────ヤバい予感しかしない。
そうやって、声張り上げきっぱり九龍が叫び、うんうん、と何故か感慨深気に甲太郎が頷いた直後、彼等や、高く引っ繰り返った声を上げた京一や龍麻の足許が、ぐらりと揺れた。
「まさか、地震とか噴火とかじゃねえよな……?」
「龍脈に変化ないから、違う筈」
「……ひーちゃん、冷静に言うなよ」
「…………だってさー……」
軽かった、が、しかし確かな揺れをその身で感じ、京一と龍麻は若干現実逃避に走り、
「甲ちゃん、何が出ると思う?」
「何かが出るだけなら未だいいんじゃないか? 出現の前兆じゃなくて、崩壊の前兆かも知れない」
「……有り得るやねー」
「だろう? 龍斗さんが教えてくれた通り、あの箱が棺桶なら、寧ろ、崩壊の可能性の方が高い」
「だぁね。……んじゃ、纏まって欲しくない意見が纏まった処で。────皆ーーー! 逃げてーーー! 逃げて下さーーーーーーい! 多分ここ、崩れるーーーーー!!」
あーあ、やっちゃった……、との顔をして、酷く冷静に九龍と甲太郎は言い合い、もう、逃げるしかない! と九龍は大声で喚いた。
「龍! 何をやったっ!?」
「いや、一寸。その、俺と甲ちゃんと二人揃って、頭脳労働中に凡ミスを犯したと言いますか」
「凡ミス?」
「瑞麗! そんな話は後々! 逃げるぞ、生き埋めなんか御免だろっ?」
その大声を聞き付け、術の為の札や、龍斗に『教授』を受けたばかりの術を操り敵と対峙していた瑞麗が、どうやらミスを犯したらしい宝探し屋とそのバディの傍らに駆け付けて来て、徐々に増していく一方の揺れから、九龍の言う通り今は脱出を最優先すべきだと踏ん切った鴉室は、彼女の二の腕引っ掴んで、早々にその場よりの離脱を開始する。
「上に、どうやって報告すればいいんだろう…………」
「……壬生はん。もう、いっそのこと、一から十まで嘘並べ立てた方が、早いし穏便なんとちゃう?」
「阿門! 切り上げだ!」
面子が面子であったし、何より、一切の手加減も情けも要らぬから存分に好き放題暴れられると、心底楽しそうに、腕っ節に掛けては殆どチートの域に達している隠居の片割れが、大刀振り回して盛大に張り切った所為もあり、その頃には既に、レリック・ドーンと思しき男達は壊滅状達に近く、「一体、何の為にここまで来たのやら」と、ぼやきながら壬生や劉も脱出を始め、甲太郎は友を振り返り、
「御免っ! ほんと、御免なっっ」
激しく揺れ続けるそこで、何とか、暴いてしまった箱の傍らに膝付いた九龍は、小さな遺骸の下敷きになっていた本状のそれを引き摺り出してから、パン! と両手を合わせて詫びて、『魔法ポケット』より取り出した麻布にて、箱──柩を覆った。
「甲ちゃん! 帝等! 逃げようっっ。兄さん達も、千貫さんも! 早くっっ」
「応! ひーちゃん、行くぞ!」
「うん。って、あ、龍斗さんと京梧さん……」
「心配するだけ野暮」
「……確かに」
手にしたブツを、ギュムッとポケットの一つに押し込み、仲間達に声掛けて、彼も、京一や龍麻達も、又駆け出す。
「ったく、餓鬼共が。最後まで、碌でもねぇことやらかしやがって……」
「本当に。後で、子供達──特に九龍には、もう一度、とっくり言って聞かせなければ」
「言って聞かせるよりゃ、ぶん殴った方が早い。さもなきゃ、道場の床磨きだ。──で? どうすんだ、ひーちゃん」
