「ヒッ…………!!」
「げっっっ」
「ヤバい……っ」
肩を叩いてきた、大変見覚えのある形をしている手も、掛けられた聞き覚えのあり過ぎる声も、誰の物なのかを如実に物語っていて、恐る恐る振り返れば、思った通り己の真後ろに、にこにこと笑んでいる龍斗が立っており、九龍は、喉の奥に籠る引き攣った悲鳴を上げ、ギクリと身を強張らせ声へと視線をくれた京一と龍麻も、龍斗と、大抵の場合セットな京梧がいるのに気付いて、咄嗟に隠れる場所を探した。
「揃いも揃って、幽鬼に出会したような態度を取らずとも良かろうに」
「確かに。────処で、弦月。龍や龍麻達と共に、何やら随分熱心に語り合っていたようだが。一体、何をしていた?」
諸々をさっさと諦めたのか、甲太郎だけは、アロマと共に深い息を零すのみだったけれど、九龍と京一と龍麻は無駄な足掻きを止めず、彼等と共に実姉も姿現したのを見て取った劉は、そそくさと身を縮めて壬生を盾にし、判り易い態度を取った実弟を、瑞麗は一睨みする。
「坊ちゃま。ご無事でございますか?」
「ああ。心配ない。厳十朗、お前の方は?」
「私は、皆様と行き会っただけでございます。それこそ、ご心配には及びません」
天晴なまでに氣も気配も断って忍び寄って来た一団の中には、千貫も、瑞麗が拾ったのだろう、びしょ濡れの鴉室もおり、だからと言って慌てふためく必要は一切ない阿門だけは、極々当たり前に己が執事殿とのやり取りを始め、壬生は、己に被害が及ばぬよう、無言の内に、劉の盾の役目を放棄して、
「…………餓鬼共。そこに並んで正座しろ」
「弦月、お前もだ」
龍斗とは真逆に、不機嫌この上無い顔をした京梧に餓鬼共呼ばわりされた四名と、姉に命じられた劉の計五名は、渋々、言われた通り、その場に並んで正座し──途端、龍麻達は、脳天目掛けて振り下ろされた京梧の神刀・阿修羅に、劉は、振り被られた姉の拳に、ゴガン! と制裁を喰らった。
「ったく……。こそこそ隠れて、こんな所にまで潜り込みやがって」
「此処がどのような場所なのか、お前達は弁えている筈だな。なのに、私達の目を盗んで『悪巧み』などをしようとするから、こういう羽目になる。序でだ、もう少し思い知っておくか?」
「いえ、もう充分です。隠れて色々やって、すみませんでした……」
「……御免なさい。反省してます。とっても反省『は』してます」
「痛ってー……。思いっ切りやりやがったな、馬鹿シショー……」
「ま、こうなるような気がしなくもなかったが……」
ここまでされる覚えはない、と全員喉まで出掛かったが、一瞬、目の前が真っ白になって、視界が戻ったと思う間もなく、くらりと景色が揺れた程に手加減なくぶん殴られたのに、この上龍斗にまで引っ叩かれて堪るかと、彼等は揃って、ごにょごにょと文句を飲み込む。
一部は、御免なさいも言おうとはしなかったけれど。
「堪忍! 堪忍って! 已經再不違抗姐姐!」
「全く…………」
そして、不服そー……にご隠居達を見上げた彼等の横で、劉は大声で詫びを叫び、瑞麗は、苛立った風に髪を掻き上げた。
「………………あのー、処でー……」
「何だ? 九龍」
「龍斗さん達、何時からいたんです? 俺達の話、何処から聞いてました?」
「粗方は聞いた」
「……あー、そうですか…………」
「尤も、私には、お前達が語らっていたことの殆どが判らなかったが。けれど、瑞麗と千貫殿には会得出来たようだったし、思った通り、お前達が此処で『悪巧み』をしようとしていたと言うのは、私にも判った。──九龍? そういう訳だから、今更の言い訳は無駄だ」
「いえ、その、言い訳がしたい訳じゃなくてですね。何と言いますかー。此処のことは重々承知してるんですけども、止むに止まれぬ事情が、と言いますかー……。別にですね、此処を荒らしてまでどうこう、とか、そーゆー物騒なことまでしちゃおうとか考えてた訳じゃなくてですな、ヒジョー……に個人的な熱意と、やはり何処までも個人的な家族愛の発露と言いますか」
「すまない。お前が何を言いたいのかよく判らない」
