龍脈の『力』を使わずに、直ぐそこの鉄の箱をどうやって封印したら良いのかと、龍斗は考え込んでいた。
悩んでもいた。
この地の底にも当然在る、あの箱は何か、と言うことを甚く簡潔に『教えてくれた』ヒト以外の『皆』に、箱を具体的にはどう処理したら良いのか問うてしまいたくて、けれど常日頃から、彼等の世界や彼等の世界の理に、可能な限り踏み込まぬよう努力はしている──その努力が実っているか否かは別問題だ──彼なので、流石にそれは気が引けた。
だがしかし、様々な意味で浮世離れし過ぎている彼に、現実を、現実に即して、『人間の常識の範囲』で対処する、と言う能力は余り伴っておらず、そちら方面の知恵も、はっきり言ってしまえば微妙なので、背後で始まった戦いの喧噪を他所に、一人沈思を続けていた彼は、直ぐそこでのことだったにも拘らず、『子供達』が交わしていた物騒な会話すら、これっぽっちも聞いておらず。
「え? ……京一? 龍麻? お前達、何を!?」
何処までも直ぐそこで、京一と龍麻の氣が膨れ上がったのを感じて初めて、俯かせていた面を持ち上げ、『子供達』の不穏な動きに気付き、え!? と目を剥いた。
…………その時には、もう既に、龍斗をしても、嬉々として破壊活動を始めた京一と龍麻を制するには遅く。
「京一!」
「応!」
二人は、氣塊を放っていた。
先ず、龍麻が生んだ氣塊が件の箱を襲い、衝撃に軋みを上げたそれを、敢えて一呼吸遅く放たれた京一の氣塊が更に襲って、箱が、酷く耳障りな金属音を立てた瞬間。
宙を、白刃が走った。
箱へと駆けた京一が振り抜いた、刀が。
刀──天叢雲の銘を持つ彼の愛刀と、彼の力量は、見事、箱の上部三分の一のみを切り離し、剣圧に吹き飛ばされたそれは、数メートル程離れた所に、鈍い音を立てて落ちる。
「流石ですな、お二人!」
「馬鹿! 九ちゃんっ!」
──ズン……と、辺りを微かに揺らしつつ、刎ね飛ばされた箱の上部が落ちた途端、九龍と甲太郎は箱に駆け寄った。
九龍は、目指したお宝が、とうとう……! との喜びのみに駆られて。
甲太郎は、お宝のことだけで頭を一杯にしてしまった九龍をフォローする為に。
………………だが。
永き眠りから、酷く強引且つ乱暴な目覚めを迎えさせられた伝説の箱は、一同を拍子抜けさせる程、静寂を保ち続けた。
怪し気な煙を吐く訳でもなければ、奇怪な異音や光を放つ訳でもなく。
「……あ、れ………………?」
「これは……」
駆け寄り、ガバリと中を覗き込んだ九龍と、追い掛け、彼の襟首引っ掴もうとした甲太郎は、目にした箱の中身に動きを止める。
────断面から、古から伝わる伝説通り、数多の箱に入れられ続けた様子が見て取れた箱の中身の黄金の箱の、『更に中身』は、一言で言えば『布に包まった塊』だった。
丁度、お包みで包まれた、生まれて間もない赤子程度の大きさの。
但、『塊』は、つい昨日、箱に収められたかと見紛う程、痛み一つない、織り模様も鮮やかな美しい布で完璧に覆われており、中身が何なのか、見た目からは判らなかった。
「…………何だろう、これ……」
「まさか……、『見たまま』、か?」
「見たまま……。…………遺骸、ってこと? 赤ん坊の?」
「そう見えないか?」
「……見える。見えるけど…………。……でも、だとすると、どーゆーこと……?」
「さあな……」
「あ! でもでもでも! 甲ちゃん、見て!」
「ん? 本……?」
ピタリと動きを止め、揃って箱の中身を凝視し、次いで顔見合わせ、再び箱へと視線を落として、二人は仲良く首を捻ったが、織物に包まれた『それ』の下から角だけを覗かせている、本状の物を九龍が見付けた。
「あれが、ブツかも知れ──」
「──これっ。九龍っ!」
姿垣間見させるそれに、「もしかして! トトの書! 不死の鍵!!」と九龍は手を伸ばし──が、腕を伸ばし切る前に、駆け付けた龍斗に、ガッと腕を掴まれてしまった。
「……え、えへ…………」
「えへ、ではないっ! 少しばかり目を離した隙に、お前は……。……龍麻。京一。お前達もだ。九龍と甲太郎の巧言に惑わされてどうするのだ、良い歳をして。全く……」
「俺は、巧言なんか言っちゃいない。ちゃんと、九ちゃんの馬鹿を止めたが?」
「連帯責任、とやらだろうに。──兎に角。九龍、これは、お前達が望んでいるような物ではない」
ギリギリと腕を締め上げてくる龍斗に、てへへ、と九龍が浮かべた誤魔化し笑いが通じる筈も無く、彼は、九龍も、ブツブツと小声で潔白を主張した甲太郎も、そっぽを向いて知らん顔を始めた龍麻と京一も、一纏めにギロリと睨む。
「……あ。そう言えば、龍斗さん、さっき龍麻さんに、『教えて』貰ったから、この箱の中身が何なのか知ってるって言ってましたよね。……これ、何です?」
しかし、九龍はめげなかった。
「九龍……。どうしてお前は懲りない…………? ────『皆』に曰く、これは、柩だそうだ。収められているそれは、亡骸」
反省の色も欠片も見せず、二の腕を締め上げてくる龍斗の手の強さに顔を顰めながらも、好奇心や探究心でキラキラと瞳を輝かせ問いばかりを口にする九龍に、龍斗は匙を投げた風に、溜息付き付き、『皆』が教えてくれたことを伝えた。
「柩? へ、棺桶? んーーーーーーーー……? ってことは……、やっぱり、どーゆーこと……?」
「九ちゃんの立てた仮説の全てが全て、間違いだったとは思えないから、ひょっとすると、『それ』は、サイズから言って、天御子の赤ん坊の死体、ってことなんじゃないか」
「天御子の赤ん坊…………。……………………だとすると……────」
その『回答』を聞き、九龍は又、深く深く首を傾げ、もしかして……、と甲太郎は推測を語り、二人は再び、顔を見合わせる。
「……甲ちゃん」
そうして暫し、言葉にはし難い何やらを目と目でのみ語り合ってから、九龍は、ぼそりと甲太郎を呼んだ。
「……何だ? 九ちゃん」
「どうしよう……」
「どうしよう、と言われても。俺にも答えようがない」
「……おい。お前等。何をごちゃごちゃ言ってんだ?」
「どうしよう、って? 何か、拙いことでもあった? あの箱壊しても、別に何も出て来なかったろう?」
名を呼び合い、見詰め合ったまま、若干顔色を悪くしつつブツブツ言い合う二人を、何が何やらさっぱりな京一と龍麻が、解説出来るならしてくれと、未だ半ば程吊り上がった龍斗の目を気にしながら責っ付いたが、
「…………解説は、後でします。幾らでも、俺達に判る範囲で詳細にさせて頂きますがー……。今は、一言で勘弁して下さい。────ヤバい予感しかしません!!」
「はぁっ!?」
「ええっ!? 九龍、それって威張って言うこと!?」
ちょーーーっと拙いことになるかも! と正々堂々言って退けた九龍に、京一と龍麻は、揃って声を裏返した。