「甦り……。若しくは黄泉還り……。……それに、龍脈や黄龍の力を、ってことかな……。でも…………」
「……あの時みたいなことかいな? ……ほれ、あの──」
「──『彼女』のケースは、参考にはならないと思う。『彼女』は、完全な死者じゃなかった。あの時、御門さんが言った通り、『彼女』はあの事件の後、何かの弾みで生者でも死者でもない位置付けに置かれてしまって、言わば、宙ぶらりんな形だったから帰還出来たんじゃないかな。何処までも、イレギュラーだよ」
「つーか、その辺のことは、俺達にはどうでも良くねえ? 本当に、『連中』にそこまでのことが出来てたとしての話だけど、俺達に必要なのは、だってなら、奴等は、どうやってそこまで龍脈を操れてたのかってトコだろ」
年下な彼等の話を聞き終えた途端、年上四名は無意識の内に、ほぼ完全にプライベートモードに突入し、あれこれ言い合い始めた。
それは、『ブツ』そのものに興味を惹かれた所為でもあったし、『ブツ』が相応の可能性を秘めているのに気付いた所為でもあった。
その為に此処までやって来た龍麻や京一は言わずもがな、残りの二人も。
壬生も劉も、龍麻と京一が此処に来た目的は知らぬままで、壬生に至っては、此処に眠っているかも知れない『ブツ』が、『黄龍封印問題』解決の糸口になるやも、と言うことすら聞かされていなかったけれども、その辺りのことは、これまでの経緯で薄々察せられたので、四名揃って、仕事も立場もそっち退けにして思う処を告げ合い、その果て。
「……確かに、京はんの言う通りやな。問題はそこや」
「だね。それが判れば、黄龍の封印のことも、解決出来るかも知れない」
「何はともあれ、トトの書って言うのを手に入れてみるしかないよ。解読は、『専門家』に任せればいいし」
「確かに。そいつを手に入れてみりゃ、どうなるにせよ話は進む」
「でも、京一。開け方──」
「──何言ってんだ、ひーちゃん。九龍達の予想通りなら、あれの中身は幾つもの箱と古臭い本なんだろ? しかも、たった一冊。……ぶっ壊しちまったって問題ねえよ、そんなん」
「……確かに」
あの箱の中に、己達が求めることの手掛かりが眠っているかも知れぬと言うなら……と、石柱に凭れるのを止めた京一が、腰の刀に手を掛けた。
「わあっ! 中身の見当が付いたからって、壊しちゃ駄目ですってば! 実力行使は駄目だって、さっきから言ってるじゃないですかーっ!」
「馬鹿、止めろ! どうして、あんた達は何度言ってもそうなんだっ!」
容れ物を壊せば中身は手に入る、と至極単純に考えた京一同様、彼の意見に頷き、具合を確かめる風に手甲に触れながら龍麻も立ち上がり、手っ取り早く物事を片付けようとする二人を、九龍は悲鳴を上げて、甲太郎は半ば罵声で留める。
「本当に。ついさっき、葉佩君達にも僕や劉にも、そういうことはするなと止められたばかりなのを、もう忘れた?」
「……あんな。アニキ達も、たまには、ちいっと頭使うた方がええと思うよ」
二人に続き、壬生も劉も、真剣に頭を抱えながら、口々に彼等を止めに入った。
「うわー……。……京一、俺達、全員から酷いこと言われてる?」
「……みたいだな。──お前等、少し言い過ぎなんじゃねえか? 中身のことなら心配すんな、ちゃんと加減するからよ。壊しゃしねえって」
「そういう問題じゃないですってば! 天香の遺跡に転がってた宝入りの壷ぶっ壊すのとは訳が違うんですっ!」
「……何が違うんだよ。宝箱って意味じゃ、似たようなもんじゃねえか」
「だから! そうじゃなくて! 何の為に、ヒントのみであの箱の中身の見当付けたと思って──」
「──全てが伝説通りで、且つ、たった今、九ちゃんが捻り出した推理が当たってるとしての話だが。……あんた達にも、一応の想像力はあるだろうから、僅か七十八ページの本のサイズくらいは思い浮かべられるだろう? 相手は古代に書かれた書物だが。パピルスの巻物でも石版でもなく、『七十八ページの本』と言い伝えられてるんだから」
けれど、溜息だけを吐いて、我関せずと有らぬ方へ視線を流した阿門以外の全ての者に総掛かりで止められても尚、龍麻も京一も不思議そうにしてみせるだけで、九龍は、何処から何処までを語れば、この、オツムの中身も筋肉質寄りな二人に、どうして自分達が『暴挙』を留めようとするのかを納得して貰えるのだろう……、と頭を悩ませ、甲太郎は、先程とは違う意味での頭痛を覚えたのか、眉間辺りを押さえながら、半ば叫びと化した声を上げる九龍を制し、出来の悪過ぎる彼等を諭し始めた。
