「……京梧」
「判ってる。──ったく。何時までもぐだぐだ言い合ってやがるからだ。急いた甲斐がねぇじゃねぇか」
立ち上がるや否や振り返って呼び掛けてきた龍斗へ、それまでは、半ば難癖のようなことを言いつつ馬鹿弟子を小突いていた京梧が応えた。
人々を押し退ける風に進み、一歩だけ龍斗の前へと出、刀の柄に手を掛け何時でも鯉口を切れるようにしながら。
「成程。追い付かれたようですな」
「そのようだ。…………さて、一体何者か」
「昼間、九龍様達を尾けていた者達なのに違いはないでしょうが、正体までは、私にも。予想だけなら付きますが」
「……私もだ」
────何者か達──恐らく千貫が口にした通りの者達が、『その場』へと近付いて来ているのを悟ったのだろう。
構える態度になった龍斗や京梧から一拍程遅れて、千貫や瑞麗も二人が見詰めた方向へと視線を流し、青年達も又、至極当然のように半ば臨戦態勢を取り掛けた。
「……甲ちゃん。甲ちゃん」
「あ? 何だよ」
「龍斗さん達が言ってる、こっち向かってる誰か達って、『あいつ等』かな?」
「さあな。だが、あいつ等が一番、確率は高いんじゃないか? それとも、それ以外の心当たりでもあるのか、九ちゃん?」
「いんにゃ。ロゼッタの誰かかなー……、なんて、薄らぼんやり思わなくもないけど、あいつ等──レリック・ドーンの連中って予想が、やっぱり一番正解に近いんでないかい? 毎度毎度、何処からどうやって嗅ぎ付けてくるんだか、って突っ込んではみたいけど、例えば、俺達の動き掴んでたM+Mの中にレリックの下っ端が紛れてて、そっから芋蔓式にバレた、とかは充分有り得るやね。苦労せずに美味しい所だけ掻っ攫おう、ってやり口も、あいつ等っぽいし。…………但。だとすると……────」
が、九龍だけは、酷くかったるそうな態でGlock18Cのマガジンを装填し直した甲太郎の上着の裾を引きつつ、小声でブツブツ言いながら考え込む風になった。
「京梧。任せて良いか?」
「あん? そりゃ構わねぇが、お前、どうするつもりだ?」
「向かって来ている者達が何処の誰なのかは判らぬが、良からぬ者達なのは確かなようだ。漂って来る氣が、そう言っている。あのような氣を振り撒く輩に、余計なことをされたら堪らない。だから今の内に、あの箱だけでも何とかしてしまおうかと」
「……判った。んじゃ、そっちは任せる」
「ああ。──九龍も良いな? 聞き分けてくれ」
何時までも、ブツブツブツブツ呟きつつ、『どうするのが最も妥当か』を悩み続けている風になってしまった九龍を、ちらりとだけ一瞥し、もう構ってはいられない、と龍斗は、京梧達に後を任せると、例の石碑もどきの向こう側へと足を進めて──だが、持ち上げ掛けた右手を止め、眉間に皺を寄せる。
「龍斗さん? 何か?」
あの箱を何とか、と言い切った際の彼からは微塵も感じられなかった戸惑いが、急に端整な横顔に浮かんだのを見て取って、傍らへ龍麻が寄った。
「少し、困ったことが」
「あんまり聞きたくないんですが…………、何が困ったことになってるんです?」
「あの箱の中身が何かを『尋ねる先』を、私は持っている。故に、私にはあれの中身が知れている」
「………………毎度のことですけど、本当に龍斗さんは、卑怯ですね、色々が。……で?」
「卑怯、と言われても困るし、龍麻、お前が何を以て卑怯と言っているのか、私には判らぬが……兎に角。『力』を使えば、あの箱も、不埒な輩達の手は届かぬように出来ると思ったのだけれども。それをするのは、今『は』具合が悪い」
「え、龍斗さん、この手の封印関係得意ですよね。なのに? って言うか、今『は』具合が悪い……?」
「只の鉄でしかない箱は別にしても、『中身だけ』ならば、封じられぬこともないようだ。但。どうも、そうする為には『只の力』ではなく、黄龍──龍脈そのものに繋がる『力』が要るらしい」
「へ? えっと…………?」
「ほら、何時ぞや話してくれたろう。天香の学び舎で、九龍達と共に、長髄彦と言う者を相手にした時のことを。恐らく、その時にお前がしたような力の使い方をしなければならない。……それは、流石に拙かろう? 『人の目』が多過ぎる。お前によく似た力、ではなく、今生の黄龍の器であるお前と、ほぼ同じ力を私が持っていると彼等に知られたら、私や京梧が、この時代の者ではないとも知られるかも知れない。だからと言って、こんな場所で、お前に黄龍の力を振るわせる訳にもいかぬし……」
傍らに立ち、不都合でもあるのかと問うてきた龍麻へ、龍斗は小声で低く告げた。
「……成程。でも、本当に、こっちに来てるのがレリックの連中なら、放っとく訳にもいかないだろうし、追い返した処であの連中が諦めるとも思えないし……」
「ああ。だから困っている。『力』ではどうにもならぬなら、術者──瑞麗達に任せるしかなかろうが、術は、術を知る者に何時かは解かれる」
「今やって来てる連中を追い返して、改めて……、とかじゃ駄目ですか?」
「『れりっく』とやらは、そんな風に悠長にしているのを許してくれる相手か?」
「……ですね」
思惑は外れ、最も手っ取り早い方法が取れぬと知った龍斗は、眉間に刻んだ皺を深め、龍麻は、「一体どうしろと……」と、思わずの腕組みを始め、
「……ラッキー」
こそこそとした二人のやり取りを小耳に挟んだ九龍は、彼等の様を横目で窺いつつ、ボソっと呟いた。
「は? ラッキーだぁ……?」
「シーーーーっ。甲ちゃん、大声出さないっ。龍斗さんと京梧さんに聞こえちゃう」
やって来る輩達がレリック・ドーンだろうが他の組織の者だろうが、これだけの面子が揃っているのだ、退けるのは容易かろうが、一先ずは退却を余儀無くされたとしても、こんな所まで潜り込んで来る『酔狂』な連中が、《秘宝》、若しくは《秘宝》に繋がるかも知れぬモノを簡単に諦める筈は無いから、どの策を採るのが一番いいか、頭の片隅にて真剣に考え始めていた甲太郎は、耳に届いた九龍の呟きに、「何、馬鹿を言ってやがる」と眦吊り上げたけれど、九龍は、「メッ!」と甲太郎を叱り、慌てて隠居達の様子を窺った。
「聞こえちゃう、って、九ちゃん……。お前、何を考えてる?」
「ん? イイコト。いいことっても、宝探し屋にとってはいいこと。……ま、要するに、今さっきも言ったみたいに、一言で言えば、ラッキー! ってことだよ、甲ちゃん」
……幸い、九龍の小声の呟きも、甲太郎の呆れの声も、その後に続いたコソコソとした言い合いも、ご隠居達の耳には届かなかったらしく。
「どうやら、お出ましだ」
何処となく浮き浮きと、京梧が腰の刀を抜き去ると同時に、彼等の背後の岩陰より、幾つもの銃弾が、彼等目掛けて放たれた。