまでに、道々発見した物のおさらいからするとー……────」
彼のそんな様子からして、これは長丁場な『思考作業』になりそうだ、と踏んだらしい一同は、辺りの適当な岩に腰掛けたり、石柱に凭れ掛かったりと、思い思いにしながら九龍に視線を注いで、彼等を見回しながら九龍は、例のウジャトの護符を取り出し、劉に聞かせたトト=ヘルメスの解説を、もう一度語った。
「──と言う訳で。ここまでに俺達が見付けた物は、正確には、赤茶けた箱一つに、石碑もどき二つに、ウジャトの護符一つです。それに、上にあった奇妙過ぎる謎な水溜まりの存在踏まえながら考え進めてやると、一寸した推理は成り立つと思うんですよね。……なーんて言ってる俺自身も、あーでもないこーでもない考えながら話してるんで、相当あやふやな話で、あやふやな推理ですけど」
「……うん? あの水溜まりのこともか? 箱状のあれ、石碑、ウジャトの護符、その三つは結び付けて考えた方が正しいだろうと俺も思うが、上の水溜まりは何の関係がある?」
「…………それなんだけどさ、甲ちゃん。俺、思ったんだ。っても、たった今思ったんだけども」
「思ったって、何を?」
「俺達、勘違いしちゃってるんじゃないかな、って。あの水溜まりの成分調べた時に、もっと、おかしいって疑うべきだったんじゃないかな、って」
「九龍、質問。上の水溜まりって? あれがどうかした?」
そこで、九龍が考えを纏める手助けをする意味も込めての突っ込みを甲太郎が入れ、龍麻も質問の挙手をしたので、今度は彼は、上層にあった、純度一〇〇%の重水と、同じく純度一〇〇%の超純水が、混ざり合いもせずに湛えられている『水溜まり』のことを解説した。
「ふうん…………。僕は、君達程は科学のことは判らないけど、君の説明から、上のあれが、有り得ない水溜まりだって言うのには同意出来る。でも、此処は、東日本龍脈の真っ直中だ。何が起きても不思議じゃないと思うけど」
「だな。俺もそう思う。時間の流れさえ狂う龍脈の腹ん中なんだぜ? 一々、有り得ねえことに首捻ってたって、きりがない」
「だから、そこがですね、勘違いポイントなんじゃないかと」
再びの解説へ向けて、今度は壬生と京一が、取り合う必要は無い事象ではないかと口々に言って来たが、九龍は再び、違う、と首を振った。
「あの水溜まりを調べた時、俺もそう思ったんです。此処は本当に、自然界では絶対に有り得ないことが起こる不思議空間なんだなー、って。……でも。一寸変じゃありません? これだけの人達の前で繰り返すのも何ですけど、確かに此処は、つい数年前に、最大に活性化したばかりの龍脈の中──龍麻さんの言葉を借りるなら、『黄龍の本宅』の一つですけど」
「だったら──」
「──待って、甲ちゃん。『けど』の続き、聞いてよ。────『けど』。龍脈の力だって、『自然の物』ではあるっしょ? 常識的な科学の目から見れば何処までも『トンでも』な力で、そんな力に支配されてる此処は、科学が生む人工物を知っちゃってる俺達からしてみると、はあ? な場所で、はあ? な法則とか事象とか罷り通ってるけど、龍脈は自然の力なんだから、此処で起こることの全ては、天然由来の筈で。……或る意味、『完全な自然の力』な龍脈が、自分の中に、自然界には存在しない物、わざわざ拵える必要ってあるのかな?」
「…………それ、は……イエスかノーかで言えば、ノーだろうな、多分」
と、再び何やら口を挟もうとした甲太郎を遮って、九龍は彼を見詰め直し、問い掛けられた甲太郎は、考え込む風に声を絞る。
「だしょ? 俺も、ノーだと思うんだよね。そんな物、拵えなきゃならない理由なんて、龍脈にも黄龍にもないと思うんだ。……とすると、あの水溜まりは、この場所には本来関係ない、龍脈や黄龍以外の製造物ってことになるよね」
「龍脈や黄龍以外……。……まさか、あれも『連中』が?」
「……多分ね。そう考えると、俺達的には美味しい、ってな、希望的観測込みなのは否定出来ないけど。……あ、壬生さんと弦月さんは、『連中』ってのは聞き逃して下さいねー。──えーと。何処まで話したっけ……。……あ、そうだ。────んで。あの水溜まりも『連中』が拵えた物だとすると、今度は、『連中』が、あの水溜まりを拵えた理由は何かって疑問が出て来るっしょ?」
「そりゃあ、まあな。お前の言う通りだとして、の話だが。…………うん? 一寸待て。あの水溜まりの半分は、超純水だったな」
「そーです。ぶっちゃけ、重水は何の為なのか、俺にもさーっぱり判らないけど、そういう風に考えてくと、超純水の方には、ちょびっと心当たり出て来るんだよね。甲ちゃんもそうっしょ?」
「ああ。超純水は、バイオテクノロジー分野での細胞培養──特に、DNAの増幅に使われる。……『連中』の得意分野だ」
「ね? だってなら、あの石版もどきと水溜まりには接点が生まれる訳で。その二つから拾えるヒントを辿った先が、『連中』の得意分野だとするなら、あの赤茶色の箱の中身の当たりも付くよね」
「……確かに」
そうして、残りの面子をそっち退けにして話し合い続けた二人は、『何となくの答え』が見えてきたと言う風に、揃って頷き合った。
「…………何時聞いても、お前等のする話にゃ、これっぽっちも付いてけねえよ……」
「俺も。……俺達にも、もう少し判り易く説明してくれると嬉しいって言うか、何で、半分とは言え、上の水がそういう水だと、その、トト=ヘルメス? とか言うのの石碑と関係が生まれるのかも、全然判らないんだけど……」
だが、意思の疎通が出来たのは、九龍と甲太郎の二人だけで、特にこの手の話はからっきしな京一と龍麻は、何が何やらさっぱり、と言い出し、劉も壬生も阿門も、今一つピンと来ないような顔付きをしていたので。
「あ、御免なさい。ちゃんと解説しますって」
主に、ブー垂れた兄さん達へ愛想笑いを振り撒いてから、九龍は推理話の続きに戻った。