鍾乳洞に似たその空洞に響き渡った、乾いていて何処となく軽い銃声は、短機関銃──H&K社のMP5Nのそれだった。

同社のMP5をベースに、Navy SEALsよりの発注を受け開発された、精密さを誇るこの短機関銃は、コントロールが容易で集弾率も良い。

が、高性能故に高価で、精密故に部品数が多く、砂や泥に弱い、と言う欠点を持っている。

「神夷さん。お願いしたいことが」

「頼み?」

「はい。……────

────そんな、MP5Nの長所も短所もよく知っているらしい千貫は、何処より放たれた銃弾の雨を、抜き去った刀を宙を斬る風に振って事も無げに弾き返してみせた京梧に、何やら耳打ちをした。

「あん?」

「出来ますでしょうか?」

「んなこたぁ、雑作もねぇが……。……まあ、いいやな。お前さんの言う通りにすりゃあいいんだな?」

「ええ。お手数ですが、宜しくお願い致します」

こそりと、囁き声で『お願い』をされた京梧は、一瞬のみ、きょとん……、とした様子を見せたが、乞われるまま、再度刀を振るう。

「剣掌奥義・円空旋!」

彼の手により操られた真刀の切っ先より迸った『力』は、銃弾を送り込みつつもいまだ一同の前に姿を現さぬ何者か達でなく、その場の上部から垂れ下がる太い岩の柱や、其処彼処の岩肌から滲み出ている湧き水の溜まりを目掛けて走り、石柱を崩し、泥水を逆巻かせ、砂と飛沫を牙の如く纏った疾風で辺りを覆った。

……牙とも刺とも言えるモノを生やした、色の付いた風が一帯を席巻していく光景は、あたかも煙幕を撒き散らしたかのようで。

その様を見詰め、一瞬、姿を見せぬ敵の目を眩ますには有益だ、と思った一同は、直後、敵の為の目眩ましとも成り得てしまうことを、千貫は京梧に頼んだのだと気付き、僅かに訝しんだ。

が、深く疑う間もなく、この状況は己達により有利だと踏んだのだろう何者か達が、風の向こうから、とうとう飛び出て来た。

フルフェイスのマスクを被り、ボディアーマーで身を固め、MP5Nを腰撓めに構えた男達──九龍達の予想通りの相手、レリック・ドーン配下の者達が。

「何時出会しても、金に飽かした装備をひけらかすのが好きな団体だ」

「金が掛かってるとか掛かってないとか、そんなことはどうでもいいが。厄介なのは確かだよなあ……」

「お前にとっては、そうだろうな」

「…………一言余計」

空気の層のあちら側に、霞む影のようにゆらりと浮かび上がったレリック・ドーン達の姿を横目で見遣り、ボソリ、呆れたように瑞麗が呟けば、半ばの同意を示す風に鴉室は腕を組みつつしたり顔で幾度も頷いて、そんな彼を鼻で笑った彼女と、どうしてそうも毎度毎度突っ掛ってくるのかと眉間に皺寄せた彼の、壬生や劉を辟易させる言い争いが始まり掛けるも、

