「……それは、それは。愚問だったかな?」
「愚問じゃな。言うまでもなく」
「確かに。──九龍様達がされていた『仕事』の相談を聞いていて、その動きを見ていて、思った。自分達が何をしようとしているのか、ロゼッタに知られぬように動くことのみに目が行っていて、或る意味では『やり過ぎている』、と。ロゼッタ自体は誤魔化せたとしても、お前のような、鵜の目鷹の目で宝を探す輩の気を引き兼ねない動きをしているのでは、とも」
「……同感じゃな」
「実際、M+M機関の者達には、動きを嗅ぎ付けられた。……彼は、その辺の盗掘屋とは違う、見込みも将来もある宝探し屋だが、未だ若い。若い分だけ、詰めが甘い。そればかりか、『過去の実績』やその『交友関係』の所為で、自分とそのバディが、あちらこちらから目を付けられている自覚もない」
「…………一々、同感じゃ。……で?」
「だから、私は九龍様に同行して此処まで来た。…………案の定だ。何処からどう嗅ぎ付けたのかは知らんが、思った通り、最後の最後で、お前が出て来た。どうせ、御殿場で我々の後を尾け回したのも、レリック・ドーンに要らぬことを吹き込んで、此処へ乗り込むよう仕向けたのも、お前なのだろう」
「……あのな、千貫の。だとしたら? どうじゃと? 今更じゃ、お主の『それ』を否定するつもりはないが、儂には、古馴染みの説教を聞く気はないぞい。────なあ、千貫の。いい加減、あの小僧のお守りなんぞ止めたらどうじゃ。葉佩を気に掛けるのも。そんなに、お主の今の主や、主に出来た『お友達』が大切か? ……そういうのをな、下らん感傷と言うんじゃがな」
「……なら、私も言わせて貰う。────境。若い内はいい。若ければ、夢は甘美な餌だ。だが、歳と共に、夢は毒に変わる。人を蝕むだけの毒だ。何時までも、下らん『毒』など喰らい続けるな」
────睨み合ったまま、激しく揺れ続けるそこで、互いの過去や思い出に関わっているのだろうことをも匂わせつつ、二人は、口論めいたそれを暫し繰り広げた。
そうして、柩の傍らに膝付いていた境が立ち上がるのを待って、改めて向き合った彼等は、全く同時に、懐から、双方共に同じ銃を抜く。
長らく、自動拳銃の教科書、と讃えられ続けている、ベルギーの銃器メーカーFN社製、FN Hi-Power──ブローニング・ハイパワー。
冷戦時代、英国陸軍特殊空挺部隊──SASでも、公式に採用されていたそれ。
…………抜き去った銃を等しいスタイルで構え、千貫は境の額に、境は千貫の額に、それぞれ狙い定めて、二人は、互い、呼吸を止めた。
ぐらぐらと揺れる地を何とか踏ん張って駆け、決壊した底が大量の水を溢れさせ始めた、洞・上層の大きな『水溜まり』のあった例の場所も、びしょ濡れになりながら抜けて、只ひたすら、来た路を走り続けていたら、何時しか、巨大な洞一つが崩れ落ちる程の振動もが僅かも感じられなくなっているのに気付いて、九龍は足を止めた。
「もう、揺れ、感じないね」
「ああ。そうなる理由なんて、俺達には知りようもないが、『連中』が手を加えたんだろう場所のみが、崩れるように出来てたんだろうな」
「うん。で、瓦解のスイッチは、あの箱──柩、と。無理矢理、棺桶に手ぇ出したら、崩れる仕掛けだったってことっしょ。多分。……あー、それにしても、びちょびちょ。下着まで濡れた。うぁー、気持ち悪い……」
「車に戻れば、着替えがある。それまでの我慢だな」
彼が立ち止まったから、至極当然、甲太郎も留まって、仄暗い地下の路の直中で、「酷い目に遭った……」と、二人は暢気に愚痴を垂れ合う。
「九龍」
「……龍」
はー、やれやれ……。──などと言わんばかりに一息付いた宝探し屋を、京一が言った通り、放っておいてもちゃんと一同に追い付いた龍斗は、再びの説教モードで呼び、瑞麗以下、M+M機関メンバーは、冷たー……い眼差しで見据えた。
「……………………御免なさい。ちょーーっと、勢い余って、やらかしました……」
「ま、まあまあ。龍斗さんも、瑞麗女史も。何はともあれ、此処から出てからにしません……?」
「そうそう。もう用済みだし。何時までもこんな所にいてもなっ」
