「重水は兎も角、超純水は、遺伝子とかを弄る為に『連中』が持ち込んだか此処で拵えたかした物だってことにして、一旦こっち置いといて。トト=ヘルメスが刻まれた石碑もどきに付いて解説しないと、俺と甲ちゃんが何言ってたか、訳判らないですよね。──ってことで、今度はそっちの話をば。……トト=ヘルメス。別名、Hermesヘルメス Trismegistusトリスメギストゥスに付いて」

「ヘルメス・トリスメギストゥス──確か、『三重に偉大なヘルメス』と言う意味だったな。先程お前が言っていたように、トト神とヘルメス神とを融合した存在で、が、古代、三度の転生を果たした偉大な賢者であり、実在の人物、との伝承があった筈だ」

「おおう。……うん。帝等、その通り。ヘルメス・トリスメギストゥスは、一番目の人生の時にはピラミッドをも造った、伝説的な錬金術師って伝えられてて。錬金術の奥義を記した『エメラルド・タブレット』や『トトの書』の著者とも言われてる。両方共現物は未だに発見されてないけど、一八二八年、エジプトのテーベで見付かったライデン・パピルスに、ギリシャ語に翻訳されたエメラルド・タブレットの写しがあって、それには──。……えーと。何だっけ、甲ちゃん……」

「…………『こは偽りなき真実にして、確実にして極めて真正なり。唯一なるものの奇跡の成就にあたり、下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如し。万物が「一者」の考察によってあるが如く、万物はこの「一者」より適応によりて生ぜしものなり。太陽はその父にして、月はその母、風がを己が胎内に宿し、大地が乳母となる。それは万象の創造の父である。その力は、大地の上に完全たり』。……ここまでで、お前の言いたいことには足りるだろ? 何千年も前のジジイが書き残した、錬金術の奥義だの真理だのは、今はどうでもいい。必要なのは、そこの石碑もどきに刻まれてるトト=ヘルメスと同一視されてる、ヘルメス・トリスメギストゥスの言葉の中に、『大地』を乳母とする万物創造の父の力が、『大地』の上で完成されるって部分があるってことだ。……大地が育てた、大地の上で完成される、万物をも創造し得る力。要するに、龍脈のことかも知れないって、言いたいんだろう?」

「……うん。正解。エメラルド・タブレットの中に書かれてる『その力』がある此処で、『連中』は、『その力』に付いてもよく知ってたっぽいヘルメス・トリスメギストゥスが伝えた某かを、やらかしたんじゃないかな、って言いたかったのです」

「…………ったく。長ったらしくて、何が言いたいんだか、さっぱり判らない文章なんか暗唱したから、頭が痛くなってきちまった」

解説になっていなくはないけれど、やはり一部の者達を置き去りにする風に、九龍は、阿門と甲太郎と共に語り続けて、九龍に乞われ、エメラルド・タブレットの一節を暗唱した甲太郎は、ブツブツ言いながら、上着のポケットから頭痛薬入りのピルケースを引き摺り出す。

「あっ! 甲ちゃんは、まーた、そういう薬の飲み方するっ! 駄目だってば、ホントにもー……。見逃すのは今回だけだかんなっ。────えーーと、そういう訳で。そうやって考えると、上の水溜まりの中身と石碑もどきを拵えた『連中』は、此処──龍脈の最深部らしきここで、龍脈の力を使って、DNA絡みの何かをしようとしてたんじゃないかなー、って考えられなくもない訳でして」

数日前の阿門邸でもそうしたように、酷く乱暴な薬の飲み方をした甲太郎をぷりぷりと叱ってから、九龍が話を戻せば、

「…………成程。『連中』、ね」

「あー……。そういうことかいな。あれか……」

天香遺跡でのあれこれに、多少なりとも関わった際の記憶が甦ったのか、彼等の言う『連中』が誰達を指しているのかが悟れてしまったらしい壬生と劉が、龍麻達や九龍達の顔を、順番に見比べた。

「……えー、その辺に関しては、何と言いますかですね……」

「九龍。大丈夫。────『連中』が誰達かなんて、壬生も弦月も、ぜーんぜん、判らないよねー? 何のことだか、さっぱりだよねー? 興味も無い、此処出たら忘れちゃう話だよねー?」

故に、この話を続ける限り、何時かはバレると思ってたけど……、と九龍は焦り顔を拵えたけれども、しどろもどろになった彼に龍麻が助け舟を出し、にーーーーっこり、と笑んで、二人へ圧力を掛けたので。