「……あー、要するに。──悪気はないです! これっぽっちもないです! すみません、御免なさい! でも、もう一寸で何とかなるかも知れないんで、もう少しだけ見て見ぬ振りして下さい、お願いしますっっ!」
劉姉弟の間に横たわる、絶対の力関係をありありと示す光景を横目に見ながら、九龍は、殊勝に正座だけは続けつつ、暫くは説教気分を引っ込めてくれそうにもないご隠居達の顔色を上目遣いで窺って……、が、もう少しだけ探索を続けたいから、説教モードを引っ込めては貰えないかと、大声で頼み込んだが。
「目指していただろう物を目の前にした宝探し屋相手に言うことではないが。……龍。この場所やあの箱が何であれ、これ以上、お前達の好き勝手を許す訳にはいかないのでね。そろそろ、諦めてくれないか?」
その所為で、瑞麗の矛先が、実弟でなく九龍へ向いた。
「ええー…………。……一寸だけ! ほんとに一寸だけなんです! ルイ先生、もうちょーっとだけ、目、瞑ってて貰えません……?」
「他ならぬ君の頼みだ、頷いてやりたい処だが。流石にこればっかりは、俺も、瑞麗と同じ意見だな。君達の話を聞き齧った限りじゃ、あそこの箱には、君達が探してた宝以外の『ナニカ』も入ってるかも知れないんだろう? 抉じ開けたら最後、取り返しが付かなくなるかも知れないブツを弄られるのは、俺達としては見逃せない。……だから、九龍君。ここは潔く諦めよう! な? それがいいって。謎は謎のままにしとくのも、又、ロマンじゃないか!」
たっぷり水を含んだコートの裾を絞りながら、ひょこひょこ近付いて来た鴉室も、彼女のように、そうすれば穏便にこの一件が落着する、と彼を諭した。
「…………イーヤーーー! 嫌ったら嫌ー! いーやーだーーー!! 目の前に『ロマン』が転がってるのに、諦めるなんて出来っこないーーー! ぜっっっっっっ…………たい、嫌!!」
しかし、九龍は子供のような駄々を捏ね、手足もバタバタさせつつ抵抗する。
「九ちゃん……。突っ撥ねるにしても、もう少し言い様があるだろう。ガキじゃあるまいし……」
「言い方なんかどうだっていいやいっ! 駄々っ子なガキで結構っ! ここまで来て諦めるなんて、そんなん宝探し屋のすることじゃないっ! 断固拒否! 絶対拒否! 俺にだって、宝探し屋のプライドくらいあるやいっ!!」
そんな姿に呆れ果てた甲太郎に、大人の交渉をしろと嗜められても、半ば引っ繰り返った亀のような体勢になった九龍は、全力でのジタバタを止めず、流石に見兼ねたのか、すすっと龍斗が寄って来て、すとんとしゃがみ込み、彼と目を合わせた。
「九龍。どうすれば、お前はあれを諦める?」
「…………諦めるって言う選択肢を検討するのも嫌です! 宇宙刑事は『ロマン』って言いましたけど、今日のこれはロマンじゃないです、ロマンだけどロマンだけの仕事じゃないです、信念と家族愛の問題なんですーーーーーっっっ!!」
「……お前も、随分と情が強
「……………………駄目って言うか……。……だって。だってだってーー!」
本当に小さな子供を嗜める風に優しく言う彼に、九龍は、それでも不服を垂れ続けた。
が、どうしても、彼の言葉は詰まり気味だった。
例え生涯を懸けてでも、未だ世界の何処かに眠り続けているかも知れない《九龍の秘宝》を全て探し出し、悉くこの世から抹殺するのだと誓っているのも、《九龍の秘宝》を探し続ければ、『黄龍の器』と『剣聖』と言う、特別な『肩書き』を持つ龍麻や京一の、『特別な肩書き』故の問題に光を射せるかも知れぬのも、『部外者』だらけのこの場では、口にしたくなかったから。
「ふむ。理由
────誰に何と諭されても、目の前の『あれ』を諦めたくない理由は様々あるが、多くを言葉に出来ない。……との、九龍の抱える事情を薄々察したのだろう。
そんな彼の態度を眺めて、龍斗は軽く溜息を吐き、
「………………なら、九龍。諦める代わりに────」
交換条件らしい某かを言い掛けて…………、けれど。
途中で口を噤み、僅かばかり眼差しを細めつつ、徐に立ち上がった。