己の名を呼ぶ彼等の声の低さ、注がれる幾対もの眼差しの白さ、それより、本当の本気モードで叱られる、責められる、と悟った九龍は、ちんまり身を縮めながら頭を下げ、破壊活動の『実行犯』の龍麻と京一は、自分達にとばっちりが来る前にもと、彼を庇った。
「用済み、な。まあ、用済みと言えば用済みだが……」
「本当に、今回のお前達は、好き放題にやってくれた。今後の参考の為にも、お前達を懲らしめる為にも、頭脳労働中にやらかした凡ミスとやらは白状して貰うぞ、龍」
「……う。ほんとー……に、御免なさい、ルイ先生! 龍斗さんも御免なさい。──あ、でもでも、ちょっぴりだけ待って下さい、『これ』の中身、確かめてみないことには、釈明も出来ないんで」
下心付きではあったが庇ってくれた兄さん達に、ほらほら、と背を押されるに任せ、止めてしまった足を再度動かしながら、へこへこ、龍斗と瑞麗へ再び詫びて、九龍は、ゲットしてきた、例の本状のあれを『魔法ポケット』から引き摺り出して、
「……………………うげ。ああ? んーと………………」
いそいそと開いた途端、盛大に顔顰めて呻いた。
「九ちゃん?」
「こーちゃーーん…………」
「何だよ。……あー…………、楔形文字、だな。…………シュメール語? それとも、アッカド語?」
「判んない……。こんなん、『H.A.N.T』も無いのに読めるわきゃない。『素敵お便利』駆使しても、俺一人じゃ、解読出来るかどうかも判んない」
「『素敵お便利』じゃなくて、古代語の辞書ソフト、と言え。……それが、本当に本──何かを記した物なら、使用言語は、ヒエログリフか古代神代文字だろうと踏んでたんだが、楔形文字か……」
「俺も、そう思ってたんだけどねー…………。余りにも難易度高過ぎるものがぁ……」
歩くことは止めないながらも、ほぼゼロ距離で本状のそれとの睨めっこを始めた九龍と、ひょい、と傍らから覗き込んだ甲太郎は、「こんな物、読めて堪るか」と頭を抱え出し、
「シュメール語なのには、間違いなさそうだな」
甲太郎の逆側から九龍の手許を見遣った瑞麗は、一人頷いた。
「………………ルイ先生、読めます?」
「いや。私も解読は出来ない。恐らく、古文書学者でもなければ、容易には読めないだろう」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……。……しょーがないや。これの解読は後回しにするとして」
彼女よりの、「古文書学者でもなければ」との嫌なお墨付きを頂き、ひと度、がくりと肩を落としてから溜息一つ吐いて気を取り直した九龍は、くるりとターンし、後に続く一同を見回しながら、後ろ向きで進み始める。
「って、あれ? 千貫さんは?」
「私なら、ここにおります。ご心配なく、九龍様」
「あ、良かった。──んだば。ゲットしたこれが読めない以上、ぜーーんぶ、推測話になっちゃいますが。自戒の意味も込めて、俺と甲ちゃんが、頭脳労働中にやらかした凡ミスを白状させて頂こうかな、と思いますです、はい」
人々の顔を見渡し、千貫の姿が見えないことに気付いて、ん? と首を傾げ掛けた途端、殿より、ひっそりと気配を殺して自分達に付いて来ている敏腕執事殿の声が上がり、彼が、あの洞の中で誰と会っていたのか、何をしていたのか、そして、境と銃を向け合った後どうしたのか、知る由もない九龍は、ほっと安堵したのみで、すんなり話を元に戻して。
「結論から言っちゃいますと。あの箱に入っていたのは──この本みたいなブツは、『不死の鍵』なんかじゃなかった、ってことですな。これが『不死の鍵』だったら、シュメール語なんて意表な物が使われてる筈無いですから」
「なら、それは何だと? そして、あの箱とあの場所は何だと?」
「激しく果てしなく、多分……、ですけど。で以て、さっきも言ったみたいに、この話は推測で、確証は殆どないですが。あの洞は、お墓だったんだと思います。純粋な意味のお墓。あの箱の中に入ってた彼だか彼女だかのお墓で。……『帰る為の場所』、だったんじゃないかな、って」
────仄暗い地下の道を後ろ向きで辿りながら、人々の瞳を捉えつつ九龍は言った。
あの場所は、『帰る為の場所』だ、と。