「『連中』? 何のことだい?」

「わいには、よく判らん話やなー」

「……御免なさい、有り難うございます。恩は、何時か返しますんで!」

苦笑しつつ、はいはい、判ってます、そんな風に脅さなくても大丈夫、と揃ってわざとらしく恍けてくれた二人と、庇ってくれた龍麻へ、九龍はぺこりと頭を下げた。

「んで? 細かいことはさっぱりだけど、『連中』が、龍脈の力使って遺伝子絡みの何かをしようとしてたのかも、ってのは俺にも判ったけどよ。その、何かって何だよ。当たりは付けられんのか? それ次第で、俺とひーちゃんの出方も変わってくっから、話してくれよ」

そうしても尚、九龍は、結構な無茶を強いちゃったかも……、と言いたげな顔をし、だから、その話にはもう触れるなと、京一が先を促した。

「あ、はい。んとですね、とすると今度は、そういう人物が描かれてる石碑もどきと、赤茶の箱っぽいアレが繋がるんです。──伝説では、ヘルメス・トリスメギストゥスは、自身の著書のもう一つの方──七十八ページからなる『トトの書』、若しくは『不死の鍵』って呼ばれてるものを、弟子達に与えたことになってます。それは、人間の再生方法、意識の拡張方法、神々を見る為の方法の三つが書かれてる書物で、受け継いだ弟子達は、先ず、それを黄金の箱に収めたんだそうで」

「黄金の箱? けどよ、あれは──

──『先ず』って言いましたよ? 俺。……続きがあるんです。トトの書は、先ず黄金の箱に入れられて、厳重に封印されてから、銀の箱に入れられて、銀の箱は象牙の箱に、象牙の箱は青銅の箱に、青銅の箱は銅の箱に……、ってな具合に、過剰包装みたいに箱から箱に入れられ続けて、最後は鉄の箱に入れられて、やっぱり厳重に封印された鉄の箱は、ナイルの川底に沈められたんだとか」

「何だ、そりゃ……」

「……ま、俺も正直、京一さんと同意見ですけど、伝説の言い分通りなら、過剰包装チックに封印されてナイルに沈められちゃったトトの書入りの鉄箱は、年月隔てれば、丁度、あそこの箱みたいになる訳で。で以て、俺達の目の前にあるあれが、トトの書を収めた箱だとすると、トトの書に書かれてるって言う三つの内のどれかと、『連中』が此処でしようとしてたことが繋がる訳で。ま、DNA弄る為の超純水拵えたくらいですから、人間の再生方法だろうってのは明白ですけど。…………但。今更ですからぶっちゃけた言い方しちゃいますけど、此処での『連中』の目的は、再生は再生でも、天香の遺跡でのアレみたいな、不老不死関係のことじゃなくって。死者を生き返らせることなんじゃないかと。所謂、甦り、ですな」

────ヘルメス・トリスメギストゥスが記したトトの書が収められているのは、幾重にも封印され、母なるナイルの川底に預けられた筈のかねの箱。

……そう九龍が告げた時、誰もが目線をくれたそれを、自身も又見遣って、ならば、かつてこの場所で行われていたことは、転生に関わる某かだろう、と彼は言う。

「トト神は、神々の書記で、死者の王で、魔術の王で、時の神で、医療の神で、嘆願の神。彼の持つ銀の舟は、死者の魂を乗せて冥界へと渡る。ヘルメス神は、魂の運び手。生者と死者の世界を自由に行き来して、死者──特に英雄の魂を冥界に連れて行く神様。……黄龍も。黄龍は、冥界の神でも魂の運び手でもないけれど、黄泉の国は黄龍の領分。そして、トト神でもヘルメス神でもあるヘルメス・トリスメギストゥスは、三度の転生を果たした人物」

「だが……、どうやって甦りなんか……」

「……さーねー。正体は何だか知らないけど、自分達は高次の存在だからー、とか何とか言い張っちゃった挙げ句、神様だけの世界に踏み込んで、命を弄ぶのがお得意な馬鹿野郎様達の考えてることなんか、俺達には解りっこないよ。解る方がおかしい。だから、俺に判るのは、上の水溜まりの半分と、この空洞の中にあるモノが示してるのは、全部、そっち方面の絡みを持ってるってことだけ」

主張を受け入れるのは吝かではないが、一体、如何にすれば、黄泉よりの帰還などを果たせると言うのか、と甲太郎は低く呟き。

そんなこと、解ろう筈も無い、と九龍は肩を竦めた。