「……そりゃ、それくらいは。なあ、ひーちゃん?」
「うん。幾ら何でも」
「なら、その本が最初に入れられた金の箱の大きさも、大体想像付くだろう? それと同じで、入れ子状にされた全ての箱の大きさも、何となくは思い浮かべられるだろう?」
「………………た、ぶん」
「……まあ、大体?」
「なら、訊くが。目の前のあの箱は、あんた達のその想像を裏切ってないか? 幾ら入れ子にされているとは言え、たった一冊の本だけを封じてあるにしては大き過ぎないか? 勿論、真相なんか俺にだって判りゃしないが、あのサイズからして既に、あれの中には、伝説が語る書物以外の得体の知れない何かが、共に封印されてるかも知れないとは思わないか? もしかしたら、迂闊に封印を解いたら収拾が付かなくなるモノが……、とか。…………ま、何も彼も、可能性でしかない話だが、そんな風かも知れない物を、無闇に破壊して封印を解いたらどうなるか、あんた達でも判るだろう? ……それでも判らないなら、それこそ一度生まれ変わって、馬鹿を治してから出直してくれ」
取り出したアロマのパイプを銜えながら、完全な無表情で子供に言い聞かせる如く語って、甲太郎は、抑揚なき声のまま結構な嫌味も放ち、
「…………やらなきゃいいんだろ、やらなきゃ……」
「判ったから、そこまで言わなくてもいいってば……。へこむから止めてくれる……?」
この上無く噛み砕かれた甲太郎の説明に、うんうん、と深く頷いた九龍や、そのような事態に至る可能性すら潰して歩くのが仕事な壬生や、その手伝いが姉に仰せつかった使命な劉にジト目で見遣られて、やっと、京一も龍麻も、渋々ながら、無謀な実力行使を思い留まった。
「でも、じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「もしかして、俺達にはどうしようもないってこと?」
「…………やっぱり、壊しちまうのが手っ取り早くねえ? 碌でもねえのが出て来るって決まった訳じゃないんだしよ」
「まあね。碌でもないのが出て来たとしたって、何とかすればいいだけの話な気もするし」
尤も、二人揃って、小声でブチブチ言い続けるのは止めなかったけれど。
「……彼等は、何事も楽観と精神論で片付けようとするのを改めるべきだな。────葉佩、皆守。どうするのだ?」
「どうするも、こうするも。それでもあれに挑むなら、此処で掴めたヒントと、俺達が覚えてる限りの文献とか伝承とかを付き合わせて、どうにかこうにか知恵絞ってみるしかないっしょ。あの箱の中に、トトの書以外の何か──例えばトラップとか、本を守護してるモノとかが一緒に封印されてるとしても、正しく解いてやれば、その手のは解除出来るのがお約束だし。但……もう、これ以上のヒントはゲット出来てなくて、伝承とか文献とか思い出してみても、心当たりが一つも無いんだけどね」
「一旦、仕切り直すか?」
「そうした方が無難かもだけど、そういう訳にはいかないっしょ。仕切り直すなら、壬生さん達の仕事にまで待った掛けなきゃならなくなっちゃう。散々我が儘聞いて貰ってるのに、これ以上の我が儘は言えないよ。兄さん達だって、困っちゃうだろうしさ」
「……まあな」
「んー…………。無駄に『刺激』しないで、あの中身が何なのかの本当のとこ知る方法ってないかなあ……。ぶっ壊したとしても厄介なモノは出て来ないって確信出来れば、兄さん達の戦法使えるんだけどなあ……」
そんな小声のブチブチを拾い、「未だ言うか!」と壬生と劉に突っ込まれた彼等へ、理解出来ない……、と首を振った阿門も交え、宝探し屋チームは、遠巻きに箱を見詰める。
やっと、ブチブチを引っ込めた京一や龍麻も、二人を留めるだけで精根尽き果てそうな壬生も劉も、物理的な距離の上ではほんの少しばかり遠いだけのそれへ、ひたすら視線を注いで。
「あの箱の中身など知って、どうすると言うのだ?」
何も思い浮かばないと、むうむう唇を尖らせた九龍の肩に、ポン……と、流れるような所作で、綺麗に揃えられた手が乗った。