「うるせぇな、ごちゃごちゃと。……で? 何が厄介なんだ?」

「お二人が言っておられるのは、あの、アーマーのことです」

「あーまー?」

「……鎧のことでございますよ。弾丸も刀も通さない、とても硬くて丈夫な糸で出来ております」

うるさい、の一言で京梧がそれを制し、必要なことだけ簡潔に言えと、機嫌を損ね始めた彼へ、常と変わらぬ口調の千貫が、さらりと語った。

「鉛玉も、刀も、か」

「はい。……ですが──

気楽な感じで千貫が告げたことに、確かにそれは、厄介と言うか面倒臭い、と京梧が顔顰めれば。

「世の中、『完璧』な物など、早々はございませんので」

声の調子も、好々爺の如き表情も変えず、千貫は右腕を霞ませる。

────レリック・ドーン配下の者達が身に着けているアーマーは、スペクトラと言う繊維を素材としている。

スペクトラ繊維は、特殊なポリエチレン──強引且つ簡潔に述べるなら、極めて強靭なナイロン繊維で、防弾・防刃チョッキや、その手のコーティングに使われる。

恐らく、その類いで最も名を馳せているのはケブラー繊維だが、スペクトラ繊維は、ケブラー繊維よりも防弾・防刃効果に優れると言われる。

防火性に劣る部分がなくもないが、ボディアーマーとしての完成度を疑う余地は何処にもない。

千貫の言葉通り、絶対に、ではないが、大抵の場合、弾丸も刃も防ぎ切ってみせる。

だか、スペクトラ繊維には、鋭く尖った物による刺突に弱い、と言う欠点があり。

…………それを、千貫はよく知っていた。

──だから何時しか、天香学園内のBar・九龍のバーテン、との顔も持つ彼の手には数本のアイス・ピックが握られていて、霞む程の速さで振られた右手より、常は氷の塊を砕いている、彼愛用の鋭く尖ったそれ等は、京梧の円空旋が巻き上げた砂と飛沫からなる目眩ましに紛れたまま、襲い来た者達の胸や腹を貫いた。

『優秀なボディーアーマー』をも突き破って。

「……成程」

それを我が目で確かめ、一度だけ、指先でポリッと頬を掻き、京梧は刀の柄を握り直して、瑞麗や鴉室も地を蹴った。

「ひーちゃ──

──京一さん、龍麻さん」

非の打ち処のない執事殿が見せてくれた『手本』を参考にすれば、高性能ボディーアーマーも大した障害には成り得ぬと、京梧を筆頭に、彼等は次々戦いへと繰り出して行き、あっと言う間に乱戦の様相を呈した場に己達も加わろうと、飛び出し掛けた京一と龍麻の服の背を、九龍は引っ掴む。

「あ? 何だよ」

「九龍、今は悠長に話なんか──

──悠長にしてる場合じゃないから、引き止めたんですってば。……物は相談なんですけど。物凄ーーー……く、出たとこ勝負なことしようとしてる自覚もあるんですけど。…………この際ですから。『あれ』、ぶっ壊しちゃいません?」

不謹慎なれど、「うきうきと勇んで」と例えられないこともない気分でレリックとのやり合いに挑もうとした正にその時、待ったを掛けられた血の気の多い二人はブー垂れたけれども、九龍は小声で素早く、『悪魔の誘惑』を彼等へと囁いて、傍らの甲太郎に、無言のまま蹴りをくれられた。

「……甲ちゃん。俺、レリックの奴等にどうこうされる前に、甲ちゃんにどうこうされる気がする…………」

「九ちゃんが、馬鹿しか言わないからだろうがっ。この二人を唆してどうすんだっ!? あれから何が出て来るかの確証もないってのに!」

「あー…………。……まあ、その辺が、特に出たとこ勝負なんだけどもさ。少なくとも、黄龍や荒吐神クラスの凶悪なのが飛び出て来る可能性はほぼゼロだと思うし、だったら、この面子なら何とかなるだろうし、レリックがちょっかい出してきた所為でこんな風になっちゃってる以上、もう、他に選択肢なんかないってばさ。それに、さっきの龍斗さんの話、甲ちゃんも聞いてたっしょ? 今『は』、龍斗さんでも封印出来ないって。だったら、どさくさに紛れて兄さん達に箱ぶっ壊して貰って、中身奪取してトンズラするのが一番手っ取り早いって。大丈夫、きっと何となる! と思う! 多分だけど!」

「あのな…………」

「だってっ! 諦めたくないし、諦められないし! 《九龍の秘宝》に繋がる手掛かり兼『黄龍封印問題』解決の手掛かりになるかも知れないブツなんて、見逃すのも、手にする前に封印されちゃうのも、放置するのもヤだ!! そんなん、俺の信念と家族愛が許さないっ! ──と言う訳で! 兄さん達、宜しくお願いしまっす!!」

そんな誘惑を囁いたら、固よりその方法だけを主張していた、頭脳労働は得意でない二人が本当に破壊活動に走る、と甲太郎は足技で九龍を嗜めたが、九龍は、「諦めるもんか! この状況は、俺達にとってはラッキーだ!」と、つい先程まで見せていた慎重さを打っちゃって、掌を返した雄叫びをし、

「よく言った、九龍。任せとけ、中身は傷付けねえように、ちゃんと加減してやっから」

「うんうん。それが一番手っ取り早いって、思ってたんだよねー」

甲太郎の不安通り、京一と龍麻の二人は、揃って、パッと顔を輝かせた。