「どうするも、こうするも。最早、どうしようもない。この洞は、成り行きに任せるより他ない。崩れるのは、ここと、上の池のような所のみだろうし、その程度で、此処──龍脈も、この路そのものも、どうにかなることはなかろうから」
一塊になって走って行く『子供達』を呆れた風に目で追いつつ、崩壊の音を上げ始めたその場に事も無げに佇む京梧と龍斗は語らって、
「あの箱と、中身は放っといていいのか?」
「ああ。洞が崩れ、龍脈との繋がりが断たれれば、あの者も天に還るだろう。……この洞は、ここをこんな風にした者達の、未練そのものだ。未練ばかりを残した場。崩れ去り、未練が消えれば、私達が手を出す必要などない」
「………………ひーちゃん。九龍が馬鹿やらかす前に、そいつを餓鬼共に話してやりゃ良かったんじゃねぇか? そうすりゃ、少なくともこうはなっちゃいねぇぞ?」
「あの場でか? 何故に、私がそれを知ったかの理由
「……あー…………。……すまねぇ。迂闊なこと言っちまった」
「気にせずとも良い。──京梧、私達も出よう」
ふい……、と辺りを見回し、この場所は……、と告げた龍斗と、うっかり失言をし、気拙そうに龍斗から眼差しを逸らせた京梧も、そこより去った。
残り僅かだったレリック・ドーンだろう彼等も姿を消し、落石が始まったその場からは、人の気配が絶えたかに見えたが。
九龍も甲太郎も、京一も龍麻も、阿門でさえも、己達の近くより、千貫の姿が消えているのに気付かなかった。
────轟音と振動ばかりが洞を満たす中、柩を覆った麻布へ、手が伸びた。
もう、その場からは消えた筈の人間の腕。
手は、そっと、だが素早く布を掴み、再び柩の中身を晒すべく動き掛けたが、それが為されるよりも一瞬早く、銀色に煌めく物が、布と箱とを繋ぎ止めた。
「……お久し振りです、境さん」
「……二年と数ヶ月振りじゃな、千貫の」
煌めいた物は、脱出して行った人々の前から姿を消した千貫が投擲したスローイングナイフで、麻布を剥ぎ取ろうとしていた手は、かつて、天香学園にて『セクハラ校務員』の仮面を被っていた、ロゼッタ協会所属のトレジャーハンター、境玄道だった。
「何となく、予感がしたのですよ」
「ほう。どんな予感じゃ?」
立っているのも覚束無くなってきている筈のそこで、千貫は岩陰に立ち尽くしたまま、境は柩の傍らに身を屈めたまま、微動だにせず、互い笑み合う。
「先日、九龍様がされておられた、今回のお仕事の話を小耳に挟んだ時。…………やたらと、お宝にだけは鼻が利くお前が、ちょっかいを出してくるのではないか、とな」
「千貫の。それは、予感、ではなく、確信、じゃろう? 儂とお主の付き合いも、もう、二十五年の上になる。互い、相手の出方なんぞ、嫌と言う程判っとる」
「お前との付き合いなど、育んできた憶えはない。……確かに? 出会いは、フォークランドへの出撃の前年だったから、知り合ってからの月日を数えるなら、二十五年の上にはなるが」
「……碌でもない思い出以下じゃな。あれを切っ掛けに、お主が執事なんぞになって、儂が宝探し屋になったのも、碌でもないと言えなくもないしの」
「どうでもいい。そんなことは。──私が問いたいのは、お前が、協会の要請で此処にいるのか、それとも、その鼻を働かせて単独で動いたのか、それのみだ」
「そんなこと、お主相手に答えてやる義理なんぞないわい。それに。言わずとも、お主には判っとるじゃろう。儂は、お宝にだけは鼻が利く、と、たった今、お主自身が言った」
空々しい笑みを浮かべ合っていた二人は、そこで一転、睨み合った。
決して、相容れぬ者同士のように。